鉄血! 米津道場! その9
「あの子らもようやく修行の第二段階に入ったわけじゃが、案の定なかなか苦戦しておるな。毎日単純なトレーニングの積み重ねだった日々が天国のように思えてくるじゃろう」
修業期間がようやく3分の1を過ぎ、いよいよ各々が個別の課題に取り掛かるようになってから、彼ら彼女らは依然と打って変わって伸び悩んでいた。
あかぎは自分の心の中に巣くう竜への絶大な憎悪を未だに制御しきれていないようで、なんとかしようと一日の大半を瞑想などの精神修練に充てていた。
その影響からか、最近のあかぎは無邪気な笑顔が鳴りを潜め、どこかボーっとしていることが多くなった。
日向夕陽はどうやら精神世界で自らの分身体に遭遇しているらしく、精神世界でほぼ毎日のように極限の状態まで自分を追い込んでいる。
そのせいか、最近の夕陽は見るからに瘦せこけ、立てなくなるのではないかと思われるくらい消耗してしまっている。
遥加は現在別の精神世界にこもりきりであるが、そこでは足場が不安定なところを転々とさせられつつ、ひたすら突撃してくるカラスを打ち落としつつ、突撃を受けて落下して重傷を負うの繰り返し。
いつ死んでもおかしくない激烈な環境のせいか、遥加の様子はまるで幽鬼のごとくであった。
そして現在最も苦戦しているのがアンチマギアだった。
「ちぃっ! なぜだ! なぜ勝てないんだ私は!! 最強になったんじゃなかったのか!?」
シャザラック特製の格闘訓練用のダミーをタコ殴りにしながら、彼女は何度も悪態をつく。
彼女は以前に比べてはるかに強くなったという自覚はある。しかし、肝心のタイマンではここ数日全く勝てていないことがアンチマギアをイラつかせていた。
きっかけは、5日前に全員で合同訓練を行った時だった。
別世界に閉じ込められている遥加以外の3人で総当たりの戦いを行い、アンチマギアはあかぎにも夕陽にも負けてしまったのだ。
まずあかぎとの戦いにおいて、アンチマギアはいつものようにあかぎに殴りかかったのだが、アンチマギア
そして、その光景に切り替わったとたん、あかぎが急に暴走し始め、バケモノのようなパワーでボコボコにされてしまった。
次に夕陽と戦った時は、彼の戦闘スタイル的にアンチマギアは今度こそ射程にとらえれば勝ち確だろうと思われたが…………夕陽はアンチマギアの特殊能力をしっかり把握しており、ひたすらアウトレンジ攻撃に終始してきた。
時間はかかったが、結局夕陽が最後まで粘って勝利を持っていかれてしまう。
その後のあかぎと夕陽の戦いは、夕陽があかぎの攻撃でボロ雑巾になりながらもカウンターの一撃を決めて辛勝。
ほとんど引き分けでもおかしくなかっただけに、アンチマギアは2戦とも黒星を喫したことで、ほかの二人との差を痛感せざるを得なかった。
(わかっちゃいるんだ。私には、足りないものが多すぎる)
かつては海賊として好き放題して、好き放題殴り合えればよかったアンチマギアだったが、今までの修行で「成長」のうまみを味わってしまった彼女は、今の自分に満足することができなくなってしまった。
身体はより貪欲に闘争を求め、もっと成長させろと絶叫しているというのに……
「せめて何かきっかけがつかめれば…………おっ」
どうするべきか思い悩んでいるところで、中庭に面する廊下を日向夕陽が歩いているのが見えた。
彼もおそらく、またもう一人の自分への挑戦状をたたきつけに行くのだろうが、アンチマギアは彼を練習台にしようと試みた。
「おい、夕陽! ちょうどいい、私とタイマンしろ!!」
「は? なんでだよ!? 今お前にかまってる時間は――――」
「男なら口答えするなーーーーーっ!!」
「うおっ!?」
アンチマギアの猛烈な飛び蹴り!
夕陽は紙一重で首をかしげて回避するが、直撃していれば首の骨が折れていた非常に危険な一撃だった。
「バカ野郎! 俺を殺す気か!」
「そういや道場のルールで
「一方的に決めるなよ!」
夕陽は文句を言いつつも、彼女を返り討ちにしないことにはどうにもならないと悟ったのか、すぐに臨戦態勢を整えつつ、アンチマギアと距離をとった。
(やっぱりそう来るかよ! なら私はもっと速く走って追いついてやるぜ!)
アンチマギアが射程外の相手に対抗するための回答の一つとして、足の速さを鍛えまくって無理やり相手を射程に収めることを選んだ。
しかし、夕陽は「倍加」によって、ほとんど上限を無視して身体能力を強化することができる。
脚力を3倍程度強化してしまえば、一般人ではほとんど追いつけなくなるし、10倍程度ですでにアンチマギアには追いつくことが不可能な速さになってしまう。
相手の強化を無効化することができれば勝機は十分あるが、そもそも無効化するには3メートル以内に近づかねばならない。完全な堂々巡りであった。
「ハァっ、ハァっ! ちくしょう、届かねぇっ!!」
「悪いけど、俺は今お前にかまってる暇はねぇんだ、諦めろ!」
夕陽はこのまま遠距離から術で一方的に攻撃し続けることで戦いを決しようとした。そこに油断があったわけではないが……彼はあくまで、自分の修行の時間を取られたくないという思いがあり、体力を温存しようとしていたことは否めない。
しかし、アンチマギアは本気だった。
彼女は何度も心の中で「届け」と願った。
やがてその思いが…………無意識に彼女の身体から伸びた。
「ぐぁっ、なんだこれ!? って幸!? 憑依が!?」
「へ……へへへ、油断したな夕陽! この包帯はもはや私の身体の一部なんだ」
アンチマギアは全身に巻いた包帯の一部を触手のように伸ばし、夕陽の左手へと絡めた。その瞬間、夕陽と幸の憑依状態が強制的に解除されてしまった。
どうやらアンチマギアの身体に巻いた包帯に、彼女が持つ能力が移ったらしく、これによって3メートルという制限がある程度解消されたのだった。
夕陽は慌てて自らに巻き付いた包帯を刀で切り離すが、その時にはすでにアンチマギアが目前まで迫ってきた。
仕方なく彼はそのまま応戦し…………あとは二人ともくんずほぐれつの殴り合いを繰り広げたが、途中で玄公斎が現れて、二人の戦いを止めた。
「二人とも、そこまでにしておけ。アンチマギア、よう己の限界を超えた。まだ越えねばならぬものは多いが、その第一歩は踏み出せたようじゃな」
「ちっ、なんだよ爺さんいいところだったのに」
「米津さん……見てたなら止めてくれよ」
「おぬしも、相手のことを全て知ったつもりで甘く見ておったろう。戦いにかける真剣さが勝敗を分けたようじゃな」
「それは…………」
伸び悩んでいたアンチマギアだったが、この日を境に再びその実力をめきめきと伸ばしていくことになる。
メモ:
アンチマギアが新技「『
最大10メートルまで伸びる包帯で相手を拘束し、絡めた相手を反魔の領域に引きずり込むことが可能となる。
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