鉄血! 米津道場! その13

「さぁて、始まったわね。今まで煮詰めた修行の成果がここで花開くか、それとも頭打ちになるか…………あなたのはどうかしらね?」

「…………」


 広大な神殿の奥深く。

 だだっ広い板張りの大広間で、幸は床で光る半径3メートルほどの魔法陣の中にとらわれていた。

 幸の表情は、囚われの身になっているにもかかわらず穏やかで、怒りも悲しみも見えない。

 それに対し、幸をとらえている張本人――――若い姿の米津環はにっこりと微笑みかける。


「ふふっ、聞くまでもないというところかしら。今の若い子はすごいわよね。あれだけ苦しい修行を、文句を言いつつも本当にやり遂げちゃうんだから。とはいえ、まだまだ負荷をかける余地がありそうね。……………じゃあ、手筈通り、手加減なしでやっちゃってちょうだい」

「ほんとにいいの? 私、やっちゃうよ?」

「えぇ、これも仲間の為でもあり、あなたの為でもあるから」

「わかった」


 隣に控えていた、菩薩のような温和な無表情をしている白髪の少女が、環の依頼を受けて、静かに戦場へと赴いていった。



 ×××


 一方、周囲を大勢の人間に囲まれた3人は、お互いに背を預け合いながらどうやってこの包囲を破るべきかの決断を迫られていた。


(修行か……そんなことより先に、幸を取り戻さないと! この英霊たちのを全員相手にしている暇はねぇ!!)


 夕陽はあくまでも自分の目的を見失わなかった。

 彼は夢の中で連れ去られた幸を取り戻すためにここまで来たのだ。今は鍛えるとかそのようなことを言っている場合ではない。


「あかぎ、悪いがここで足止めをしてくれ! アンチマギア、力を貸してくれ!」

「わかった、あたしにまかせて夕陽君はさっちゃんを助けに行って!」

「いいぜぇ、このアンチマギア様に任せな!!」

「幸はおそらく、この神社みたいな建物の本殿奥に居るはずだ。最短経路で向かうぞ」


 夕陽には何となく、幸がどこにいるかがわかるような気がした。

 おそらく、長年一緒にいたことで、彼女の存在を無意識に感じ取ることができるようになっているのだろう。

 いや、それだけではない。彼は今まさに玄公斎が言うところの「領域ゾーン状態」に足を踏み入れつつあり、極限近くまで研ぎ澄まされた感覚が、彼の精神の中でコンパスのように自身の半身的存在の居場所を示しているのであった。


 夕陽とアンチマギアが本殿めがけて突っ切るのと同時に、あかぎはその手に持つ日本刀に術力を込めた。


「燃えよ剣! 焼き尽くせあたしの心っっ!」


 大勢の敵が迫りくる中、術力を込めた日本刀が天まで届かんばかりに激しく燃え上がり、それを勢いよく横薙ぎ一閃! あかぎをやっつけようと突撃してきた者たちは、猛烈な火炎の前に足を止めざるを得なかった。


『アツゥイ!?』

『ちくしょう、すさまじい炎だ! 耐炎防御だ!』

『なんばしょっとか! もう許せるぞオイ!』


 ここにいる者たちは、まかりなりにもかつて魔の物を相手に激戦を繰り広げた名もなき英雄たちであり、すべてを焼き尽くさんとする炎の壁も諦めることなく突破しようと試みたり、固まらずに効率よく包囲攻撃しようとあらゆる手を尽くしてきた。


「夕陽君の為にも……さっちゃんの為にも、あたしは負けられないんだっっ!!」


 こうして、あかぎが押し寄せる人々をたった一人で足止めしている間にも、夕陽とアンチマギアは、息の合った呼吸で本殿入り口で立ちはだかる英霊を相手取った。


「アンチマギア、術者の相手は任せた! 俺は武器を使ってくる奴を相手にする!」

「合点!!」


『小僧、ここを簡単に通すとは思うなよ!』

『鬼をも投げ飛ばす我らが怪力、思い知るがいい!』


 まず相手取ったのは、身長2メートルを超える山伏のような恰好をした大男が二人。それに加えて、後ろの通路には陰陽師と思わしき術者が、今まさに式神を呼び出さんとしていた。


(こいつらは……おそらく見かけのわりにとても素早い。おそらく、強靭な体幹スーパーアーマーに物を言わせて初手の一撃で叩き潰してくるタイプだ)


