楽しい旅行計画

 異世界国家の首都セントラル――――

 この国の政府から敵対生物討伐の認可を得て「ハンター」となった米津夫妻だったが、この町に来て3日間は特に外のエリアへは出歩かず、のんびりと町中の観光を楽しんでいた。


「いやいやかあちゃん、この歳になって本物の火吹き芸が見られるとは思わなかったのう!」

「そうですねぇおじいさん♪ 午後に行ったカフェの店員さんも、私たちの世界では考えられないくらい、露出が多くてカワイわねぇ! 私もあんなした服を着てみたいものね」


 二人がそんなことを話しながら、和室の宿泊施設でくつろいでいると、扉をノックする音が聞こえた。


「米津元帥閣下、失礼いたします」

 「うむ、どうじゃった両替は?」

「申し訳ございません。進捗は芳しくなく、窓口ではいつになるかわからないと」

「なるほど、さもあらん」


 米津たちの代わりに役所の手続きを行っていた雪都と要が戻ってきたのだが、その表情はあまり芳しくない。


 米津夫妻は理由もなく遊び惚けているわけではなく、現実世界から持ってきたお金を現地で利用できる通貨への両替作業が終わるのを待っていた。

 この世界では「§オリオン」と呼ばれる独自発行の貨幣があり、別の世界で使われている通貨と両替することができるのだが――――やはり無数に異世界があると、元の世界の貨幣の価値も微妙に異なってくるので、両替のたびにいちいち計算に時間がかかってしまう。

 しかも、異世界からやってくる賞金稼ぎたちは米津夫妻だけではなく、現在も万単位の異世界人たちが両替所に列を作っているものだから、今後もさらに時間が延びる可能性がある。

 一応彼らも、旅行代として100万円を窓口に預けているが、これでは現地貨幣にするには当分時間がかかりそうだ。


「あらあら、これでは両替が終わる前に旅行が終わってしまいそうね」

「探ってみましたところ、市内の裏路地に非公認の両替所があるようですが、やはり法外な手数料を取るらしく、利用しない方が賢明かと存じます」


 両替できなければ手持ちのお金がなくなってしまうため、一部のせっかちな異世界人たちは闇ルートの両替所を利用することもあるという。

一応違法ではないが、彼らは足元を見て法外な手数料を吹っ掛けるし、何より交換レートが正確ではないことが多い。

悪質なところでは、なんと8割近くを巻き上げてしまう店もあるという。


「そうなると、わしらの命綱はこの「支度金」のみということじゃな。このシステムを考えた者は、相当計算高い。やや未熟な行政と思うておったが、上層部はそれなりに優秀なようじゃわい」

「若い者たちは役所を太っ腹と言っておりましたが、この町はあまりにも誘惑が多い。使い切るのは一瞬。そうなれば、一度味を占めた若者たちは「狩り」に行かざるを得ず、くれてやった支度金は唯一の消費地で巡り巡って戻ってくるというわけ……英吉利人も舌を巻く腹グロぶりですわね」


 米津玄公斎の言うように、両替の間無一文にならないように登録窓口で「支度金」という形で1000§が無条件で支給される。

 町の物価とある程度比較した限りでは、1§は10円前後と見込まれるため、支度金早く1万円が支給されるということになる。

 この上さらに、許可を得たハンターたちは宿泊補助も受けられ、一泊につき500§までなら無料で宿泊することができる。まさに至れり尽くせりで、初心な異世界人たちにとってはありがたい限りだ。


 しかし、これらのお金が支給されるのにも裏の目論見がある。

 環の言う通り、この世界は基本的にセントラル以外に大きな町がないので、彼らに支給されたお金の大半はこの町で使われることになる。そして、最終的に税金という形で国庫に戻ってくるため、一人に約1万円をポンと渡しても痛くもかゆくもないのである。

 さらに、この約1万円という価格設定がまた絶妙で、節約すれば20日は持つが、豪遊していると両替が終わる前に使い切ってしまう。

 こうして異世界の楽しい生活の味を覚えてしまった異世界人たちは、生活の為に命がけの仕事に向かわざるを得なくなる。まさに目に見えない飴と鞭であった。


「そうとなれば、いよいよ一稼ぎせねばなるまい」

「ほっほっ、私もそろそろ町の外を見たかったわ。海が見てみたいから、まずは南に向かいましょうか」

「左様でございますか。私と要さんはこの町で待機しておりますので、非常事態の兆候があればすぐにご連絡ください。それと――――」


 ふと雪都は言葉の途中で何かに気付き、要に対して無言で素早くハンドサインを送る。

 要は黙って頷くと、彼女は音もなく玄関のドアに駆け寄り、勢いよく開いたのだった。


「……え?」


 するとそこには、今まさに扉をノックしようとしていた淡い緑髪をツインテールにした女性が、ポカンとした表情で突っ立っていた。

 女性はどことなく一昔前の上流階級を思わせるような服装をしていたが、片方の手にジュラルミンケースを携えており、目的が訪問販売か何かであることは一目瞭然だ。


「あなた、どこで私たちのことを知ったのかは存じませんが、訪問販売にご要はありません。お引き取りください」

「……ノンノン! 私は押し売りなんかじゃないんです。ただ、お金がご入用な時なんじゃないかと思って、融資のご相談に伺いましたんですワ!」

「ダメです。銀行のお世話になるほど、私たちはお金に困ってはいません」


 どうやら訪問販売ではなく町金だったようだが、だからと言って対応が変わるわけではない。

 しかし、彼女の何かが環の好奇心を刺激したらしく……


「あら、面白そうじゃない。条件付きでお話を聞いてもいいわ」

「ちょっ!? 奥様!?」

「ありがとうございますワ! ぜひとも条件をお聞かせください!」

「私たちの時間をどれくらいあなたにあげれば、私たちにお金を借りようと思わせてくれるのかしら? 先に言うけれど、言った以上の時間は上げられないし、かといって多すぎてもダメよ?」


