鉄血! 米津道場! その12

「ふんふんふふ~ん、ふんふふ~ん♪ 今日の朝ご飯は何を作ろうかな~♪ ……っと、うん?」

「…………」


 朝早くからあかぎが山盛りの朝食を作ろうとしていたところ、急に強めの殺気を感じて身構える。

 異様な雰囲気を醸し出しながらゆらりと現れたのは、夕陽だった。


「あかぎ、今日の俺の朝食は、いつもの10倍で頼む。それと、全体的に肉多めで」

「あ、うん……いいけど、なにか怒ってる?」

「怒っているとも。不甲斐のない俺自身にな」

「いったい何が……って、さっちゃんがいない!?」


 夕陽の話をちょっとだけ聞いたところ、なんでも昨日見た夢の中で、幸が「もう一人の自分」と「もう一人の幸」に連れていかれたのだという。

 確かに夕陽は怒りに満ちていた。しかしその怒りは、まるで凍てつく氷晶のごとく冷え切っており、あかぎを思わずぞっとさせるほどだった。


「これから取り戻しに行くんだよね、さっちゃんを」

「当然だ。今は一刻も早く……連れ去ったもう一人の俺を叩きのめしてやりたいところだが、その前にはまず栄養補給だ。万全な状態じゃなきゃ、何かあった時に対応できない」

「そう…………ならば、あたしも協力するよ! と、言いたいところだけど、夕陽君の精神世界なんて一体どうやって行けばいいんだろう?」

「……俺に心当たりがある。後で説明するから、今は朝食の用意だ。何なら俺も手伝ってやる」

「う、うん……ありがと」


 こうしてあかぎと夕陽はさっさと朝ご飯を作り上げると、朝練から帰ってきたアンチマギアも巻き込んで、いつもよりもはるかに多めの朝食を胃の中に収めた。

 もちろん、食べ過ぎで動けなくなるような真似はしない。

 あまり身体によくないが、食べたものを術で無理やり強制消化し、莫大なエネルギーを体に蓄積させる。


 そして、朝食の片づけが終わってすぐ、3人はいつもの中庭に集まった。


「で、あのかわいい座敷童のお嬢ちゃんが連れ去られたってことだが、私たちはどうやって助けに行けばいい? 全員で集まって瞑想すんのか?」

「なんかまるで怪しい宗教みたいだねそれ」

「そうだな……二人は変だと思ったことはないか? 「精神世界」なんていうモノがあること自体に」

「変……?」

「私はそういうもんだと思ってたけどなぁ。違うのか?」

「普通に考えれば、深く瞑想するだけで自分の心の深層に到達できるなんて、それこそ怪しい宗教みたいなもんだ。俺もここで修行している間、なんとなくこの「道場」がを調べてみたりしたんだが…………これはあくまで仮定だが、今俺たちがいる空間は、米津さんが展開する固有結界の中なんだと思う」

「つまりあれか、私があの爺さんと初めて殴り合いしたときに見た変な景色の中に、私たちはすでにいたってことか」

「精神世界だなんだ言ってたが、おそらくここでは空間が一か所でいくつも重なっていて……集中力を高めることで、別の空間が見えるようになる、ということなんだろう」

「そんなことよく気が付いたね夕陽君。でも、そうしたらおじいちゃんは、あたしたちの修業の指導をしつつ、いくつもの異空間を維持してるってことになるんだけど?」

「なんじゃそりゃ…………あの爺さんはバケモンかよ」


 心が純粋なあかぎやアンチマギアは玄公斎の提示するトレーニングにホイホイ従うだけだったが、夕陽は今までの経験上、何かあってもいいようにとこの道場の存在について、少しずつ調べていた。

 これが日向日和だったなら、この空間に入った瞬間にその構成要素をすべて見抜き、あまつさえ「児戯」と切って捨てていたであろう。

 しかし夕陽にはまだそこまでの知識と実力がない以上、時間をかけて解析するほかなかったのだ。


 だが、その努力は無駄ではなかった。

 修行を経て様々な面で研ぎ澄まされた彼は、すでに幸が連れ去られた先への入り口をつかんでいたのだ。



『其は彼岸の彼方にして須臾の隣にあり、智慧幽玄にして白天斎垣を生す――

 其は常世の狭間にして黄泉の隣にあり、無名無冠の殿あらかをここに示せ』



 夕陽が集中しながら呪文を唱えると……驚くことに、周りの景色が一変し、彼らは神社のような立派な建物と舞い散る桜の花びらに囲まれていた。

 そして、周囲には大勢の人間が、現れた3人を遠巻きに囲んでいた。


「な、なんじゃこりゃあぁぁ!?」

「え…………えぇ?」

「さて、約束通り来てやったぞ。幸を返してもらおうか」


「なんじゃ、もう少し時間がかかるかと思ったが随分と早かったではないか。まったく、最近の若者は人間離れが著しいのう。そなたら三人とも、退魔士としてスカウトしたいほどじゃ」


 声がした方を振り返れば、そこには大勢の人間を引き連れた、軍服姿の玄公斎がいた。


「お爺ちゃん!? なんでここにいるの!?」

「あかぎよ、先ほどの夕陽の説明を聞いておらなんだのか? この場所もまた道場の中じゃ。ちと空間の構成要素が異なるが、おぬしらは初めからこの場にいたのじゃ」

「くそっ、私のアンチマギア空間が押しつぶされるっ! なんなんだこれは!?」


 あかぎとアンチマギアが周囲の様子に動揺していると、彼女たちは急に意識がうっすらしてくるとともに、夕陽から見ると二人の姿がたちまち透明になっていくように見えた。


「二人とも、意識を集中させろ! この空間は常に精神を集中させてねぇとはじき出されるぞ!!」

「「!!」」


 そう、ここはいわゆる「精神世界」と呼んでいた場所であり、今まで瞑想や茶道で培った心の集中が保てなければ、元の道場に戻ってしまう。

 ここで戦うということは、すなわち瞑想した時と同じような深い精神統一状態のままを維持しなければならないというわけである。

 おそらく、長い間とどまっていると脳みそが大幅に疲弊し、無理をすると廃人になってしまいかねない。


「さぁて……ちょっと早い気もするけど、最後の修業を始めるとしようか」

「……っ!? おじいちゃんの姿が、また子供の姿に!?」

「いや違うぜあかぎ! 私にはわかる、ありゃ爺さんじゃなくて神様だ!」

「そうか……米津さんがこの空間を維持できるのは、あの神が憑依しているからだ。しかも『完全同調』状態…………そんなの日和さんですら理論上でしか知りえないはずだぞ!」


 玄公斎が一瞬で子供の姿になった。

 今の玄公斎は、驚くことに少名毘古那すくなびこなとほとんど同一存在といえるほどに完全な憑依を実現しており、人間の身にして強力な神の力を好きなだけ行使できるというチート状態であった。


「まずは『万人組手』だ! 万を超える強者の波に揉まれ、己を鍛え上げてみよう!」

『応!!』


「これをすべて相手するというのか……」

「あはは、いいね! あたし燃えてきたっっ!!」

「はっ、上等だ!! 百枚の瓦をも砕くこのアンチマギア様の拳を全員に食らわせてやんよ!!」


 こうして、地獄の修業の最終試練が幕を開けた。

 果たして彼らは生き残ることができるのか!?

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