老人と妖魔 1(VS妖魔アル)

 いつからだろうか、一介の武人として戦わなくなったのは。


 あの忌まわしき「5.14事件」――――最も尊敬した先輩にして、武術や魔術の師匠でもあった佐前天山が、政治に不満を持った将校たちと結託し、上級将校を根こそぎ殺害した日本史上最悪の内戦は、玄公斎の人生の在り方そのものを大きく変えてしまった。

 あろうことか、魔の物を滅する役を担うはずの退魔士たちが魔の物側についたせいで、人間側の戦力は大きく減じてしまった。おまけに、退魔士たちを指揮するはずの主要人物たちが次々に死亡したせいで、まとまった戦力を運用する人材が失われてしまったのだ。


 だが、皮肉にも軍部高官が一掃されたことで、実力を示した若者たちが大いに台頭することになる。その代表の一人こそ、米津玄公斎であった。

 混乱する退魔士たちを(環たち天女勢力の後ろ盾もあり)一時的にまとめ上げ、鮮やかな指揮と思わぬ奇策で反乱軍を破ると同時に、師として仰いだ佐前天山をたった一人で打ち取った。そのような伝説的な実績が、彼をあれよあれよと軍の出世街道を爆走させ――――――気が付いた時には、玄公斎は前線から遠く離れた建物の中で、部下たちに戦いを命じることが常となっていた。


(ワシは……一介の武人として一生を終えるつもりであった。ほかの者が傷つくのであれば、ワシ自らが傷ついた方がマシじゃと思うくらいに)


 しかしそれは叶わぬこと。

 前線で敵と殴り合うことが得意な人間は掃いて捨てるほどいるが、それらを有効に活用できる人材は限られている。

 故に玄公斎は、兵の将、そして将の将を一から育て上げることに心血を注いだ。

 途方もない年月を要した。

 玄公斎がようやく安心して休日を孫と過ごせるようになったころには、戦いそのものが世界からなくなっていた。


(そして、この世界に来てもなおそれは変わらなんだ)


 米津玄公斎という人間は、どうも責任感が強すぎるようだ。

 別の世界に来て危機に巻き込まれたとたん、彼は無意識のうちに「指揮官」ポジションを得ると、あかぎをはじめとした前線で戦うしかできない人材の指揮や、フロンティアの未来も見据えた長期的なプランをいくつも立てるなどした。

 おかげで、気が付けば千階堂から行政委員の一人にならないかと声がかかるくらいには、政治とずぶずぶな関係になっていた。


 そして…………智白は今や神になった。

 日本という国が存在する限り、智白は永遠に彼らを導いていかねばならない。



「よし……よし! よいぞよいぞ! もっと昂らせてやろう!」

「おうおうジジイ、楽しそうな目になってきたじゃねぇか! ガキの姿の時はあんな見た目でも目だけは据わってた。今はどうだ、目ん玉キラキラさせて、ガキみてぇだな!」

「そう言うお主こそ、随分と吹っ切れた顔をしておる」

「世界の危機とかなんとか、余計なもん背負ってちゃ、楽しめねぇからなぁ!」


 玄公斎の刀とアルの長剣が激しくぶつかり合う。

 やっていることは殺し合いという野蛮なことのはずなのに、お互いの技量が非常に高いせいか、双方の呼吸がぴったり合い、動きがまるで芸術そのもののように見えた。

 惜しむらしくは、今ここには「観客」がいないことか。


 玄公斎は、あえて道場内からの人払いを環に依頼した。

 今頃彼女は、道場の外で乱入者が来ないように見張っていることだろう。



「うむ、だいぶ勘が戻ってきたな、よろしい。そろそろとでもいくとしようか」

「随分とエンジンがかかるの遅せぇな……そんなんちんたらしてっと、ほかの奴に大将首とられっちまうぞ」

「ふふふ、確かにのう。昔からワシは引っ込み思案でな、大抵は損な役目ばかり引き受けたものじゃ。しかしな、だからこそわしはここまで長生きできたのじゃ。その神髄を、今一度おぬしに見せてやろう」

「いいぜ、どんな派手なだろうが、真正面から打ち破ってやんよ!」


 玄公斎はいったんアルから距離をとると、その手に持った天涙を勢い良く振りぬいた。


「っ!!」


 瞬間、冷気があたり一帯を包み込む。

 この冷気自体は空間を冷やすだけで、相手にダメージを与える類いのものではなかったが、視界全体が一気に白い濃霧に覆われ、目視では指の先程度しか見えなくなってしまう。


(なるほどな、あの刀はただの変な形をしたものってわけじゃねぇとは思っちゃいたが)


 古今東西の武器についてある程度知識を持つアルだが、異世界の武器となると不明なことが多い。

 鍛冶師の端くれとして、未知の武器と相対することほどワクワクすることはない。


 やがて、霧が少し薄くなると、前方に複数の人影が見え始めた。


「分身……いや、幻術の類か? この際どっちだろうが関係ねぇ、すぐに手品のタネを割ってやらぁ」


 アルもまた、手に持った長剣を傍らの地面に突き刺し、その手の中に新たな武器を生成し始めた。

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