この光は自分の為に 前編

「こんな夜中に、たった2でどこに行くつもりかな?」

「…………!! よ、ヨネヅさん!? どうしてここに!?」

「はぁ……それはこっちのセリフ。ここは関係者以外立ち入り禁止の軍事機密エリアだって知ってるよね?」


 日本軍駐屯基地「ヘキサゴン」の地下最奥に工事中のエリアがある。

 誰も立ち入らないように仮封鎖された場所に、なぜか光竜シャインフリートと子狐トランが侵入していたのだが――――相変わらず子供の姿になっている智白と、彼に付き従う環が二人を止めた。

 シャインフリートたちが立っているのは、エレベーターシャフトとなるはずだった空間に開いた不気味な穴の手前だった。


「しゃ、シャインを怒らないで上げてっ! 悪いのは全部僕だから!」

「ううん、それは違う! 僕はただ、戦いで疲れているみんなに迷惑をかけたくないから…………っていうか、なんで僕たちがここにいるってわかったんですか?」

「おおかた、誰もいないことをいいことに忍び込んだんだろうけど、この基地には「監視カメラ」っていう便利なものがあってね。監視室の人が対応に困って僕に連絡をくれたんだよ」


 現在軍事基地は大半の兵員が出払っているせいで、最低限の警備しかいないように見える。

 しかし、防備に穴があるかと言えばそれは否であり、監視室ではカメラにばっちりと侵入者が映っていた。が、忍び込んだのが元帥の友人なので、一般兵ではとがめていいかわからなかった。

 それで智白に急遽連絡が言って今に至るわけである。


「そして、君たちがここに来た理由も大体想像がつく。トラン……君はもしや、悪竜王の気配が近くにあることを感じ取ったんだろう。そして、無謀にも君たちだけで決着をつけようと思ったんでしょう」

「……ほんとうに、ヨネヅさんに隠し事はできないな。うん、まさしくその通りだよ。この前の大怪獣との戦いで、ほかのみんなは疲れ果ててしまっている。でも、幸い僕たちは疲れがほとんど残っていなかった。だから、今こそあの地下での戦いの決着を僕の手で付けようって」

「それで、勝算はあるのかしら? わかっているとは思うけど、勇気と無謀をはき違えちゃだめよ」

「もちろん! これを――――見てよ!」


 そう言うとトランは空中で一回転すると、ポンと音を立てて姿を変えた。

 その姿はなんと…………真銀竜エヴレナだった!

 しかも、エヴレナに変化したトランは、智香が所有しているはずの「神竜の剣」を携えていた。


「そうか…………それを無断で持ち出すとは」

「悪いということはわかっています。罰なら、この後どんな重いものでも受けます!」

「まったく、若い子は無茶をするねぇ。本当のところなら、軍紀違反でとっちめなきゃいけないんだけど、ここまでするということは相当切羽詰まっているわけだ。いいだろう、今回は君たちの行動を見逃そう。その代わり、僕も一緒に行かせてもらう。こうすれば、名目上は僕が君たちに特別任務を与えたことにできるからね。それじゃあ、行こうか」

「は、はいっ!」


 こうして、急遽ではあるが智白と環、そしてシャインフリートとトランの4名で、かつて地下捜索隊が偶然あけた穴から目的地を目指した。


(しかし、今この時に悪竜王の気配を感じた、か。まあ、十中八九なんかの罠なんだろうけど、今僕たちを罠にかけて何がしたいんだろうか?)


 4名で暗闇の通路を駆け抜ける間、智白はひたすら思考に耽っていた。

 確かに現在の黒抗兵団の戦力は落ちているが、戦闘不能かと言えばそうではない。消耗が激しい者も多いが、あかぎやSSSチームなどはすぐに動くことができるし、天兵団たちも健在だ。生半可な攻撃では返り討ちに合うことは必定だ。

 では、シャインフリートだけをおびき寄せる罠かと言えば、それも違うような気がする。不確実性が高すぎて作戦が破綻しているからだ。


 もっと言えば、悪竜王は積極攻勢を仕掛けるだけの力はないはずだった。

 先ほどの戦いでは黒抗兵団に散々苦渋を飲ませてきたが、マルシャンスから聞いた情報によれば、悪竜王はほぼすべての手ごまを消失しており、いるのは彼に忠誠を誓う少数の竜だけとのこと。

