裏の世界へ
「黒抗兵団の諸君、連日の勤務お疲れ様っ! 自分から志願した人も、僕が無理やり連れてきちゃった人もいると思うけれど、改めて言わせてほしい。これからの未来のためには、君たちの力が必要だ。復活が現実味を帯びてきている、暗黒竜を倒すためにも!」
大瀑布周辺にある町の郊外にある広い敷地の真ん中で、ひときわ高くなった台に上って演説する子供姿の玄公斎。
結局この日になるまで元の姿に戻らないままだったが、それでもできる限りを振り絞る力強い演説は、数千人単位に膨れ上がった黒抗兵団のメンバーたちの心をある程度つかんでいた。
「軍隊はつらいところだ。寝る場所は簡単なテントだし、食べるものは安っぽいし、訓練はきついし、上官はうるさい。しかし、このつらさを乗り越えることができれば、君たちは必ずや一回りも二回りも強くなれる。それは、僕とこの人が保証しよう」
全員が壇上に注目する中、玄公斎の紹介で姿を現したのは、昨日米津夫妻に依頼の見返りに協力を約束したマリアルイズ女男爵だった。
「はぁい、みんなー♪」
「うおー! 何あの人、すげぇ美人!」
「やばっ! 胸でけぇ! いい匂いしそう!」
「あれは……マリアルイズ様!? あんな人が味方になってくれるのか!?」
「俺、この軍に入れてよかったぁ!!」
貴族や富豪たちをも虜にする美貌のマリアルイズが姿を現した途端、黒抗兵団の特に男たちの目の色が変わり、一気に士気が盛り上がった。やはり男という生き物は単純なものだった。
「マリアルイズさんは、こう見えても軍事の心得がそれなりにある。今日一日、僕と一部のメンバーは危険な任務に赴くから、それまでの間、しっかりとマリアルイズさんの言うことを聞くように」
「うふふ、こう見えても私は厳しいわよ。ビシビシ行くから、覚悟なさいね」
「うひょー! あんな美人にしごかれるなら大歓迎だ!」
「鞭で打たれたりとか? うへへ、たまりませんなぁ」
まだまだ精神的に未熟なメンバーは、マリアルイズの言葉に熱狂しているが、そのすぐ後ろでは墨崎智香がため息をつきながら見ていた。
「はぁ……こんな連中に、本当に戦いが務まるのか?」
「勤まらないからこそ、鍛えなおすのでしょう。彼らはまだ戦いの経験がほとんどなく、何事も本気で取り組んだことのない未熟な者たちです。しかし、やる気があるだけまだ望みがあるのだと元帥殿も判断なさったのかと」
智香の横で話しているのは、先日列車の戦いでスナイパーライフルを駆使して大活躍していた青年――――サガス。
彼はその手腕により、新たに再編成されたグループにおいて智香の副官を務めることとなった。
どうしても前に出やすい智香にとって、後ろから広い視野で援護できる人材は非常に頼もしい。
「それに、隊長も元帥殿も不在な以上、若者たちをきちんとまとめられるのはあの方しかいないでしょう」
「ああ、そうだな。私の部下も、何人か新入りたちのほうに回したが、精神的主柱となる人物がいなければ、集団はもろく崩れ去る。こんな時にあいつがいてくれれば…………」
「あいつ……とは?」
「いや、何でもない」
この日、黒抗兵団第1中隊は大きく二つのチームに分かれることになる。
未知の場所を探索するための精鋭部隊と、郊外にとどまって訓練を続ける新兵たち…………智香とその部下たちは、当然前者に属するのだが、元居た200名のメンバーのうち50人ほどは、リーダーの素質があると見込まれて、新しく入ったメンバーたちを束ねる立場に配属されることになった。
また、残りの150人のうち50人は、あかぎがリーダーを務める斬り込み部隊になった。
智香が直接指揮するのは100人ほどだったが、セントラルでピックアップしたハンターの中にも何人か腕利きがいたので、それらも組み込んで最終的には120人程度になっていた。
