先の先

 スィーリエ率いる天使たちによる攻撃があった翌日――――

 危機的攻撃の発生までもう数日も猶予がない中、玄公斎は阿房宮にあるいつもの作戦会議室でセントラルの行政府とテレビ会議をつないでいた。

 セントラル側にはモンセーを中心に評議員の大半がそろっており、非常に重々しい空気を漂わせていた。


『話は事前に聞いている。敵対する神……スィーリエ神の先遣隊がエリア4に現れ、施設への損害は軽微なものの、人員がそれなりに消耗したと聞く』

「うむ。それに加え、地下都市の探索も行い、それなりに成果を得たのじゃが、やはりこちらでも敵への損害と引き換えにダメージを受けたものが大勢いる。残念じゃが、今は万全とはいいがたい状態じゃ」

『では、今は守りを固めるべきと?』

「いや……むしろあえて打って出るべきじゃろう。いついかなる時代も、消極策の先に勝利はない。むしろ、相手がまだこちらを見下している間に、包囲の一端を打ち破るべきじゃと思う」

『そうか、危険な賭けになるが、それ以外に生き残る道はあるまい』


 ここまでくるのに紆余曲折あったが、敵の陣容がだいたいどの程度で、で、どのようなルートを通ってくるのかはある程度把握できた。

 どうやら敵対する女神の陣営は、この世界の住民たちにより深い絶望を与えるために、あえて東西南北すべての方角から包囲するようにこちらに向かわせているようだ。

 逆に言えば、相手は初めから勝った気でいるため、このような侵攻ルートになったのだろう。

 油断せず確実に勝ちを得るなら、初めから有無を言わさず首都を強襲し、そのあと残敵処理をするほうが効率がいいのに、それをしないというところに相手の油断が見て取れる。


「そこでまず、我らが黒抗軍第1中隊が先陣となって、エリア6マルダーグラードの向こう側にいる敵勢力の根拠地に襲撃をかける予定じゃ」

『そうか……元帥殿には、後方でどっしり腰を据えていただきたいものだが』

「そうはいかん、今やワシも老いぼれとはいえ貴重な戦力じゃ。幸い、このホテルとその周囲は信頼できる者たちに預けてあるゆえ、最悪の事態への備えはある」

『元帥殿が前線に出るのであれば、私も指をくわえてみているわけには…………すまない、いったん失礼』


 そういってモンセーが一度画面から離れると――――


『グっ…………ゲホッゲホッ!! ゴッホ!』

『わーっ! 参謀長が吐血したぞ!』

『誰か洗面器とタオルを!!』


「「「…………」」」


 音声を切り忘れているせいで、モンセー参謀長が思い切りせき込んでいる声と、周りがパニックになっている声が入ってしまっている。

 玄公斎たちはお互いどう反応していいかわからず、お互い顔を見合わせるだけだった。


『あー、爺さん。俺だ、千階堂だ。モンセーは回復にまだしばらく時間がかかりそうだから、代わりに俺が進行する』

「あ、あぁ。モンセー殿にはお大事にするよう言ってくれ。それはさておき、千階堂殿が出てくれたのであればちょうどいい。こちらから、セントラルに駐留する者たちに頼みがある」

『ほう、頼みか。俺たちにできることであれば何でも言ってくれ』


 モンセーに代わってモニターに映った千階堂に対し、玄公斎はある依頼を行った。


「此度の戦いは女神族と人間との戦いが主になることは間違いないが、それとは別に横やりを入れてくる者が出てくると考えられる」

『横やりを入れてくる奴ら……竜どものことか』

「左様。特にあの悪竜ハイネらは、この絶好の機会を逃しはしないじゃろう。少なくともワシが奴らの立場であれば、何もしない理由はない。世界崩壊の危機を過剰にあおり、人間不信や政治不信、女神不信をここぞとばかりにばらまき、一般市民たちの分断をあおることじゃろう。下手をすれば、国が一気に崩壊するじゃろう」

『なるほどな…………』


 千階堂をはじめとする行政委員たちは、玄公斎の言葉に深くうなづくと同時に、一気に憂慮すべき情報が増えたことで空気がより重くなる。


『横から失礼します、米津さん。内務委員のホノカです。私が考えるに、おそらく彼らは一度壊滅寸前までいったセントラルの地下犯罪組織の残党たちや、政府やハンターたちに否定的な新聞に悪意を浸透させ、タイミングを見計らって動き出すつもりでしょう。であれば、今から虱潰しにしなければならないのでは?』

「それについてはある程度目星がついている。智香殿」

「はい、私はここ数日間、ヨネヅ殿からの密命を受け、セントラルの地下空間の再調査を行っていました。その結果、反体制派組織のアジトと思われる場所や、不安をわざと煽る地下新聞社を見つけたほか、それらを結んでいるネットワークの存在も明らかにしました」

「さすがは魑魅魍魎が跋扈する世界で治安維持を担っていたことはある。うちの国の警察よりはるかに優秀じゃ」


 玄公斎はこんなこともあろうかと、若者たちを修行させている間、智香に兵団の一部を預けて、悪竜たちの活動の源となるであろう者がないかを調査させていた。

 結果はビンゴで、智香たちは一度は壊滅したと思われた地下犯罪ネットワークの残党と、それを利用する悪竜たちのネットワークを発見した。

 もしこれを放置していたら、最悪、決戦のさなかにセントラルで大規模な反乱が発生し、街が壊滅状態になっていたはずだ。


 元の世界で凶悪な犯罪者たちを相手してきただけあって、智香は犯人たちがするであろう行動を先読みすることができたのだ。


「そこで、智香殿の腕を見込み、奴らが動き出す直前で一斉に鎮圧作戦を開始する。相手は土壇場で強行するじゃろうが、それこそ逆に思うつぼ。唯一の懸念は、悪竜どもがすぐに作戦失敗を悟ってすべてを闇に葬って逃げてしまうことじゃが…………一世一代のおいしい舞台を前に引き返すような辛抱強い性格ではないはずじゃ」

『なるほど、それで私の力も貸してほしいということね』

「可能であれば、そうしてもらえると助かる」

『わかったわ、考えてみる。そっちは黒抗兵団を動かすのかしら』

「その予定じゃが、主力はすべてわしらが率いていく。そこで、しばらく留守を任せていた王国騎士中隊「金蓮」を中心とした王国兵団にその任に当たってもらう」

『あの騎士団にか……?』


 今まであまり前線に出ず、いまいち影が薄い王国騎士団「金蓮」「薄雪」「連翹」が任務にあたると聞き、モンセーが若干難色を示す。

 彼女は今まで人生で受けてきた仕打から「騎士」という存在に不信感を持っており、そうでなくてもエリア8で一度は全滅の憂き目にあった彼らの腕前を信用できないようだ。


「モンセー殿の不安はもっともじゃが……彼らにもきちんと対策を施した。彼らにも汚名返上の機会を与えてやろうではないか」

『ふん、どうだかな……ゲホッゲホッ! まあ、元帥殿の顔を立てて今回は信じてみよう』


 こうして、玄公斎が遠征に向かう一方で、智香率いる別同部隊は用意ができ次第セントラルの地下に向かう用意を始めるのだった。



※お知らせ

 ビト様へ

 ホノカの行動は特に縛らないので、今後も自由に使っていただいて問題ないです。


 逆に、地下組織掃討作戦をやってみたいという作者様がいましたら、近況ノートまでご一報ください。

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