老人と妖魔 2(VS妖魔アル)

「やっぱり…………アルがどこにもいない。敷地内で探していないところと言えば」


 胸騒ぎが収まらない白埜は、広大なホテルの敷地内をあちらこちら走り回っていた。

 アルは白埜と同じく個室だったので、従業員に頼み込んで部屋の鍵を開けてもらおうとしたが、そもそも鍵がかかっておらず、部屋には誰もいなかった。

 そこからは、食堂や診療所など、彼が立ち寄りそうな場所を一通り訪ねてみたものの、どこにもその姿はなかった。

 あと残っているのは―――――


「確かこっちの方に「道場」があるんだっけ。アルが無理やり武器を作らされてたっていう…………あれ?」


 まだ言ったことがない道場の方に足を運ぶと、そこには見覚えのある女性の姿があった。


「あら、今晩は白埜さん。こんな真夜中にお散歩ですか?」


 そこにいたのは環だった。

 白埜は彼女の姿を見た瞬間、すべてを理解した。


「中に……いるんですよね、アルが」

「察しがいいわね。あなた、よっぽど強い絆で結ばれているみたい」


 環の背後に佇む、飾り気がない地味な和風の建物――「米津道場」は、夜の闇の中一切明かりがともっておらず、不気味に沈黙している。

 中では激しい戦いが来る広げられているのだが、空間がずれているため、外に影響が出ない。

 

「なぜですか」

「なぜ、とは?」

「止めないんですか? 大切な人が……無意味に傷つけあっているというのに」

「ふふふ、いつの時代も女性は損な役回り。男同士の果し合いに首を突っ込むなどという、野暮な真似なんてできるはずがないわ」

「通してほしいと言ったら?」

「それはできない相談ね。力づくで通ってみる?」

「…………」


 意地悪なおばあさんだ……白埜は珍しく心の中で悪態をついた。

 そもそも生まれてこの方、彼女自身が戦ったことはない(※作者注:間違ってたらごめんなさい)のだから、喧嘩したって勝てっこない。


「じゃあ、通してくれるまで、環さんの前で立ち続けます」

「そう……かわいらしい見かけによらず随分と強情なのね」


 道場の外でもまた、女同士の戦いが幕を開けた。



 ×××



「分身か、随分とありきたりだな」

「そう思うか。ならば、この程度楽に切り抜けてみよ」


 道場全体に冷気の霧が立ち込める中、何人もの玄公斎の姿がまるでクローンか何かのようにずらりと並び、アルを包囲していた。


「【秘儀 霞の太刀】――ゆくぞ」


 分身の一体がアルに切りかかる。

 分身にしては非常に鋭い斬撃をアルは長剣で迎撃するが、剣と刀が打ち合った瞬間、分身は細かい氷の粒となって砕け散った。

 あっさりと消えたせいで逆に虚を突かれたアルだったが、すぐに右後ろ方向から分身が襲い掛かり、それを剣で打ち払うとまたしても分身はあっさり消える。


「ちっ、そういうことか! なるほど、こいつぁ面倒だ」


 さすが戦闘経験に優れた妖魔は、すぐにこの技の性質を見抜いた。

 襲い掛かってくる玄公斎の分身は、言ってみれば「氷像」みたいなもので、玄公斎の「闘気」に冷気を纏わせることで実体化させている。もちろん耐久力は皆無だが、大気中に充満している冷機が元なので、いくらでも分身が作れる。

 おまけに、耐久力はなくとも闘気は玄公斎そのものなので、攻撃力は据え置き。

 「天涙」の冷気生成能力を応用した、とんでもない技である。


(氷相手なら劫焦炎剣レーバティン……と、いきてぇところだが、この状況はかえって逆効果だ)


 真っ先に思い付いたのが、劫焦炎剣の大火力で周囲の冷気を氷像ごと消し飛ばすことだったが、すぐにそれは一番の悪手であることに気付いた。

 なぜなら、空間全体に冷気が充満している状態では、一時的に氷を溶かしてもすぐにまた凍り付く上に、周囲の冷気が一時的に水になることでアルの身体に一気に降り注ぎ、再凍結した際にアルの身体は一気に氷像となってしまうだろう。

 そのような隙を一瞬でもさらしてしまえば――――玄公斎は余裕をもって致命の斬撃を浴びせてくるだろう。


「ならこれだな、断雷千鳥ライキリ!」


 何十回目の斬撃を剣で受けることなくギリギリでかわすと、アルは電撃を纏う刀を手に取り、思い切り空を切った。


「ほう……そう来たか。電撃と同時に、自らの感電も防ぐとは」


 玄公斎は思わず感心してしまった。

 大気中に充満する冷気は水分でもあるため、ほとんど水中にいるようなものだ。そんなところで電気を発生させれば、自ら感電してしまう。

 だが、断雷千鳥はそもそも雷を断つのが本来の目的である故、電気を遠ざけ、無効化してしまう。


 しかし、アルの本当の狙いは別にあった。


「一度は言ってみたかったんだ「こんなこともあろうかと」ってなぁ! 【模造・雷公鞭】!!」

「なっ……!」


 アルがその手に掲げたのは、黄金色に輝く棒状の武器だ。

 「封神演義」の仙人の一人が振るう強力な宝具「宝貝」の一つにして、魂魄すら薙ぎ払う強力な雷を放つ「鞭」である。

 中国文化における「鞭」とは、現代のそれとは違い、棒状のもので相手を打ち付ける武器を指す。アルの武器の形状がそれなのも、性質をオリジナルに限りなく近づけるためだ。


 【模造・雷公鞭】から放たれた強烈な雷は、周囲の冷気を一瞬で消し飛ばし、距離をとっていた玄公斎ですら、その衝撃と痺れを防ぎきれなかった。


(溶かすのは逆効果、ならば消し飛ばしちまえばいいんだ。リヒテルの髭とヴェリテの髪の毛数本。これだけじゃ使い捨てにしかならなかったが、威力は悪くねぇな)


 実はアル、リヒテルを倒した後に髭を一本抜きとっておいたのと、ホテル内で時々抜け落ちるヴェリテの髪の毛をちゃっかり回収しており、それをもとに武器を試作していた。

 まるで鑑識かヤンデレのようなチマチマしたやり方は彼が好むことではないが、鍛冶屋の好奇心がそれを上回ったのだ。


 材料の関係で使い捨てとなった雷公鞭だが、その雷の威力は驚異的で、周囲の冷気を「電気分解」によって一気に消し飛ばした。

 断雷千鳥ではここまで大掛かりなことはできないが、自らが感電しないように、あらかじめ周囲数メートルの冷気は払っておく必要があったというわけだ。


「やるではないか……この技を破ったのは、そなたが――――っ!!」


 初めてだ、と言おうとした次の瞬間、アルがすでに目前まで迫っていた。


「次は俺の手番ターンだ!」


 アルの手にはつばがない長身の日本刀が握られていた

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