「では諸君、まだ見ぬ場所への探索に出発だ」
『応』
こうして、黒抗兵団第1中隊の選抜部隊は、玄公斎を先頭に未知の場所…………大瀑布の滝の裏側へと赴いた。
遠くからでも水しぶきが上がるのが見えるほど巨大な滝は、横の幅数キロ、最大落差が100メートル近くもあり、流れ落ちる水に癒しの力が含まれているせいか、近くで水しぶきを浴びると見る見るうちに体が心地よくなってくる。
彼らはそれぞれボートを借りて、滝つぼの近くまでやってきた。
癒しの滝とはいえ、莫大な量の水が落ちる場所は普通に危険であり、落下地点の水流に巻き込まれたら一巻の終わりだ。
「たしかマリアルイズさんによると、このあたりに滝の裏側に通じる道があるのだとか」
「遠くから眺める分にはいいけれど、近づくと危険ね」
今回は特別に許可を得ているが、本来であれば大瀑布の滝つぼ周辺への立ち入りは禁止されている。
それゆえ、今まで誰もこの滝の裏側を覗こうとはしなかった。
だが、その秘密のヴェールが、今切り開かれる。
環が精神を統一して術に集中すると、圧縮した空気が一気に滝を割り――――その向こうに大きな洞窟の入り口が見えた。
「なるほど、これは分からないわけだ。みんな、今のうちに急いで通過するよ!」
環が術で空気圧の屋根を作っているが、滝の水量がすさまじく、長く食い止めると疲労も激しくなってしまう。
黒抗兵団は必死になってボートを漕いで、急いで洞窟の中へと入っていったのであった。
洞窟に入った後も気は抜けない。
滝の裏側は光が差さず、暗く先が見えない大きな洞窟がどこまでも続いていた。
こういった場所は、不意に足元が途切れるのが一番恐ろしいので、ライトで照らしながら先頭を進むあかぎは、環が「浮遊の術」でわずかに地面から浮かびながら慎重に進む羽目になった。
「おばあちゃんの術、便利だけど少し歩きにくいね」
「踏ん張りがきかないから、敵が来た時は気をつけなさい」
「敵かぁ……確かにこんなところで敵に出会ったら危ないけれど、あの時の修業を思い出せば…………」
あかぎが思いをはせたのは、まだ玄公斎と出会ったばかりのころに下水道で行っていた魚人との闘い。
光が制限された中では、自分の目ではなく肌の感覚で戦うしかないことを学んだ。
もし今敵が迫っているとしたら…………より一層精神を研ぎ澄まそうとしたとき、あかぎが何かに気が付いた。
「……ん? おばあちゃん、この先に……何かいる!」
「あら、敵かしら」
「あのーっ! 皆さんは『黒抗兵団』の人たちですかー?」
驚くことに、闇の向こう側から声がした。
そのうえ、何か光るものが徐々にこちらに近づいてくるではないか。
「誰かいるの? たしかに僕たちは黒抗兵団第1中隊「菖蒲」。僕が代表の米津玄公斎だ。僕たちのことを知っているのかい?」
「ああ、やっぱり! グリムガルテが言ったとおりだ!」
奥のほうから聞こえてくる、玄公斎よりもやや幼い男の子の声。
警戒しながらも声を交わしていると、彼らの目の前には白と黄色を基調とした服を着た、銀髪の男の子が姿を現した。
しかもその男の子は、頭に一本輝く白い角と、クリーム色のしっぽが生えていた。
「はじめまして! 僕はシャインフリートっていうんだ! 人間さんたち、初めまして!」
そういって、シャインフリートと名乗った子供の竜は、飛び切りの笑顔で彼らを迎えてくれた。
※今回出演のNPC:幼き浄光竜 シャインフリート
https://kakuyomu.jp/works/16817139558351554100/episodes/16817330647506272821
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