 いくら嫌がらせに特化した悪竜王と言えども、自らの存亡をかけてまで嫌がらせするほど狂ってはいないだろう。

 考えれば考えるほどわからなくなっていく。とはいえ、保険はたっぷりかけておいたので、少なくとも最悪の事態だけは免れるようにしてある。

 智白は途中から無駄に考えることをやめ、今から始まる戦いに気持ちを集中させた。



 ×××



 さて、本当のところ悪竜王ハイネは何を企んでいたのか。

 その答えは、ある意味で智白の想定の範囲外だった――――


「……ふむ、奇妙なものじゃ。いざこうして計画を進めると、無性に保険が欲しくなる」


 かつて悪竜王ハイネは、竜王になり替わってこの世界を支配しようという壮大な野望を持っていた。

 だが、竜王勢力が人間に敗北したことで、すべては水の泡となり、彼自身も異世界への移住を余儀なくされた。

 彼は、そのことを長い竜の一生で一番の屈辱と感じていた。


 この世界に舞い戻ってからは、今度こそ野望を成就できると確信したものだったが……………実はこれがなかなかうまくいかなかった。

 特に懸案事項だったのが、どこからともなく現れた人間の老人と老婆だった。


「あ奴らの顔が苦渋に歪む姿は何度見ても見飽きぬものだったが、いささかワシもムキになりすぎた。せっかく積み上げたカードも、すべて防衛用に切る羽目になるとは思わなんだ」


 ハイネは黒抗兵団にとって目の上のたん瘤であり、討伐しようにも彼らをあざ笑うように姿を消してしまう実に面倒な存在であった。

 まるですべては彼の掌の上……そのように感じてしまうほどだった。

 しかし、ハイネはハイネですべてがうまくいっているわけではない。

 むしろ……今の彼はかなり拙い状態まで追い詰められていたのである。


 いったいどこで間違えたのか。

 ハイネとて油断しているわけではない。

 彼が黒抗兵団に与えたダメージは相当なものであることは間違いないのだから。

 特に、つい先日討伐されたアースエンド。あれはハイネの最高傑作のひとつと言ってよく、あれがなければ黒抗兵団の戦力はかなり温存され、今頃危機はとっくに収束していただろう。


 そのようなわけで、ハイネは無意識のうちに弱気になっていたのかもしれない。

 彼が「保険」を使い始めたのも、そのためだ。




「…………! この気配は、よもや」


 ハイネが大広間の真ん中にある魔方陣に魔力を注いでいる最中、遠くから嫌な気配が近づいているのを感じ取った。

 間違いない、悪竜の天敵である神竜の気配だ。


「なんと間の悪い。保険をかけようとしたことが裏目に出たか。クックック、なんとも……なんともままならぬものよのぉっ!!」


 彼の目の前に広がる魔法陣は、本来であれば今使う予定ではない、あくまで「保険」に過ぎなかった。

 だが、それを用意するために悪竜の力を注ぎこんだことで、一時的に一つの箇所に悪竜の力がたまってしまい、それを偶然にも悪竜の気配に敏感になってしまったトランが感知してしまったのだ。


 傍に控えている竜2体も、今はこの場に居ない。

 彼らには重要な任務を命じていて、今頃遠く離れた場所で工作を行っていることだろう。

 その間ハイネは単体でいるしかない、ある意味無防備な状態。

 多少強い人間が来ようと負けるつもりはないが、そうはいっても何かの間違いがある可能性がないとは言えない。

 そのような状況も、ハイネが保険に頼ってしまう要因の一つだったのだろう。


(つまらんな。この悪竜王ともあろうものが自らの策に足を引っ張られるとは。……………もうよい、このような世界など竜王にくれてやるわ)


 ハイネが心の中で吹っ切れたと同時に、大広間に彼の天敵たちがなだれ込んできた。



「ようやく見つけた。悪竜王ハイネ、今こそ年貢の納め時だ」

「……ふん、おいぼれがずいぶんまあ弱そうになったものじゃな」


 かつて、冒険者ギルドでの大殺戮から因縁が始まり、大瀑布の貴族の館の一角で空間を隔てて顔を合わせた二人。

 今ようやく、直接顔を合わせる時が来たのだった。

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