この光は自分の為に 中編
「いくよ、トラン!」
「うんっ!!」
まず真っ先に動いたのはシャインフリート。
竜化もしないまま、ハイネに向けて口から勢いよく光のブレスを放つ。
それと同時に、彼の横ではトランがエヴレナの姿に変わり、同じように口から銀色のブレスを一直線に収束して放った。
「ふん」
対するハイネはおもむろに両手を前に翳すと、不可視の結界のようなものを発生させ、2本の光をこともなげに防ぎ切った。突破するには明らかに威力不足だ。
だが、その直後にハイネは後ろを振り向き――――
「古典的な人間的手法じゃな、させると思うか?」
「!」
背後の数歩先まで迫っていた智白を人にらみすると、彼の身体がまるで反重力が働いたかのように、衝撃もなく吹き飛ばされた。
智白の身体は地面に叩きつけられそうになったが、こうなることはある程度予期していたのか、体術で床をトランポリンのようにはねて、すぐに態勢を立て直した。
一息つく間もなくハイネの追撃が襲い掛かる。
智白は不意に、自分に向かって巨大なギロチンの刃が上下から襲い掛かってくるようなイメージを見た。
「っっ!」
彼はあえて前のめりに地面を蹴ると、その数瞬後に背後から本当にギロチンの刃が落ちてきたかのような甲高い金属音が鳴り響いた。
(これは……あの屋敷で空虚のペルペテュエルを処断した際に目にしたのと同じ!)
先ほどのイメージは、智白の脳が発した「警告」が見せた幻であり、本来は姿かたちも見えない術のようなものだ。
おそらく、当たれば人間の身体どころか、下手をすれば竜の首すら落としかねない鋭い一撃…………幸い、射程の上限は存在するようだったが、うかつに近づくのは文字通り「死刑」でしかない。
それでも、智白は退くことなく前へと進んだ。
(なるほど、ハイネの攻撃は「悪意」を術として固めたもの。僕たちの理解の範囲外にある、新種の術だ。ここにきて、また異世界らしくなったじゃないか)
悪竜王の攻撃の大半は目に見えないし、術力の反応もごくわずか。
避けるのはほぼ無理と言っていいが、いくつかの攻撃をかいくぐった智白は早くも回避の糸口を見出した。
「……! 今のを避けるか!」
またしても直前まで迫ってきた智白を再び跳ね返そうとするが、なんと先ほどの反重力のような攻撃を智白は回避した。
今までよけられたことのない攻撃をよけられたことで硬直したハイネ。
智白は容赦なく「天涙」による斬撃を放った――――が
「……やはり、浅い」
「っ! 下郎めがっっ!!」
先ほどまで余裕そうな笑みを浮かべていたハイネの顔が一変、まるで不快な羽虫を払いのけるような態度とともに、右手のこぶしをぎゅっと握りしめた。
その次の瞬間、智白はまるで心臓をものすごい力で締め付けられるような激痛に襲われた。
「ぐ……ぐわっ、これはっ…………!?」
「シロちゃん! 危ないっ!」
危険を悟った環が、慌てて智白の身体を転移させる。
幸い、距離をとったことで心臓の痛みはなくなった。
「よくもやってくれおったな、下郎。このワシの肌に傷をつけ、生きて帰れると思うな?」
「あ……あははっ、お肌傷ついて怒るなんて、案外女の子みたいだね」
「減らず口を……そなたの口の悪さは悪竜をもしのぐようじゃな」
ハイネが着ていた黒いローブのような服は左肩から右脇腹まで袈裟斬りにされており、下に除く白い肌には細く赤い線がきれいに走っていた。
この世界に来てから初めての傷だった。それも、場合によっては竜ですらも致命傷を負いかねないクリティカルヒットであり、智白が今の一撃にすべてをかけたことがように見て取れる。
確かにハイネは悪竜王と呼ばれるほどの上級竜であり、格的には雷竜ヴェリテをも上回るかもしれない。
しかし、彼は裏方から人間を操ることばかりしていたせいか、数千年単位で直接戦闘をしてこなかった。そのブランクが、ハイネにとって致命的な隙となってしまったのである。
その一方で、智白もまた「神」になってしまったことで、人間の頃より幾分か能力が落ちてしまっているのが痛かった。
特に腕力が落ちているのが問題で、人間の全盛期であれば先ほどの一撃で瀕死に持ち込めた可能性もあったが、今は全力をもってしても表面に傷をつけることしかできなかった。
お互い決め手に欠けるか…………と感じたところで、ハイネはさらに驚愕の表情を浮かべた。
「そういえば、あの光竜の
