進む者 戻る者

「せりゃぁっ!!」

「ぐっ、なにこの暴力的な威力と速さ!? もはや災害でしょ!?」

Scheisseシャイセっっ! 銃弾全部弾くとか正気じゃないよ!」


 ホテルから少し離れた場所にある何もない平地。

 ここでは、かつてSSSと呼称された若い退魔士の女の子たちあいてに、あかぎがたった一人で模擬戦を行っていた。

 なお、来朝だけは病院で治療任務にあたっているためこの場にはいない(仮にいたとしても、彼女の戦い方は模擬戦では危険なので見学に終わっただろう)

 そのため、あかぎが相手しているのは唯祈いのりせい、そして摩莉華まりかの3人になるわけだが――――3対1でなお互角、どころかあかぎのほうが押しているようだった。


 いや、どちらかといえば日本人少女3人の方がなんとか善戦しているといっていい。

 なにしろ、あの地獄の修業を経た後、山ほどの大きさのある怪獣あいてに大打撃を食らわせたあかぎの攻撃は、人間にとってまさに「災害級」である。

 一回刀を振るだけで、強烈な業火の刃が発生し、ビル一棟分の範囲攻撃となるため単純に避けるのが難しい。そのうえで威力も常軌を逸しており、もはや人間では防御が絶望的だ。


 それでも、唯祈たちも新米にしては非常にいい動きをしており、各々がコミュニケーションをとらずとも絶好のポジショニングを確保する。

 主に唯祈が古の霊刀を振るいながら斬り込むことでタゲをとり、静が側面や背後から重火器で狙撃する。

 そして、空を飛ぶことができる摩莉華が頭上から牽制攻撃を行うことで、あかぎの動きを拘束しようと試みる。

 まさに教科書通りと言ってよいハイレベルな連携攻撃。彼女たちの歳でこれを行えるというのは相当訓練を重ねたことがわかる。


(あの子は……元帥が直接指導したとお聞きしましたが、短期間でこれほどまでになるものなのかしら。私の「直感」さえも上回って反応してくるなんて)


 どんな戦場でもマイペースで戦うことを信条とする摩莉華も、珍しく焦りが見られる。

 銃弾を斬るという技術であれば、親友の唯祈でも可能だが、摩莉華はほぼ光の速度で右に左に機動しながら銃弾よりも早いレーザーをお見舞いする。だというのに、それさえも刀であらぬ方向に逸らせてしまう。

