常夜幻想郷
シャインフリートと合流した後も、長い暗闇の道が続いた。
小さいビルであれば丸ごと入りそうな広さと高さを持つ洞窟だったことが幸いして、大勢で行軍しても酸欠に陥ることはなかったが、やはり暗闇で先の見通せない道は不安が募る。
「あの竜……悪意は感じられないが、警戒は怠るな」
「確かのこの地形に伏兵がいればですな。もしものことがあれば、すぐに智香様を中心とした陣形を組めるようにしております」
「いや、私を守ってどうする。守るべきは米津夫妻か、もしくはお前のような遠距離攻撃主体のメンバーだ。優先順位を間違えるな」
「…………」
シャインフリートを信用していないわけではないが、もしものことがあった時に備えて、第1中隊はすぐに防御に移行できるように梯子型の陣形を組んで進んでいる。
が、シャインフリートはそんな彼らの警戒心など知ることなく、まるで遠足の引率のように彼らを導いていった。
やがて、彼らがかなり地下深くまで歩いてくると、行先に洞窟の出口が見えた。
しかし、出口の先も真っ暗で、外に通じているわけではなさそうだった。
「…………ええぇ、なんだここ!!」
「外はもう夜、というわけじゃなさそうね」
「なんだろう……ここにいると、少し安心するような」
「皆さんようこそ!! ここが僕たちの家さっ!」
洞窟を抜けた先には驚きの光景が広がっていた。
星一つない夜空に、闇の空間に浮かぶ島々がある。
洞窟の中にいるはずなのに、そこはもはや別の世界だった。
不思議なことに、太陽や月の光がなくてもある程度物がはっきり見える。
「まさか、あそこの建物とかは人が住んでいるのか?」
「そうだよ。僕が生まれるずっと前から、ここはグリムガルテが人間たちを守ってきた場所なんだ」
「では、この広大な空間を作ったのも――――」
と、話をしている途中で、目の前の空間が大きくゆがんだ。
そしてその歪みからとんでもない大きさの何かが現れた。
『そう、この私……闇焉竜グリムガルテが作った隠れ里なの』
「りゅ、竜!? 人型じゃない竜だ!」
「なんて大きさ……!?」
見上げるような巨大な体躯に、ほぼ黒に近い紫色の鱗をもつ竜――闇焉竜グリムガルテがその場に姿を現した。
玄公斎はつい先日、竜のような化け物と化したデセプティアを見たばかりだったが、それよりも何倍も巨大な…………もはや「怪獣」と言っても過言ではない大きさの純粋な竜は、さすがに度肝を抜かれた。
「あ、母さん! 人間さんたちを案内してきたよ!」
『うふふ、偉いわシャインフリート♪ 後でたくさんいいこいいこしてあげるわね♪ さて、人間たち…………っと、さすがにこの姿のままだと話しにくいわね。久しぶりに人化形態になるからちょっと待っててね』
さすがに巨大な竜のままだと、比率的にピンポン玉程度の大きさにしか見えない人間たちと話すのは不便と感じたグリムガルテは、自身の体を闇で包み込むと、そのままみるみる体を小さくさせ、あっという間に人間の姿へと変化させた。
地面まで届きそうな非常に長い紫の髪の毛に、まるで占い師のように紫のベールで被われた口元。
陽に当たっていないせいか肌が白人女性以上に白いが、それでも歩き方が非常に優雅で、まるでハリウッドのセレブを思わせる。
「うーん、やっぱりこの姿は慣れないわねぇ……それじゃあ、お互いに積もる話もあることだし、私たちの住処に案内するわね。その間に、私たちとこの空間のことについて話してあげるわ」
グリムガルテは、米津たちを案内しながらなぜ自分たちがこのようなところに住んでいるのかを説明し始めた。
グリムガルテは古の人竜戦役(竜からは人類大乱と呼ばれているらしい)の頃からの数少ない生き残りで、人と竜の対立が本格化してきたころから、争いを嫌って自分の世界に閉じこもったのだという。
彼女のように、争いを避けた竜は大勢いたらしいが、そのほとんどは風竜に世界渡りの術を教えてもらって別の世界へと逃げていった。しかし、彼女自身は別の世界に行ったところで同じようになるだけだと考え、あえてこの世界にとどまったのだという。
「ここに住んでいる人間は、当時の戦乱で住処を追われて私が庇護した者たちの子孫なの。つまり、彼らこそが本当の意味でのこの世界の原住民ということになるの」
「なるほど……ならばなぜ彼らは、地上には戻らない?」
「……彼らはこの空間に適応しすぎて、太陽の光を浴びると皮膚が焼けてしまうの。私がこの空間にずっとかくまってきたせいではあるのだけれど、彼らはそれで満足しているわ」
「そういった事情であれば仕方がありませんね。この世界で生きることに特化するというのも、進化の一つでしょうから」