 環は試しに、どのくらいのセールストークの時間が欲しいかを尋ねた。

 女性は一瞬思案したが、すぐに思い切った回答を出した。


「20分ください。一秒でも過ぎたら、たとえお話の最中だとしても、潔く諦めて二度と顔は出しませんワ」

「よかろう、敷居を跨いでからきっかり20分。冷泉、タイムキーパーを頼んだ」

「……かしこまりました」


 こうして米津夫妻は、何の酔狂か突然現れた謎の町金営業の話を聞くことにした。

 この夫婦は今までの人生でお金に不自由したことが一切ないので、借金という概念が目新しいのかもしれない。


「申し遅れましたが、私……『フレデリカ金融』の社長、フレデリカと申しますワ。社長といっても、従業員は私一人だけですが、フットワークの軽さと保有総資産はどの商人にも負けないと自負しております」

「まあ、個人金融でしたのね。しかもその若さで社長さんなんて、大したものじゃない」

「若いからこそ、無茶ができるってものですよ。いつか奥様のようにおきれいなまま年を取ってみたいものですワ。それはさておき、今日はぜひともフレデリカ金融をごひいきにしてもらおうと思いまして、このようなものをご用意させてもらいました」


 そう言って女性――フレデリカは持ってきたジュラルミンケースをおもむろに前に差し出し、慣れた手つきで複雑なロック機構を解除し、蓋を開けた。

 するとそこには、この世界で流通している最高額の紙幣「1000§札」が束になって隙間なくびっちりと詰まっていた。

 1枚だけでお役所からもらえる初期資金と同じ額になる紙幣が、これほどたくさんあるのは驚きというほかない。


「まさかとは思うたが、本当に札束が詰まっているとはな。長生きはしてみるもんじゃわい」

「私もこんなにたくさんの札束はドラマでしか見たことがありませんわ、おじいさん」

「……念のため改めてもよろしいでしょうか」

「かまわないワ! じっくり見分してくださいませ」


 何か変なものが仕込まれていないかをチェックするため、要がケースの中の札束を確認する。それだけでも貴重なセールストークの時間が失われるはずなのに、フレデリカは全く焦る様子を見せない。


「いかがでした?」

「はい、すべて本物です。間違いありません」

「すまんの、時間を取らせてしまって」

「いえいえー! 銀行はお客様の信用第一ですので! それに、初対面の人間を疑うのは当然ですワ! そのようなわけで、正真正銘のお金……占めて3億§、この中からお好きな分だけ、利息1%の28日払いでお貸しいたしますワ」

「それはまたずいぶんと思い切ったことをしますね。そんなお金で一体何を買うつもりですか…………戦車でも買うのでしょうか?」

「戦車どころか、船だって買わなきゃいけないかもしれませんよ? 強大な標的がいる場所は、それこそ人間が生身では到達できない場所が数多く存在するんです。それなのに、お金がなくて装備をケチったばかりにひょんなことで命を落とすなんて、悲しいじゃないですか」


 その後もフレデリカは立て板に水を流すように、滔々とお金があることのメリットを語った。また、それと同時に便利な道具や、特殊な場所に行くための乗り物のレンタル費用などを提示し、どこのエリアに行くかでかかる費用の目安を簡潔に教えてくれたのだった。


(こやつ、金貸しだけでなく、あちらこちらからリベートを取っておるな。喰えない奴よ)


 玄公斎は話を聞いていく中で、フレデリカは単にお金を貸し出すだけでなく、様々な店や工房に幅広い伝手を持っているのだろうと確信した。

 貸したお金を息のかかった店で消費させると同時に、店には「斡旋料リベート」として売り上げの一部を彼女に上納させる。そうすることで、実質的に貸したお金の何割かがフレデリカの手元に戻ってくることになるのだ。

 借金の利息がたった1%と破格なのもそれを裏付けていると言える。(もっとも、3億§も借りるとわずか1%でも凄まじい返済額になってしまうのだが)


「――――といった感じなんですワ」

「うむ、そなたの誠意は十分に伝わった。よいだろう、3億§全部借りようではないか。それでよいか、かあちゃん」

「いいですわね! これでたっぷりお買い物できそうだわ」

「……いいんですか元帥? 借金しなくとも、資金を増やす手段はいくらでもあると思われますが」

「えへへ、毎度ありがとうございます! 契約成立ですね!」


 部下たちの心配をよそに、老夫婦はあっさりと上限いっぱいの借金をした。

 彼らに返済の宛はあるのか、それとも……?


「では、こちらの契約書にサインをお願いしますワ」

「どれどれ……なるほど、老眼では見えぬ文字などはないようじゃな。サインしよう」

「ですからそんなにあっさりと…………あっ」


 契約書にサインする直前、雪都はその契約書が普通のモノではなく、とんでもない危険なものであることに気が付いた。


「げ、元帥!? その契約書はっ!」

「皆まで言わずともわかっておる。見抜けぬワシだと思うたか? それに、この娘さんはそれを承知でワシらに契約を進めたのじゃろう?」

「……金融の世界にとって、約束は大事ですから。ましてや、命が軽いハンターの皆様には約束を守っていただいているんですワ」


 こうして米津夫妻は、リスクを承知で3億§という大金を借り入れた。

 果たして二人は、無事に借金を返すことができるのか?


 堅実を旨とする雪都と要は、早速破天荒なことを仕出かす夫妻が不安で仕方なかった。



※今回出演のNPC:宵闇の女帝 フレデリカ

https://kakuyomu.jp/works/16817139557814115257/episodes/16817139558176419850

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