 その反応速度はもはや人間ではない。



 そして、彼女たちが模擬戦をしている周囲では、黒抗兵団の面々や興味を持った現地住人、待機を命じられている天兵団などが戦いぶりを遠巻きに眺めている。


「あかぎちゃん……すごい! さすがはわれらが黒抗兵団の特攻隊長!」

「異世界人にばかり手柄を奪われているけど、俺たちだってやればできるのかもしれないな」

「はっはっは! 生きのいい嬢ちゃんだ、天兵団にスカウトしてぇな!」


 これまでの戦いで、この世界に迫りくる脅威が幾度となく起こっては異世界から駆け付けた者たちが撃退してきた。

 それ自体喜ばしい事ではあるのだが、同時に彼らは自分たちの力ではどうにもならないのではないかという無力感にも苛まれていた。

 しかし、新米とはいえ異世界人相手に模擬戦で優勢になっているあかぎを見て、彼らもちょっとは勇気づけられたようだ。


 そんなとき、今まで回復に専念していたはずの玄公斎――もとい智白が、雪都と要、環とともに模擬戦の場所に現れた。


「はいはい、4人ともそこまで。これ以上消耗すると、また何かあった時に動けなくなった時に困るから終わりにしよう。3人もあかぎの強さがよくわかったでしょ」

「あ……えと、はい元帥閣下! 私たちもまだまだ修行不足です、いつかは私たちにもあかぎちゃんみたいな訓練をお願いします!」

「あ、おじいちゃん! まだ姿が戻っていないけど、いいの?」


 ついさっきまで厳格な面持ちの老人だった玄公斎が、かわいらしい男の子になってしまったのを見ると、やはりまだ違和感が大きいようだ。

 特に唯祈たちSSSのメンバーは、軍のトップが自分たちより小さい子供になってしまったという事実が受け入れがたかったようだ。

 静なんかは心の中で「眼鏡かけて蝶ネクタイして、探偵になりそう」などと失礼なことを考えたくらいだ。


「あかぎ、この3人相手によく優勢を保てたね。これも君の努力の成果だ」

「えへへ~、あたしも3対1で大丈夫かなって思ったけど、案外何とかなるね! 天兵団の人たちも、あたしがやっつけちゃったし」

「畜生、模擬戦用の武器じゃなけりゃ、こんな小娘に遅れとらねぇのによ」


 一応、今回は模擬戦ということで双方死なないようにリミッターをかけられたうえで武器も刃を潰してある訓練用を使わざるを得なかったのだが、これが仮に実戦だったとしたらむしろあかぎのほうがもっと圧倒していただろう。


 さて、今回の模擬戦を行うように指示したのは、ほかならぬ玄公斎であった。

 彼は元気が有り余っている天兵団たちや退魔士の若い者と模擬戦をさせることで、黒抗兵団の面々にも異世界人は勝てない相手ではないことを周知させようとしたのだ。

 返り討ちにされればそれはそれであかぎたちを鍛えなおすしかないが、玄公斎はあかぎが彼らに勝てると確信していた。それほどまでにこの少女の能力は傑出していたのだ。

 玄公斎の思惑通り、あかぎはたった一人で動ける天兵団たちを全員刀で打倒し、新米エース3人に対しても善戦したことで、現地住民たちも異世界人は必ずしも勝てない相手ではないことを身をもって示したのだった。


「さて、それじゃあここから本題に入ろう。あかぎ、君には近いうちに黒抗兵団の総指揮を任せる。千階堂さんからも、いずれはセントラルの行政委員の一人になってほしいとも言われている」

「え、あたしが? で、できるかなそんなこと?」


「できるかできないかじゃねぇ! やるんだよあかぎぃ!」

「うわっ、アンチマギアちゃんもいつの間に!? 病院に入院してたんじゃないの!?」

「治ったから抜け出してきたぜ!」


 いつの間にか現れたアンチマギアが、突然あかぎに絡んできた。

 相変わらず包帯ぐるぐる巻きの変態少女だが、前回の戦いでは大活躍したこともあり、周りからの評価も上々だった。


「私は自分の海賊団の船長があるから、陸の方はお前に任せる! 海と空は私が支配して、陸はお前が支配すれば、無敵だろ!」

「そうかな? そうかも」

「なんか穏やかじゃない言い回しだけど、まあ君たちがいれば少なくとも人が住んでいる場所は安泰だろうね。だから…………僕もタマ姉さんも、安心して元の世界に帰ることができるよ」

「…………え? おじいちゃん、元の世界に帰るの? じゃああたしもついてく」


 智白はこの場で正式にあかぎを黒抗兵団総指揮官移譲を宣言すると同時に、自らは元の世界に帰ると言った。

 だが、あかぎは…………納得できなかった。


「それは駄目だ。君にはこの世界で僕の代わりに…………」

「やだやだっ! あたしはおじいちゃんやおばあちゃんと離れたくない! また……家族がいなくなるのは、やだよぉっ!」


 あかぎは泣き出してしまった。

 彼女はまだ十代の子供だ。ずっと一人で生きてきて、孤独の中でようやく親となる人に出会えたというのに、再び家族を失うという事実に耐えられなかったのだろう。

 周囲の人々が唖然とする中、あかぎは駄々っ子のように智白に抱き着き泣きじゃくったのだが――――


「あがき、泣くならおばあちゃんの方で泣きなさい」

「アッハイ……ふぇぇっ、やだようおばあちゃん! かえっちゃやだーっ!」


 子供の姿になってあかぎの身長とそう変わらない大きさになっている智白に抱き着くと、環は急激に不快な気分になったため、一時的に強力な術で無理やり引きはがして、自分に抱き着かせた。

 悲痛なシーンが色々と台無しであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る