ブレスを同時に撃ってきて以来攻撃が飛んでこなかったせいで一時的に存在を忘れていた2匹がどこへ行ったのか、ハイネが広間を見渡したところ、なんと彼らは先ほどまでハイネが力を注いでいた魔法陣に神竜の剣を突き刺そうとしていた。
「今のうちにこれ壊しちゃおうよ、なんか嫌な予感するし」
「賛成っ! 多分ロクなものじゃないし、復活するためのものかもしれない!」
「ガキどもが!! それに触るな!!」
ハイネの怒号が広間全体にとどろく。
驚いた二人が飛びあがると、彼らがいじろうとしていた部分に不可視のブレスが通過し、その跡には青白い炎がもうもうと燃え上がった。
そして、すぐさまハイネが魔法陣の上へと転移し、シャインフリートとトランに対しブレスによる薙ぎ払い攻撃をお見舞いした。
「くうぅぅ……大丈夫、防げる!」
「ほ、本当にこの剣があって助かったねっ」
ブレスに続いて、智白に放ったような不可視のギロチン攻撃や、不可視の大爪による一撃などが幾度も繰り出されたが、どうも光竜や神竜相手にこの攻撃の相性が良くない上に、神竜の剣のちからでそれらの強力な攻撃を完全に防ぎ切った。
まるで剣自体が二人を守ろうとしているように……………
「へぇ~、ふぅ~ん、なるほど。よくわからないけど、その魔法陣は君の生命線か何かのようだね。ならば、ますます見逃すわけにはいかないな」
「ちっ、ワシとしたことが、取り乱すとは……! じゃが、これだけはワシのすべてを持っても守り切らねばならんのでな!」
効能は不明ながら、どうも魔法陣はハイネにとっての泣き所であることは確かなようだった。
そうと分かれば、容赦をする理由はない。智白はすぐさま魔法陣とハイネの両方を揺さぶる戦術に切り替えようとした。
しかし、智白たちに優勢に傾きかけていた勝利の天秤は、突如として近郊に戻されることになった。
『悪竜王様! デイジー、ただいま戻ってまいりましたわ!』
『遅くなりました、陛下。このメトスが参りましたからには、これ以上は指一本たりとも触れさせません』
「……遅刻じゃぞ
現れた竜たちに対し、ハイネは少々悪態をつくもどこか安心したような様子だった。どうも、今の言葉はハイネなりの感謝の気持ちなのだろう。
「っ! ヨネヅさん、こいつら!」
「話に聞く悪竜王の陪臣か。まさかこれほどまでに早く戻ってくるなんて」
大広間に靄が2ヵ所発生したかと思えば、そこから黒と鱗と金の部位や装飾が施された竜が2体現れた。
彼らの正体は一度戦ったシャインフリートとトランがいたことからすぐに判明した。『狂瀾竜デイジー』と『邪念竜メトス』、ともに数少ない悪竜の生き残りにして、悪竜王ハイネに仕える忠実な臣下である。
この二体はちょうど別の場所での任務に赴いていたのだが、悪竜王の居住区域に敵が侵入したことを察して、空間跳躍術まで使って超特急で駆けつけてきたようだ。
みれば、彼らの様子は万全ではなく、身体のところどころにダメージがあるところを見ると、何らかの戦闘の途中だったようだ。
「どうしよう、ヨネヅさん……」
「不利は承知。むしろまとめて片づけるチャンスだ」
「デイジー、メトスよ。ワシは儀式を行う。倒せぬと判断したのであれば、なるべく時間を稼げ」
『あら、珍しく人間を褒めますのね、悪竜王陛下。一度逃したとはいえ、今度こそわたくしめが仕留めて差し上げますわ』
『そもそも先の敗因はデイジー、お前の油断にある。遊ぶのもほどほどにな』
『ふんだ、あなただけには言われたくないわ。まあでも、最初から本気を出さなきゃっていうのは同意ね。それじゃあ…………ちびっこさんたちが、本気になった私たち相手にどこまで足搔けるか、見せてもらうわね』
そう言ってデイジーとメトスが悪竜王の前にその巨体を割り込ませると、二体を中心に急速に濃い闇が広場全体を包み込み始めたのだった。
【今回の対戦相手】
狂瀾竜デイジー
https://kakuyomu.jp/works/16817139557676351678/episodes/16817330650822581888
邪念竜メトス
https://kakuyomu.jp/works/16817139557676351678/episodes/16817330649710948722
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