 コンマ一秒の間に、相手の体つきから強みと戦法を割り出すと、夕陽はあえて速度を上げて、相手の攻撃の懐に潜って金棒の振り下ろしを紙一重で回避……すると同時に相手の防具のわずかな隙間を縫って、アキレス腱を切りつける。


『ぐおぅっ!?』

『な、なんという早業!?』


 大男の僧兵二人が気が付いた時には、夕陽とアンチマギアは脇をすり抜けており、振り返ろうとした矢先にアキレス腱の断裂で行動不能となった。

 さらに、3人組の陰陽師が札から式神を顕現しようとしたところ、アンチマギアの身体から伸びた包帯が式神に命中し、一瞬で消失してしまった。


「させるかよ、眠ってな!」


 式神を失った陰陽師は、次の攻撃に移る前にアンチマギアに一撃で殴り飛ばされ、あっという間に戦闘不能となった。


『おやおやおやおや、すごいね。彼らは平安時代に地方の民を苦しめるみずちを討ち果たした実力者だというのに。元々の才能があるとはいえ、見事なものだ』


 弟子たちの戦いを高みの見物を決め込む少名毘古那神は、修行により仕上がりつつある若者たちの実力に満足していた。

 中庭ではあいかわらずあかぎが火炎をまき散らしながら暴れまくり、本殿に突入した二人は次々に現れる名もなき英雄たち相手に、時には傷を負いながらも一歩も退くことなく立ち向かっていく。

 過酷な環境での修行で劇的に向上した身体能力と、迷いなく正確な判断が下せるほどの深い集中力――――地道な積み重ねは、まさに今日の為にあったのである。


 が、嬉しいだけで終わるほど、少名毘古那神――――もとい玄公斎は甘くはない。


「よっと……つぎは母ちゃんの番じゃな。はてさて、どうなることやら、今から楽しみじゃわい」


 老人の姿に戻った玄公斎は、軽い足取りで屋根に着地すると、彼らの次の試練を環に託した。



「おい夕陽! あいつの居場所はまだなのか?」

「いや……もうそこまで遠くはないはずだ」


 まるで迷宮のようになった神社の本殿内部の廊下を進み、あちらこちらの部屋で何人もの相手を突破してきた夕陽とアンチマギアは、すでに体中のあちらこちらに傷を負っているものの、その気力はこの世界にシフトしてきたころよりも紅葉しているように見えた。


 そんな二人が駆け抜けていった先に赤い鳥居があり、そこをくぐった瞬間周りの世界が一変した。


「…………! ここは!」

「崖の上の花畑じゃねぇか!? いったいどうなってんだこの世界は!?」


 建物の中にいたはずだというのに、二人は雲海の上に浮かぶ花畑の世界にいた。

 夕陽の間隔では幸との距離はもうそこまでないはずだったが、どうやら直前になって別の結界内に突入してしまったようだ。


 眼下に広がる雲海をどのように越えていこうかと二人が思案しようとしたその時―――――――二人めがけてが撃ち込まれた。


「ぐっ!?」

「いてぇっ!? な、なんだこの矢は……私の手の感覚が」


「久しぶりね、夕陽君。それにアンチマギアちゃん」


 果たして二人が声がした方向を見ると、かなり不安定な足場の上で所在なくたっている叶遥加の姿があった。


「遥加っ!? お前、なんだって私たちに矢を撃ったんだ!?」

「悪いけど、これも私の修行だから。二人には付き合ってもらうよ」

「……あいにくだが、俺の方はお前にかまっている暇はねぇんだ。邪魔をするなら、力づくでもどいてもらう」

「ふぅん、随分と怖い目をするようになったのね。じゃあ、問答無用で「振出しに戻る」とさせてもらおうかな」


 すると、遥加はほぼノーモーションで矢を放ち、またしても二人が避ける間もなく直撃した。しかも、どういったからくりかわからないが、アンチマギアに対しては刺さった個所を中心に動けなくなってしまうほどの大ダメージがもたらされる。


「ま、待て遥加……お前一体!?」

「問答無用っ」

「嘘だろ……矢が避けられない!?」


 二人は必死に回避しようとしたが、不可解なことに遥加が放つ矢は、どの方向に避けようとしても、防ごうとしても、それをあざ笑うように突き刺さっていく。

 やがて二人は、何も対策が取れないまま、そのまま意識を失っていった。


 こうして一度目の救出作戦は、まさかの遥加の妨害により失敗に終わったのだった。

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