過去との再会 前編

 深く、深く、深く――――――精神を意識の海底へと沈めてゆく玄公斎。

 瞑想を始めてから数十分経ったころ、彼の心は現実を離れ、ようやく深層意識へと到達した。

 しかし、見えるものはまだ輪郭すらも朧気で、自分がどこにいるのかも判別ができない。


(まだ足りないということか…………僕は、焦っているのかもしれない。ここは安全だとは言っていたけど、やっぱり仲間たちを放っておくというのは、慣れない)


 自分の心の中の深層意識と完全に向き合うのは、非常に集中力がいる。

 そういった類の修業を積んだはずの玄公斎ですら、少しでも雑念があれば到達することはできない。


 ひたすら心を無にすることさらに数十分。

 心の目すらもとじ切った彼が再び瞳を開くと――――そこには懐かしい景色が広がっていた。

 今から70年以上も前、日本がまだ発展途上の時代に足を運んだことがある、山口県の田舎に位置する何の変哲もない古い神社。

 地元の人もほとんど存在を忘れているが、境内は人もいないのに綺麗に整っているのが少々不気味だったことを覚えている。


(あれは夏の暑い日だった。あの時はタマお姉ちゃんが一緒に来てくれたけれど、今日は僕一人だ。そう、この鳥居をくぐれば……)


 この名もなき神社の正体は、人間と八百万の神が交流できる世界への窓口だ。

 鳥居をくぐり、正殿に上がって進んでいくと、さらにもう一つ鳥居をくぐる。

 二重の結界を超えた先にあるのが……『常世渡殿とこよわたしのあらか』と称される、現実とあの世が交わる特殊な空間であった。


 果たしてそこには、がたった一人で石畳の上に立っていた。

 少年の顔も姿かたちも、まさしく今の少年姿となった玄公斎に瓜二つだった。


「遅かったね、智白ちしろ君。随分と待たせるじゃないか」

「……お久しゅうございます、少名毘古那すくなびこな様」


 和服に身を包む少年――少名毘古那神を前に、深々と一礼する玄公斎。

 少名毘古那神は、日本の国造りの神……ひいては創造と文化の神であり、大勢いる神様の中でもかなりの高位にある非常に偉い存在だ。

 本来の少名毘古那神は身長が10センチにも満たない非常に小柄な神様なのだが、いまこうして話していられるのも、若き日の玄公斎の姿かたちを映しているからである。


「あっはっは! 久しぶりって言っても、ついこの前顔を合わせたばかりじゃないか! まあそれはさておき、智白君。ここまで来たということは、支払った代償を取り戻し、元の自分に戻りたいということでいいんだね?」

「そうです。僕は、一刻も早く、自分の本来の力を取り戻さなければならないんです」

「でもさぁ、せっかく若返れたんだから、もう少し子供のままの姿を楽しみたいと思わないの?」

「…………こんな時じゃなければ、いろいろと楽しみたいとは思いますが、そうもいっていられません。旅行で立ち寄っただけとはいえ、大勢の民が犠牲になるのを一退魔士として見逃せるはずがありません」

「よろしい。とはいえ、急いては事を仕損じるともいう。とりあえず、歩きがてらなぜ君がこのような姿になってしまったのかを説明するとしよう。それがわからなければ、きっと智白君はいつか同じ間違いをやらかしそうだからね」

「…………」


 こうして、着ている服だけ違う、見た目双子のような二人はゆっくりと境内を歩き始めた。


「そもそも、なぜ退魔士のオーバードライブは思いペナルティがあるか知ってる?」

「それは……昔、死奥義オーバードライブは文字通り命を対価として術を行使するものでしたから、それではあまりにも不便だということで、命の代わりとなる代償で契約される……と聞き及んでいます」

「そう、僕たち神様も、力を使うごとにいちいち使い手が死んでたら効率が悪いし、後気味だってよくない。けれども、代償なしには術は使えない。代償なしで力を使えるのは、ごくごく稀にしかいないほとんど神様と同じ体を持っている人間だけなんだ」


(そういえば雪都の奴は、デメリットなしでオーバードライブが使えるといっていたが)


 今ここにはいない部下の一人が、実はとんでもない奴なのではないかと一瞬思ったが、精神集中が途切れるのを嫌って、一瞬で忘却の彼方へと追いやった。


「で、智白君がペナルティとして課されているもの、それは「時間」。もっと言えば、今まで肉体に積み重ねてきた鍛錬の成果と精神的な成長が、一時的に失われている状態なんだ。技術が失われなかったのは、それだけ君が少ない代償で済む優秀な個人であることの証明だ。誇っていいよ」

「ということは、僕が前一度だけオーバードライブを使った時は……」

「君は戦いの後すぐに気を失って、数日間目を覚まさなかった。その間、君は…………深い深い精神世界で、力を貸してくれた「名もなき祖霊」たち一人一人に、感謝の気持ちを表していたんだ。もっとも、その時は命にかかわったから、僕が別の代償。すなわち……精神世界の時間を失わせることで帳尻を合わせたんだけどね」

「忘れることで帳尻を合わせた……!? じゃ、じゃあ僕はこれから……」

「さあ、ついたよ。彼らは僕と君の求めに応じて、わざわざ常世からここまで出張してきてくれたんだ。だから、前と同じように…………手を貸してくれたことへの感謝の気持ちを、一人一人に伝えに行こう!」


 目の前の光景が一気に広がり、玄公斎と少名毘古那神は大きな神社の正殿から、桜の舞い散る広い境内を見下ろす形になった。

 そして、眼下には先日のオーバードライブで力を貸してくれた、名もなき人々がずらりと並んでいたのであった。


「さてと……今回は何日かかるかな?」

(彼らすべてに感謝の気持ちを伝える……か。それまで僕の体は完全に無防備だ。みんな、時間がかかるかもしれないけど、待っててね)

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