最後の課題

 アースエンドの討伐から一昼夜経過し、目に見える危険が減ってきたことで首都セントラルではピリピリと張りつめた空気が幾分か和らいできた。

 それでも、まだ危険は完全に去っていないということで街中での緊急事態宣言はまだ解除されてはいないが、住民たちの間にもどこか楽観的な雰囲気が漂い始めた。


「侵攻してくる大天使たちがほぼ撃退されたそうだ! 黒抗兵団様様だな!」

「一時はどうなっちゃうかと思ったわ…………すくなくとも、この街が全滅することはなさそうね」

「地下にいた「悪竜王」とその眷属たちもあらかた一掃されたそうだ。何が「革命」だ、馬鹿馬鹿しい」

「これもリア様のおかげね、たぶん」


 こんな会話がそこかしこから聞こえてくる程度には、街の人からも安心感が現れているし、撃退した黒抗兵団たちには惜しみない賞賛の声が聞こえてきた。


 そんな中、中央に位置する行政府では――――


「わかっちゃいたけど…………大赤字、なんだワ」

「まあまあ、そう気を落とさないで。この広いフロンティア、儲け話ならまたどこからか湧いてくるさ」


 諸々の報告のために集まった会議で、この世の終わりのようにがっくりと肩を落とす銭ゲバ悪魔フレデリカと、それを何とかなだめる智白。


 今回の「危機」は実に実入りのない戦いであった。

 なにしろ、倒した天使たちはその場で蒸発するかのように「消失」してしまうため、倒したところでうまみが一つもない。

 また、今回はある意味かなり手際よく撃退出来たせいか、少なくとも人間の施設には損害は全くなく、復興需要も皆無であった。

 しいて言うなら西側地方の象徴だった「王冠山脈」が丸々吹っ飛んだことで、一部の景観が損なわれたくらいだが、それすらもさらに西側に行くのに邪魔だったものがなくなってかえってありがたいくらいだ。

 出費ばかりで一銭の利益も出なかったという事実は、儲けることが何より大好きなフレデリカにとって最悪の出来事であった。


「ともあれ、被害が少ないことに越したことはない。敵の女神様の主力はまだ健在のようだが……すでに討伐に志願しているグループがいる。いったんは彼らに任せ、討伐に失敗したら第二陣を送るとしよう」

「そうだな…………私も、異世界の方々のおかげか、体調もだいぶ戻してきた。これなら、1回戦闘する程度であれば問題はなかろう」

「……リア様の主敵である傲岸不遜な聳え立つクソにも劣る存在(スィーリエのこと)が自らの計画を台無しにされるのはいい気味です。可能であれば、私自らがリア様に代わって折檻に赴きたいところですが、もう一方の主敵はまだ上空で健在とのこと。注視すべき事項はまだまだ残っていますね」


 評議員の千階堂やモンセー、それにクラリッサなどが、現状について確認しあう。

 評議員の一人である『剣鬼』ホノカは所用でこの場にいないが、後で決定事項さえ伝えれば彼女も特に異存はないだろう。


「しかし…………竜王どもも不気味だな。いつでもこのセントラルに大損害を与えられるというのに、何のリアクションもないとは」

「アル殿や夕陽君たちが願望成就の器となった少女を救いに行き、昨日戻ってきたのだが、話に聞けば戦力的に痛み分けに終わったそうな。こちらの戦力が擦り減らなかったのは幸いだが、敵戦力も負傷しただけでいずれは回復するだろうな。だが、私が考えるに、本質はそこではないと考えている」

「奇遇だね、僕も多分同じことを考えている」


 そして、話はいまだセントラル上空に浮かんでいる竜王の勢力に移った。

 彼らはいまだに不気味に沈黙を保っている。その気になれば、この街を数回滅ぼすのも容易だというのに。

 だが、意外にも智白とモンセーは竜王陣営の思惑に少しだけ思うところがあるという。


「夕陽君や日和さんと竜王についていくつか意見を交換したことがある。なんでも竜王エッツェルは、ここではない別の世界で肉体の復活を試みたが、直前になって阻止されただけでなく、重要な「術者」を失ったことで復活の野望はついえたようだ」

「ところが…………奴は奇跡的に存在を取り戻した。取り戻したが、おそらくまだ完全な復活には何かが足りないのだろう。その「何か」までは我々の理解の範疇にない」

「僕が思うに、竜王エッツェルはかなり慎重――――いや、といってもいいかもしれない」

「はぁ? あの竜王が臆病だぁ?」


 竜王をまさかの臆病者呼ばわりする智白の大胆な言葉に、千階堂をはじめほかの出席者からも困惑の声が上がる。


「あのね、臆病というのは悪い事のように思えるけど、必ずしもそうとは言えない面もある。そもそも、竜というのは僕たち人間と違って――」


 ここで智白は、もう自分は「人間じゃない」ことを思い出して一瞬言葉に詰まったが、いったん思い直して話を続ける。


「ええっと、僕たち人間とは違って永遠を生きる存在だ。その気になればいつまでも待てる。いつまでもいつまでも…………竜王は、おそらく完全に復活する道筋が立つまで待つつもりなんだろう」

「左様、あれは異世界での失敗がよっぽどトラウマになっているようだからな。急いて事を仕損じたら、次は石橋を叩いて渡りながら膾を吹いている。我々の上空に陣地を構えているのも、どちらかといえばこの街を「人質」にしている面が大きいのだろうな」


 智白とモンセーが考えるに、竜王はおそらく「何か」を待っている、あるいは探している最中なのだろう。

 彼らは確かに人間を見下してはいるが、同時に人間を何しでかすかわからない存在と見ていることも確かだ。

 何しろ、竜王自身は古の大戦の際に人類側に敗れている。そうでなくとも、先日常夜幻想郷で闇焉竜グリムガルテにちょっかいをかけて、結果として配下の竜二体を失っている。

 竜王にとっても次の失敗が許されない以上、慎重にならざるを得ないのが本音なのだろう。


「ともあれ、皆の働きにより課題は減りつつあるのは確かだ。竜王は動かず、女神陣営は変劇により追い詰められ、悪竜王は眷属を失い行方不明。油断はできないが、確実にいい方向に向かっていると思う。そのようなわけで、僕たちの国の軍は安全が確認され次第、順次撤退していく方針だ。これ以上とどまっていると、本国が過干渉になっちゃうからね」

「確かに……ヨネヅ様の世界の軍隊は質量ともに非常に頼もしいですが、頼りすぎれば悲劇を生みます。私とて、あなた方が新たな女神様の敵になるのは不本意ですから」


 そう言ってクラリッサは伏目で智白たちにくぎを刺した。

 今は助けてもらってばかりだが、彼らとて完全にボランティアというわけではない。この後彼らが撤退するにあたり、ある程度の謝礼を払う手はずになっているがものの、この世界にうまみがあるとわかって侵略者に転じない可能性はないとは言えない。


「異世界同士は、やはり干渉しすぎは危険だとわかっている。うちの人間の中には、この世界に移住を希望する者もいるだろうけど……いずれは全員元の世界に戻ります。そしてそれは僕もタマ姉さんも例外じゃないでしょう」

「そうか、やはりそうなるよな。個人的には、あんたには新しく行政委員の地位を与えてもいいくらいに思っていたんだが、仕方ないよな。それはいいとして、残った黒抗兵団たちはどうするんだ?」

「彼らが今後どのような組織に再編するかは、彼らに任せる。けど、当分はあかぎにリーダーを務めてもらうことになるでしょう」


 そう、智白や環たちはいずれ元の世界に戻らなければならない。

 彼らの後始末が今ここから始まる。

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