フロンティアの嵐作戦 9

 そのころ、ミノアからの指示を受けて狙撃手のいる場所へ急行するあかぎは……


「どいたどいたどいたーーーーっっっ!!!」


 まるで一つの太陽のように自身が火の玉のようになりながら、身長よりも大きな斧を我武者羅に振るって天使の群れの中を一人直進行軍していた。

 その勢いは、あかぎが駆け抜けた後の地面もガソリンをまいたかのように炎上し、空からでもわかるほどの焦げ目を残すほどだった。


 しかし、あかぎが狙撃手がいると目される場所に到着するも、当然そこはもぬけの殻で、航空戦艦の武器で作られたクレーターが地面をえぐっているだけだ。


「いないなぁ、どこかに隠れた……とか? でも、周囲には隠れる場所もないし、人の気配も全くしない」


 そもそもあかぎは狙撃手スナイパーの類との戦闘経験がさほどない。

 しいて言えば、修行中の精神空間で遥加あいてに遠距離戦を行ったくらいだが、そこまでゲリラ的な戦い方をしていなかった。

 おそらく夕陽であれば、エリア3で完全者の一人と戦った際の経験が生きるのだろうが、この場にそれに対応できるのは軍人くらいのもので、その軍人たちは本丸であるサリエルの撃破で手いっぱいだ。


 一体どこに消えたのだろうか…………あかぎが思案しようとしたところ、遠くからの攻撃の気配を感じ、彼女は武器を構えた。

 が、撃ち落とそうとする前に、あかぎを取り巻く高温の炎の壁の中で、その何かは溶けて崩れ落ちてしまう。

 それでもあかぎは、その正体がライフル銃の弾丸であることに気が付いた。


「わかった、敵はあっちだ!!」


 銃弾が射出された方角を素早く特定したあかぎは、またしても炎を纏って天使の群れの中を一直線に薙ぎ払いながら進んでいく。

 途中で殺戮した天使の数は数千はくだらないだろうが、発射元とみられる場所に行ってもやはり誰もいなかった。


「おかしいなぁ? あたしの直感が間違ってた?」


 首をかしげるあかぎ。その時、手に持っていた斧から聞きなれた声が聞こえた。


『おまえはアホか? ずっと同じ場所で愚直に撃ちまくる芋虫のような狙撃手スナイパーがいるかよ』

「え? 芋虫?」


 声の主はもちろんリヒテナウアーだ。

 彼女が実際に生きた時代に銃はなかったが、英霊として数多の世界で戦っていると、狙撃手という存在も何度か見たことがあった。


『いいか、覚えておけ。お前が相手しているのは、この世で最も卑劣な戦い方を得意とする奴だ。戦士の風上にも置けんが、それが弱いことの証明にはならん。徹底的に身を隠し、標的を寸分たがわず打ち抜き、バレる前にバックレる。狙撃手とはそういう奴だ』

「ということは、弾丸が来た時点で居場所を特定しても無駄ってこと?」

『そういうこった。しかも奴さんは私ほどではないが、何らかの転移術を使えるようだ。残留魔力からある程度わかる。そしてこの大混戦、洗脳の弾丸、無駄に開けた地形――――陰湿にもほどがあるな。こいつに戦いを仕込んだ師匠がいたら、顔を見てみたいくらいだ』


 褒めているのか貶しているのかわからないが、少なくとも今の戦い方では堂々巡りになってしまうことだけはわかる。

 あかぎにワープ能力がない以上、何をどう頑張っても標的に追いつくことはできない。

 相手の能力が判明しても、対策がすぐ浮かぶとは限らない。

 リヒテナウアーすらもどうしたらいいか思案し始めるが――――


『なるほど、そういう原理じゃったか』

「この声は、おじいちゃん!?」

『なんだなんだ、私にもジジイの声が聞こえるじゃないか』

『リヒテナウアーよ、どうやらおぬしの存在があかぎの魔力に浸透し始めていることで、新型魔術通信機の効果を受けるようになったようじゃな』


 あかぎの持っている通信機から玄公斎の声が聞こえた。

 しかも、新型の通信機はかつて暗黒竜王にジャックされたことを踏まえて、あらかじめ個人個人が持つ魔力を登録し、登録したものとしか通信できない仕様に変更したのだが、それが思わぬ副次効果を生んだようだった。


