老人と妖魔 3(VS妖魔アル)
まるでワープしたかのように一瞬で距離を詰めてきたアルが振るった斬撃を、玄公斎は天涙で造作もなく受ける――――が
「っっ! 何事じゃこれは」
「よっしゃ、わりぃが初撃は俺がもらった!」
防いだはずなのに、玄公斎は右肩と左脇にわずかな傷を作った。
傷の深さはさほどでもなかったが、正体不明の攻撃を受けてしまったことの衝撃の方が大きい。
(斬撃の気配は確かに一つじゃった。ワシの勘が衰えたわけでなければ、これは…………)
長い年月を生きた玄公斎にとっても、初めて受ける部類の攻撃だった。
攻撃の性質を見極めようにも、そうはさせまじとアルが息もつかせぬ連撃を放ってくるため、それを防ぐか躱す必要があった。
(今までやったことねぇ
アルは自らが握りしめている鍔のない日本刀は、普段彼が作っている武器と設計思想が若干異なるため、うまく機能するかぶっつけ本番で試すしかなかった。
普段の彼が想定する相手は、自分以上の強大な力を持つ
そういった相手には、かつてそれらを討伐してきた由緒ある伝説の武具がピンポイントで刺さる。そして、そのピンポイントな弱点を即席で作り出せることこそ、アルの真骨頂といってもいい。
たとえレプリカだろうと、相手の弱点を突くことさえできれば用途的には十分なのだから。
(ただし今が……立場が逆だ。皮肉なことにな)
その一方で、アル自身もまた人外の存在であるゆえに、自分に対してピンポイントで突き刺さる弱点があることも承知している。
逆に「人間特攻」という武器はあまり存在しない。全くないわけではないが、人間は基本的に弱い生き物なので、わざわざそういったものを用意する必要はない。
そして、目の前にいるこの老元帥はアルのような超常的存在を殲滅するプロフェッショナルであり、アルとしては根本的に相性の悪い敵といえるだろう。
ならば、人間に対し有利になるであろう攻撃方法とは何か……?
「なるほどのう、その刀か……」
「傷だらけだってのに随分と余裕そうじゃねぇかジジイ」
「しかし惜しいかな、使い方に慣れておらんようじゃな」
「……」
(あたりめーだろ!! 自分で作っといてなんだが、使いにくすぎんだよ!!)
正直なところ、鍔のない武器というのはアルの手にあまりなじんでいない。
何しろ「原典」の武器がそのようなデザインなのだから仕方ないが、それでも刀を振る時に考えなければならないことが多いせいで、動きがぎくしゃくしてしまっているのだ。
(チッ、
果たして玄公斎は、不可視の斬撃をどう攻略するか……
アルとてこの攻撃だけで玄公斎を打ち取ることができるとは微塵も考えていない。今はまだ……お互いの力量を見極める段階だ。
「だいたい分かった。反撃するとしようか」
「させるかよ!」
玄公斎は今まで守勢だった足さばきを急に変え、ほぼ捨て身の勢いでアルに反撃をしてきた。
今までの消極的な斬り合いが嘘のように激しい打ち合いとなり、その間にも玄公斎の身体のいたるところに大小の刀傷ができる。
「天涙」の威力はすさまじく、名刀とはいえレプリカでしかなかった日本刀は、数十合打ち合っているうちに刃が欠けてボロボロになり、やがて刀身そのものが破損。
「逃がさぬ!」
「ぐっ、いってぇっ……まだまだっ!」
刀が破損することはわかっていたので、使い慣れた剣に持ち替えたアルだったが、その一瞬のスキを突かれて左腕に斬撃を受けた。
ダメージを軽減するために、左手に一時的な小手のようなものを形成して、あえて受け止めたが、天涙による斬撃は金属を紙のように食い破り、アルの左手に切り傷を負わせた。
その上、その痛みはすさまじく、まるで傷口に塩と唐辛子を同時に塗られたかのようだった。
(あの女と同じか……! 『斬魔刀』ってやつだな)
「魔」という存在そのものに大打撃を与える術――――並大抵の魔の物なら、掠っただけでも即死しかねない危険な一撃だ。
「いい一撃じゃねぇか……でもよ、ジジイも随分とボロボロになったもんだな」
「…………ふっ」
「あ? ため息つくとかこのオレを舐めて…………はぁっ!?」
一時的に距離をとった二人。
アルは若干深い傷を負ったが、玄公斎には数十もの斬撃を浴びせたはずだった。
しかし、アルはそこでありえない光景を目の当たりにし、今度こそ驚愕した。
(嘘だろ……傷が、すべて消えただと!?)
回復術を使ったわけでも、薬を塗ったわけでもない。
文字通り、一息ついただけで無数にあった傷跡がスッと消えていったのだ。
「おいおい、俺の姫鶴一文字で削った分が全部パァかよ……それであんな無茶な接近戦を挑んできたわけか」
「姫鶴一文字…………確か、謙信公の愛刀であったな。異世界の謙信公は、一体どんな人物だったのやら」
アルが作成した刀は、現代にも伝わる上杉謙信の愛刀「姫鶴一文字」
玄公斎の世界の上杉謙信は別の日本の世界線と大きく異なる存在のため、玄公斎はアルが作ったレプリカの正体を見抜けずにいたが、アルもアルで、この刀を作ったのにかなり無理をした。
というのも、元々姫鶴一文字には「刀を改造しようとしたら、夢に出てきた鶴の精に止められた」という逸話があり、それに加えて川中島合戦の「三太刀七太刀」の逸話…………三回の斬撃で七回傷を負わせるという性質を、無理やり合体させたのだ。
そうしてできたのが「刀に宿った精霊が、主の攻撃に合わせて無作為に追撃する」という性質の武器であった。
これがなかなかの曲者で、玄公斎がアルの太刀筋を見破れなかったのも、そもそもアル自身が狙いを定めていなかったからに他ならない。
ただし欠点として、相手のどこにダメージが入るかをアル自身も制御することができない点がある。浅い傷しか入れられなかったのもこれが原因である。
(やはり……小細工なんざするもんじゃねぇな、やるからには一撃で――――っと、どこいきやがったあのジジイ)
少しだけ頭の中で考えを整理していた時、目の前から玄公斎が消えた。
その瞬間、アルは直感で勢いよく前方へと飛び込んだ。
「ぐおっ!?」
「よくぞ躱した」
アルの背中に激痛が走る。
コンマ一秒でも遅れていたら、背中から一刀両断されていたことだろう。
玄公斎はいよいよもって全盛期の動きに近づいてきたようだ。
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