フロンティアの嵐作戦 10
『よーし、うまくいったよトラン!』
「ホント……うまくいってよかったよ。僕はいつ撃たれるか気が気じゃなかったんだけど…………」
「でもこれで仲間たちが安心して戦えるよ!」
竜化しているシャインフリートの足元では、まるでトマトがつぶれたかのように赤いシミみが広がっていた。
それは人間の血と肉だった。
完全に原形をとどめていないが、すぐそばには
小柄とはいえ、竜化したシャインフリートの体長は10メートル以上あり、体重もトン単位となるため、勢いよく着地しただけでも並みいる生物はぺしゃんこになってしまう。
智典自身に何かしらの防御特技があればあるいは生き残れたかもしれないが、デストリエルの権能と、類い稀な狙撃の腕を持つ以外はほぼ生身の人間とそう変わらない。
その状態で無防備な態勢のまま竜に踏みつぶされれば――――
人間には「寿命」という概念があるらしい。
寿命が尽きた人間がどのように死ぬのかはいまだに謎に包まれている。
デストリエルの権能は使い手の「寿命」を消費するもので、乱発すればするほど生きられる時間が短くなるらしい。
そんな彼の寿命が今まさに尽きたのか……それは誰にもわからない。
だが、そうとしか思えないほど、彼の死はあっけなかった。
『ルヴァンシュを先に無力化しておいて正解だった。あかぎが視線を引き付けてくれたおかげで、このスナイパーは仲間がやられたことに気が付かなかった』
「そして僕があの男に化けてやると、面白いくらいぽかんとしてたよね!」
ルヴァンシュの姿をして居たトランが、ポンと煙を出して、元の姿に戻った。
この作戦のからくりは、シャインフリートが言うように、智典があかぎから逃げることに手いっぱいの状態にして、戦場に送り込んだ味方が今どうなっているのかを把握させないことにあった。
ルヴァンシュの無力化は意外にあっさりと完了した。
痛みを周囲に伝える特技は、痛みを与えずに相手を無力化する光竜の術によって、光の輪で体を縛り付けられたことで無意味なものと化した。
そして動けなくなったところを、味方の退魔士の麻痺昏睡の術で意識を失わされたのである。
こうしてルヴァンシュを無力化させたことで、今度はトランがルヴァンシュになり替わり、智典を混乱させるためにあえて目の前に姿を見せた。
当然、錯乱して発砲してくることも考えられるので、幻想郷でドラえごんと対峙した際にも使った、光を屈折させて見える位置を変える術を使ってトランが直接撃たれないようにすることも忘れなかった。
おかげで智典はトランが目の前にいると勘違いし、見当違いの咆哮に攻撃を続けていたのである。
そして最後は、混乱して隙だらけの智典の頭上にシャインフリートがヒップドロップをかますだけだ。
さすがに彼単体では、気配に敏感な智典に気付かれずに攻撃することはできなかっただろうが、つい先日、雷竜ヴェリテの話を聞いて狙撃手への対応法をある程度知っていたのが大きかったようだ。
「みんなっ! 厄介な狙撃手は倒した! 痛みを振りまく悪竜王の手先も無力化した! もう恐れるものは何もないっ!」
『おーっ!!』
厄介な横入がなくなったことが通信機で各部隊に伝わると、彼らは今までのうっ憤を晴らすかのように、目の前の天使たちへ大規模な攻勢を開始した。
各地で高威力の攻撃魔法がさく裂し、銃や大砲が天地を割ろうとするかのようにバカスカと爆音を響かせた。
これではどちらが悪役かわかったものではないが、天使たちはみるみると姿を減らしていった。
そんな中、脅威を排除したあかぎは、通信で負傷したことを知ったアンチマギアのもとに駆け付けた。
「アンチマギアちゃん、無事だった!?」
「おー、あかぎ! この通りアンチマギア様はなんともないぜいててててて」
「うん……重傷だよね、知ってた」
智典が放ったデストリエルの弾丸を受けた部下に腹を貫かれたアンチマギアだったが、その後すぐに彼女の「
それだけでなく、彼女は腹から血を流したまま洗脳された仲間を数人正常に戻すなど大活躍だったが、自身は腹に包帯を巻くだけで回復を後回しにしたせいで失血死寸前になっており、いまは部下の海賊に抱えられてやっと立っているありさまだった。
「かしらっ! すまねぇっ! あたいがヘマしたばっかりに、かしらに風穴開けちまったぁぁっ!! 責任取って潔くはらをきりますぅぅぅ!!」
「やめろバカ! 腹に穴が開くのはアンチマギア様だけで十分だ! 気にすんな! むしろお前に死なれる方がずっと困る! これからも私のために生きてくれよ!」
「か、かしらぁぁぁぁ!!」
洗脳から解放された部下も必死に謝罪しており、アンチマギアは当たり前のように許してあげていた。
あかぎは何となく、アンチマギアが海賊の頭として慕われている理由を垣間見たような気がした。
「と、とにかくっ、アンチマギアちゃんはしばらく安静にすることっ! 回復魔法使えないんだから!」
「ああ、すまねぇ。私の海賊船が戻ってくりゃ、すぐに治せるんだがなぁ」
厄介なことにアンチマギアには回復の術や魔法の効果が及ばないので、怪我は自力で治すか、ビバ(略)号に搭載されている医療装置を使うことでしか傷を治すことができない。
彼女はしばらく戦線離脱することになるだろう。
そんなこんなで、紆余曲折あったものの、黒抗兵団は一気に優勢を取り戻し、天使たちを次々に撃破していった。
そして、中央で天使の軍団を指揮している大天使サリエルも、攻撃の中核である第1天兵師団の猛攻に大苦戦していた。
「くそっ……くそっ、なんてことだ……この私が、負ける? 人間風情に? ありえん!」
「うっははは、どうしたクソ雑魚天使! そんなんで世界を滅ぼしたいとか笑わせる! 竜どもの方がまだ気合入ってたぜ!」
大自然の力を操ることができるサリエルは、必死に自らの周囲に大量の植物を展開し、蔦での叩きつけ、タネマシ〇ガン、はっ〇カッターなどを無数に繰り出すが、命知らずに突貫してくるゴリマッチョたちにとって、このような攻撃は邪魔になるだけで痛くも痒くもない。
ほかの大天使と違い、サリエルは自らも植物の力を取り込むことで陽の光による回復を行うことができるものの、退魔士たちの圧倒的な火力の前には、ご自慢の回復も、神性介入も、あっという間に押し切られてしまう。
周囲の下級天使の数も少なくなり、いよいよもって攻撃をしのぐことができなくなったサリエルは、思わず自らの主人に助けを求めた。
(おお……スィーリエ様! お助けください! このままでは野蛮人たちにやられてしまいます!)
しかし、返ってきたのは意外な声だった。
(なんじゃ、そなたは力が欲しいか?)
(……? 聞きなれない声……いったい何者?)
(何者かはどうでもよかろう。ワシの力があれば、目の前にいる有象無象を蹴散らすのは訳ないこと)
(くっ、この際なんでもいい…………私に力を!)
後がないサリエルは、自らの神ではない「何か」に縋り付いてしまう。
それが、どのような結果を及ぼすかも知らずに…………
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