『それはさておき、相手はこの荒野を瞬時に移動できる狙撃手ゆえ、何の工夫もなしに近づいたところで逃げられるのがオチじゃろう』

『んなこたぁわかってんだ! 逃げられねぇようにする手はないのか!』

『それがつい先ほど思い浮かんだ。チャンスは一度きりじゃが、上手くいけば相手の意識の外からの奇襲が可能になるじゃろう。そのためにもあかぎ、おぬしはしばらくの間、執拗に狙撃手を追いかけるのじゃ』

「でも、追いかけて逃げるなら意味ないんじゃ……」

『よいか、作戦のカギはシャインフリートとあの子の頭に乗っている子狐じゃ。邪魔にならなければよいと思っておったが、まさかこのようなところで役立つとは思ってもみなかった。ともあれあかぎよ、今は狙撃手を全力で追いかけよ。奴の意識をお前以外に向けてはならん』

「…………わかった!」


 こうしてあかぎは、しばらくの間天使のせん滅ではなく、何度もワープを繰り返す狙撃手を無駄だとわかっても追いまわし続けることにした。




「なんだあの女は…………頭イカレてやがんのか?」


 今日何度目のワープを行っただろうか。

 天祖 智典はいらいらしながらスコープを覗き込んだ。


 そもそも、一度あかぎを狙ったのは単純な興味からだった。

 智典からみれば、たった一人で大暴れし、なおかつ年端もいかず頭もよくなさそうな少女がいたのだから、デストリエルの弾丸を打ち込んで操れば大きな戦力になると思ったからだ。

 第1の誤算が、そもそもあかぎに銃弾を撃ち込もうとしても、彼女の周りを渦巻く高熱で溶かされてしまい、攻撃そのものが無効化してしまったこと。これでは智典側からは手も足も出ない。

 そして第2の誤算は、あかぎが思いの外しつこい相手だったことだ。

 狙撃銃の最大射程である1200mの距離を逃げても、約30秒ほどで補足して追いかけてくるので、ほかの連中を狙撃している暇もなく、ひたすら逃げに徹しなければならなかった。


「ちっ……転移の弾丸の残弾も少なくなってきやがった。一か八か、近づいてきたときにデストリエル様の意志をぶち込むか、しかし…………」


 最終手段として、接近してきたあかぎをその場で洗脳してしまうという手もあったが、そこらの冒険者ならともかく、あのような生きたサイクロンのような暴力の塊にデストリエルの権能を打ち込むのは至難の業といえる。

 いつもなら獲物を執拗に狙うのは智典の方だというのに、今や追い掛け回される方になるというのは皮肉としか言いようがない。


 そんなとき、彼はふと近くに何かの気配を感じた。


「ん?」


 気配がした方向を向くとそこには―――――――なぜか、乱戦の中に送ったはずのルヴァンシュが突っ立っていた。


「なんだお前、なんでこんなところにいる? とっととデストリエル様のために死んで来い」


 智典はルヴァンシュに戦場に戻るよう促したが、奇妙なことにルヴァンシュは目のハイライトを失ったままふらふらと智典の方に歩いてきた。


「こいつ、まさかデストリエル様の支配から逃れたというのか? ありえん……そんな奴は今まで見たことねぇぞ! おい、それ以上こっちへ寄るな! もう一度お前を、デストリエル様の名のもとに屈服させてやる!」


 智典はルヴァンシュを再度洗脳しようと試みるが、なぜか効果がない。

 ならばと転移の弾丸をルヴァンシュめがけて撃ち込み、彼をどこか遠くにやってしまおうとしたが、なんと銃弾が彼の身体を貫通していった。


「なん…………」


 何が起きたかわからず絶句する智典。

 その直後、周囲がいきなり熱くなったように感じた瞬間、彼の身体はとてつもない重量のものに押しつぶされたのだった。

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