奇跡は創るもの

「どこの世界にいても、ブンヤは気楽な商売のようじゃのう」

「仕方ないわよ。彼らだって自分たちの正義があるんだもの。もっとも、私たちはそんなものは求めていないけれどね」


 険しい崖を疾走する巨大な羊のような生物の上で、玄公斎と環はこの世界の新聞に目を通しながら、そこから読み取れる世界情勢を見つめていた。

 あの後一度ホテルに帰還した玄公斎は、移動用の乗り物として、茶色い体毛に黒い肌を持つ魔獣のような羊を大量にチャーターしていた。

 車やバイクが出回っている中で、乗り物としての巨大羊はあまり人気がなかったが、山岳を走ることができることに目を付けた玄公斎が、悪魔フレデリカに依頼して大量に調達したのだった。

 乗り心地も上々で、手綱を手に取る環の指示にもよく答えてくれた。

 ただし、よく食べるため牧草の維持費がかさむのが欠点ではあるが…………

 

「『巨大隕石の襲来 勇敢なるFFXXによって塵と化す 救世主の到来』『稀代の悪代官、正義の執行者により成敗される』『雷鳴の丘の暴竜討たれる ダークヒーローの素顔とは』…………この新聞はずいぶんと景気がよいな」

「ふふっ、まるでヒーローものの読み物みたい」


 玄公斎がまず取り出したのは「日刊シュトゥルム・ウント・ドランク」で、主に各地で活躍するハンターたちの活躍ぶりを大々的に取り上げている新聞である。

 いったいどこで撮影したのか、とんでもない強敵と戦うハンターたちの栄光が、写真とともに記事となっている。

 内容もハンターたちの活躍をほめちぎるものとなっており、読んでいてとても気分がいいのは確かだ。


「じゃが、いささか良いことばかりに偏りすぎじゃな。未熟な者がこれを読んで、自分も同じように華々しく活躍できると思い込まねばよいが」


 その一方で、次の新聞に目を通すと…………


「『首都で大地震発生 犠牲者多数 貧民が多数行方不明 政府の無能あらわ』『鉄道駅で男性の体内から人食い花出現 周囲が血に染まる』『転生ハンターがまたしても凶行 安易な異世界転生に不満増加』…………これは反政府機関紙か何かか?」

「他人の不幸を喜ぶのも、また人間の一面なのかもね」


 こちらはどの紙面にも悲惨なニュースが並ぶ「リベラトール・タイムス」という名の新聞で、内容もまた行政府への批判や我が物顔で闊歩するハンターたちへの批判で埋め尽くされており、憎悪すら感じられる。

 主に知識人や関係者へのインタビューという形が多く、ご意見番も多数抱えているようだ。


「過ぎたるは猶及ばざるが如し……じゃな。とはいえ、報道に中立を求めるなど酷なもの。見比べて整理していくほかあるまい」


 特にこの世界では携帯電話はおろか、テレビですらほとんど普及していないので、情報を得るための手段はほぼ新聞に限られる。

 そうなれば、知らない情報も新聞社の匙加減一つでいかようにも変わってしまうだろう。

 現代人である玄公斎は、新鮮な情報がすぐに入ってこないことを思っているよりつらく感じたのだった。



「さて、そろそろあかぎたちと別れた場所じゃが、あの子たちは戻ってきておるかな」

「寂しがっていないといいのだけれど…………あら、あれは?」


 最悪まだ戻ってきてないことを念頭に入れていた米津夫妻だったが―――――

 そこにはあかぎやアンチマギアだけでなく、見知らぬ一行、果てはあのあたりに遺体として転がっていたはずの騎士たちまで米津たちを出迎えてくれたのだった。


「は……ははは、この歳になってここまで驚かせられるとは、異世界とはまことに難儀なものじゃわい!」


 すぐに理解が追いつかない状況に、玄公斎はやけくそ気味に高笑いするのだった。



 ×××



 さて、時は半日ほど前にさかのぼる。

 一度野営を経て王子や騎士たちの遺体がある場所に戻ってきたあかぎ達だったが、「王子様が死んだ」としか聞かされていなかった夕陽たちは、人が大勢死んでいる光景を見て思わずぞっとした。