今の竜にはそれほどの力はないが、かつてはいるだけで一つの世界を創れるような、ほとんど神に近い力を持つ竜もいた。グリムガルテもまたそのうちの一竜なのだろう。
竜が作る世界においては、人間をはじめとした生物は竜が発する魔力を日々受けることで、よりその世界に適合することになっていく。
シュヴァルトヴァルトに住むエルフたちも、そういった経緯で進化していった人種であると考えられる。
(なんだか、中国の昔話――――桃源郷のような場所なんだな)
グリムガルテが空中に架ける闇色の橋を渡りながら、浮かんでいる島々を見ていると、そこでは穏やかに農作業や放牧をして暮らす人々が見えた。
彼らの肌の色は一様に白く、髪の毛もほとんどが紫色だった。
基本的にここの人々はみな無欲で、日々の平和とたまにちょっとした楽しみを見出しながら生き続けているのだった。
「そういえば……グリムガルテさんは、あたしたちが来るのをあらかじめ知っていたみたいなんだけど。未来予知みたいなことができるのですか?」
「うふふ、自慢ではないのだけれど、昔から星を詠むことである程度の占いができるのよ。私たち闇竜は、たとえ星が見えない場所にいても、宇宙にある星がどのあたりにあるのかが感覚でわかるものなの」
「じゃあ、あたしたちがここに来た理由とかも……!」
「アプサラスに丸投げされたのでしょう。まったく、あのおばあさんは……えぇ、もちろん知っているわ。そして、あなたの「心の中」に何が潜んでいるのかも、ね」
「!!」
そんな話をしながら、彼らはグリムガルテとシャインフリートが居を構える浮島まで案内された。
かなり高位の竜が住む場所は、さぞかし立派な場所だろうと思っていた人々だったが…………実際は思っていたよりも簡素な所だった。
そもそも、グリムガルテは普段から竜化しているので体が非常に大きく、また雨の心配もないので居住区には屋根がない。
あるのは、丈夫な植物が敷き詰められた、竜が座り心地がいいように作られた広場と、シャインフリートが人の体の時に生活するためのテーブルとベッドがあるくらいだ。
「さて、まずやらなきゃいけないのは、智白さん。あなたの体をもとに戻すことからね」
「そうだ、それなんだ! このままだと僕は……今まで積み上げてきた技の切れまで失ってしまいそうで!」
「あなたは今一度、あなたの中の自分に向き合う必要がありそうね」
「僕の中の、自分……?」
「そう。あなたはおそらく、力を借りた代償が「時間」だったせいで、成長分が大幅に封じられてしまっているようね。そのためには……もう少しついてきてもらえるかしら」
次にグリムガルテに案内された場所は、やや大きめの浮遊島にある大きな泉だった。
水は冷たくも熱くもない不思議な温度で、水につかっても刺激がほとんどない。
「ここは普段、私が水浴びに使っている場所なのだけれど、精神を統一するにもうってつけなの。あなたはきっと、背負っている責任のせいで、あまりゆっくり休めていないから、自分と向き合うことができていないと思うの。この泉は安全な場所だから、ここでしばらく瞑想にふけるといいわ」
「瞑想か……それでこの体が戻るのかはわからないけれど、やるだけやってみよう。かあちゃん、僕が元に戻るまで、あかぎや智香さんたちの面倒を見てやってほしい」
「わかったわ。シロちゃんも、無理はしないようにね」
「くうぅ…………シロちゃん呼びはこれで最後にしてやるっ!」
こうして玄公斎は、たった一人で闇竜の泉に残り、その中心の浅いところに腰を下ろすと、静かに座禅を組んだのだった。
(僕は何をやっているんだろう…………。異世界旅行に来たつもりが、いつの間にか世界存亡の責任の一端を背負ってしまっている。昔からそうだよね……困った人を見つけると、放っておけなくて、ついつい世話を焼いてしまう)
そんな考え事を最後に、玄公斎は徐々に心を無にしていき、精神をじっくりと研ぎ澄ませていった。
※今回出演のNPC:闇焉竜グリムガルテ
https://kakuyomu.jp/works/16817139558351554100/episodes/16817330647503535870
エクストラリージョンが更新されました
・エリア2-2Ex:常夜幻想郷
https://kakuyomu.jp/works/16817139557550487603/episodes/16817139557563123015
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