責任感
泣きじゃくるあかぎ。
困惑する米津夫妻。
先ほどまで熱狂していた模擬戦の観客も、どうすればいいか途方に暮れていた。
「しかしな、あかぎ。あらかじめ言わなかった僕たちも悪いけど、この世界には君の存在は不可欠だし、僕たちもいつまでもこの世界にいるわけにはいかないんだ」
「ううぅ……だってぇ、嫌なものは嫌なんだもん。あたしがここまで戦ってきたのは、あたしを育ててくれたおじいちゃんとおばあちゃんの為だから……おじいちゃんとおばあちゃんがいなくなったら、なんのために頑張ればいいかわからなくなっちゃう…………」
「あかぎ……」
智白は肝心なところであかぎの気持ちを見誤っていた。
米津夫妻は日本人――――それも若いうちから「軍人」として、国家に奉仕するのが当たり前という人生を歩んできた。
それゆえ、彼らの根本的な価値観は「お国のためになるかどうか」が大半であり、そのためにはいくらでも自分を律することができた。生まれて育った国を守ることは、ある意味当然のことであると無意識に思っていたのだ。
だが、あかぎは違う。
彼女はそもそもこの世界の生まれではないし、元居た世界は滅び、親の顔も分かっていない。
だからこそあかぎが心のよりどころとする唯一の存在は米津夫妻であり、二人がいない世界にあかぎは何の価値も見いだせなかった。
と、ここで意外なことにアンチマギアが割って入ってきた。
「なあ、じいさんばあさん。私もあかぎを置いて元の世界に帰るのは反対だ」
「アンチマギア……君まで反対するというのか」
「修行を経たとはいえ、あかぎはまだ若すぎる。それに……私にはわかるんだが、こいつにはわずかであるが情念の欠片が宿り始めている。放っておくとやばいぞ」
「……それが本音なのかな?」
「違うに決まってんだろ。あかぎをここまで育てたんだから、最後まで責任を持てよ!!」
すると、周りからも続々と反対意見が出始めた。
「私も反対するわ! さすがにこんなに小さな子を親離れさせるのはかわいそうだわ!」
「そうだそうだ! こんないい子が、オレみてぇにグレたら困んだろ!」
「もういっそのことヨネヅさんも、この世界に移住しちゃえばいいのに」
「あのねぇ……」
唯祈、鐵之助、それに黒抗兵団の面々も、ここぞとばかりに智白があかぎと離別することに反対の意を示した。
だが、智白とて素直に「はいそうですか」ということはできない。
彼には彼の立場があるし、そうでなくても一国の軍隊の最長老があまり国元を空けすぎるのはあまりよろしくない。
「冷泉准将、君からも何か言ってあげてほしいな」
「お言葉ですが元帥、私もどちらかと言えば反対です」
「な、なんだって!? 君まで何をいうんだ!」
「確かに本国に元帥が不在なのはよろしくないことですが、元帥はあまりにもこの世界に深くかかわりすぎました。本国に一度戻って諸々の引継ぎをすることにはなるでしょうが、数年はこちらで安定に努めなければ」
「…………」
(准将は事情が分かっているんだよね!? 僕はもう、元の姿に戻れないんだよ!?)
困ったことに、諸々の事情を承知しているはずの雪都まで反対の意見を示してきた。
あとで真意を聞きたださねばと考えると同時に、彼まで反対に回るとさすがの智白も自分の意見を押し通すのは難しい。
退魔士の少女たちも「それみたことか」とばかりあかぎの肩を持ち、黒抗兵団たちも安どの表情を浮かべている。
(なるほど……准将の言う通り、僕はこの世界に肩入れしすぎたわけか。やっぱり……僕って昔からお人よし過ぎるんだろうか)
こうなってしまうと、もう軽々しく元の世界に帰ってこちらにはもう来ないと言いにくい。今後はそれを前提に動く必要があるだろう。
「わかった…………先ほどの意見は撤回しよう。少なくともこの世界がある程度安定するまでは、この世界に居候するとしよう」
「本当!? ほんとうだよね……もうあたしを置いてどこにもいかないって約束してくれる!?」
「そうね、たしかにおばあちゃんもおじいちゃんも、あなたを育てた責任があるから。あなたがお嫁さんに行くまでは見守ってあげるわ」
「えへへ、やったぁ!」
こうして、米津夫妻は結局なし崩し的にこれから先長い間、この世界に関わっていくことが決定された。
「申し訳ありません元帥、個人的な意見を押し通してしまって」
「君も案外、情熱的なんだね。決まったことは仕方ない、本国からは非難囂々だろうけど、帝国元帥は引退だ。まあ、もうこんな身体じゃ近いうちに引退だったろうけど」
軍隊とは非常に面倒くさい組織である。
一人の老人(子供の姿)が引退するだけでも、いろいろと手間がかかるわけで、ましてや軍の精神的支柱が異世界に移籍するなどなれば、議会が紛糾しかねない。
これから先に待っている政治的なあれこれを考えると、智白は少々憂鬱な気分になった。
その一方で、育て親との離別を何とか回避したあかぎはアンチマギアたちとともに喜びあっていた。
「よかったなあかぎ! 思う存分甘えられるぜ!」
「うんうん! おばあちゃんも、あたしが結婚するまではこっちにいてくれるって! じゃああたし、おじいちゃんと結婚しようかな?」
「……それはさすがにやめとけ、な。もう後ろからおっかないオーラを感じてちびりそうだ」
「うん……確かに」
あかぎが「おじいちゃんと結婚する」と言った瞬間、環から強烈な赤いオーラが噴出したように感じ、周囲の人々は一気に悪寒を感じて震え上がった。
「シロちゃんはおばあちゃんの物だけど何か?」
「あ、あはは、じょうだんだよおばあちゃん……」
「うへぇ、すげえ独占力だ……俺も思わずビビっちまった」
その恐ろしさは、どんな強敵さえも恐れない第1天兵団たちすらビビるありさまだ。
「じゃ、じゃあそこの青髪のイケメンなんかどうだ? 私的にも結構ドストライクで――――」
「「あげません!!」」
「あのですね……」
話題をそらそうと今度は雪都を指名するものの、要と唯祈にすさまじい顔で威嚇されてしまった。
その後この2名は、すぐさまお互いに威嚇し合い、困惑する人々の後ろで「模擬戦」という名のあさましい喧嘩を繰り広げたのだった。
「そうだそうだ! 歳が近いと言えばあの夕陽とかいう――」
「あぶないアンチマギアちゃん!!」
「ぬわーっ!!??」
続いて夕陽の名前を出した瞬間、あかぎがアンチマギアを速攻で自分の方に引き寄せると、数瞬前まで彼女がいた場所に雷やら破壊光線やらが殺到し、深い穴を形成した。
「相変わらず君は口が余分だから、少し黙ってなさい。まあ、父代わりの僕としてはいずれ君にもいい人ができるといいとは思うけど、要求基準が高くなりすぎないようにね?」
こうして、諸々の騒ぎはあったが、あかぎが米津夫妻と離れ離れになることは、当分の間なくなったのであった。
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