 吐き気まで覚えなかったのは、それだけ彼が修羅場をくぐってきたあかしなのだが、やはりこのような悲惨な光景は思春期の少年にはつらいものがある。


「これは………酷い有様だな」

「あ、あわわわ……人間が大勢死んでるっ! し、しかも体に穴がいたり、顔がつぶれたり……ふぇぇ」

「ぞ……ゾンビになっちゃわない……よね?」


 ただ、まだ精神が子供な妖精ロマンティカはさすがにドン引きしており、エヴレナも何やらゾンビに妙なトラウマがあるようだ。


「死体の損壊がひどいね。それでも腐らなかったのは、この辺に分解する微生物がいないからかな」

「白埜ちゃんはずいぶん冷静なんだね……」

「うん、私はこれよりひどい光景は何度も見てきたから」


 冷静に遺体を分析する白埜に対し、あかぎはよく平気でいられるなと感心したものだが、白埜とて好きでやっているわけではないのだ。


「おおぉ! 私の運命の王子様っ!! あなたの愛しの姫君、アンチマギア様が今戻った! 今度こそ私のキスで、永遠の眠りから目を覚ますんだ!」

「やっぱりうるさいなぁこのおばさん」

「だれがBBAだ、このガキドラゴン!」

「ガキって言ったな! 私はたぶんこの中で一番年上なんだぞー!」

「じゃあ訂正してやるよ、BBAドラゴン!」

「BBAもやめろー! ドラゴンぱーんち!」

「あべし!?」


「漫才やっている場合じゃないだろもう……とはいえ、なんで王子さまだけ生き返らせるんだ? ここにいる人たちは助けてやれないのか?」

「はい……王子様以外の方は損傷が激しいので」

「なるほど、自決したのか…………。さすがに頸動脈を切って自決は生まれて初めて見たが、確かに首以外は目立った損傷がないな」


 剣で頸動脈を切り裂いて失血死なんて、現代っ子である夕陽にとっては、それこそ物語でしかお目にかかれない死因だ。

 ここでふと、白埜はあることに思い至った。


「ということは……遺体の損傷がそこまで激しくなければ、この人たちも生き返る可能性がある、ということかしら?」

「おそらくは…………しかし、反魂香の量も限られていますから……あっ!」

「なになに? 何の話?」


 元々ナトワールは王子だけを救うことを前提にしていたが、今はレディ・ロマンティカが反魂香を生成できるようになっているため、量は問題にならない。

 とはいえ、死体の損壊の問題はまだ解決していなかった。


 だが、奇跡は重なるもので……白埜は夕陽がその手に持っている杖に注目した。


「それ、アルが作ってくれたものだよね」

「わかるのか?」

「もちろんだよ。ずっと一緒にいたんだから、造形にアルの癖がしっかり反映されているのがわかるもの。ただ、これはレプリカだから無茶すると壊れちゃうけど、あとは帰るだけだから必要ないよね」


 そう言って白埜は、アルが一時的に作った双蛇が象られた杖――癒冠宝杖(のレプリカ)を夕陽から受け取ると、彼女は杖に術力を込めた。

 すると、周囲に転がっている遺体の損壊がたちまち修復され、まるで傷がなかったかのようにきれいになったが、さすがに能力の限界を超えてしまったからか、杖は役目を終えたかのように砕け散り、一握の砂へと戻ってしまった。


 ただし、肝心の王子様の遺体は…………


「なんでだ! なんで王子様だけ傷が癒えないんだ! やっぱり私の愛の口付けが必要なんだ!」

「マギアちゃんがいると魔法が掻き消えちゃうからだと思うんだけど。ほら、王子様を助けるためにどいたどいた」

「な、なにするあかぎーーーーーっ!!」


 アンチマギアの能力のせいで、王子様へかかるはずの魔法が霧消してしまった。

 仕方ないのであかぎは、いやがるアンチマギアをエヴレナと一緒に引きはがしたのだった。


 こうして、遺体の損傷を修復した後は、ロマンティカが体内で反魂香の鱗粉を生成し、倒れている彼らへと振りかけた。

 すると、死んでいた騎士や王子たちは、たちどころに目を覚ましたのだった。


「うっ……ここは? 私は、死んだはずでは?」

「ああっ、生き返ったんですねっ! よかったぁ!」

「あなたは、翼人の娘の……!」

「くぅおるぁぁっ! いくらお前でも私の運命の王子様を奪うのは許せんぞ!」

「ええええっ!? 誰だ君は!?」


 ナトワールも思うところがあったのだろう。生き返った王子に思わず抱き着いてしまったが、当然アンチマギアが見逃すはずがなく、反対側から奪い返そうと抱き着いた。

 生き返ったばかりなのに両手に花の王子は困惑するばかりだった。


 この後も、生き返った騎士たちとその場にいた者たちの間でいろいろと混乱があったが、玄公斎たちが戻ってくる前には落ち着きを取り戻していたのだった。

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