鉄血! 米津道場! その8
「お前は――――誰だ?」
「ふざけてるのか? 俺は日向夕陽だ。お前こそ何者だ、俺とそっくりな姿かたちをしやがって」
「俺はお前だ。だが、お前は俺じゃない」
「なんなんだこいつ…………」
お互いの姿以外は闇一色の精神世界で自分自身と対峙した夕陽は、明らかに困惑していた。
そもそも彼自身、普段から鏡を見るのは身だしなみを整えるときくらいなので、目の前にくっきりと自分自身が現れ、勝手に動いてしゃべっているのだから気持ち悪いことこの上ない。
「御託を並べるのはここまでだ、いくぞ」
「!!」
向こうの夕陽が一歩を踏み出すのに合わせ、こちらの夕陽も反射的に戦闘態勢を取ると同時に、いつものように幸を憑依させる。
(まずは様子見だ、幸。深化5倍――――)
(っ!)
夕陽は戦う前に身体能力を強化するため、幸を自らに憑依させることがよくあるが…………修行の成果からか、タイムラグがかなり短くなっており、敵が二歩目を踏み出す前にはすでに身体強化は完了していた―――――が
「ぐっ!?」
「っ!!」
身体強化が完了した直後、20歩以上あった敵との距離が想定外の速さで縮まった。振るわれた日本刀は、精神世界にも持ち込めていた神刀でぎりぎり受け止められたが、受け止めた時の衝撃も凄まじく、思わずよろめきそうになるがなんとかその場で踏みとどまる。
「お前、まさか!?」
「行っただろう、俺はお前だ、と」
そう、自身に「5倍」の身体能力強化を施したことで、相手の夕陽にも同様の強化がかかってしまっていたのだ。
どういった原理かは不明だが、これでは「倍加」はほとんど意味をなさない。
だが、迷っている暇はない。夕陽はとっさに地面から無数の木の根を出現させ、敵の足元を拘束する。
これには向こうも不意を突かれたようで、足がつんのめりそうになっていた。
(おそらく正面で受けつつ、火術で足元の拘束を焼き払うはずだ。ならば――)
目の前の敵が本当に自分自身なのであれば、自分がとっさに思いつく動きをするだろうと夕陽は踏んだ。
果たして向こうは思惑通り脚部の木の根を炎で焼き払いつつ、刀を構えて反撃に備えてきたので――――夕陽は一瞬だけ「脚力」のみを大幅に強化して後ろに回り込み、相手の背後をしたたかに打ち付けた。
相手の夕陽が脚部を利用できないことを踏んで、向こうの特にならない強化を施す判断が此処まで素早くできることに、夕陽自身も驚きを隠せなかった。
「ちっ、やってくれたな」
「お前こそしぶといな!」
先ほどのバックスタブで脊髄を狙ったはずなのだが、直前に身をひねって急所を回避させられたせいで致命傷とはならなかった。
その後も二人は延々と打ち合い、傷だらけになっていくが、双方なかなか倒れない。夕陽はあきらめの悪さは天下一品だが、向こうにも同じことがいえるのだ。
(俺って、敵に回すとこんなに面倒な奴なのかよ!?)
夕陽は自分自身と戦って初めて、自分を相手にする敵の気持ちを知った気がした。
とにかくしぶといし、しつこいし、手数もやたら多いし、おまけに幸の能力によるものなのか、人体の急所を狙おうとするとかえって狙いがそれる始末。
そして、そのまま不毛な消耗戦を続けていくうちに、夕陽の意識が徐々に遠くなり……………
×××
「……っ、なんだったんだ今の」
(……!)
夕陽が瞑想から意識を戻すと、まず自分が尋常ではない量の汗をかいていることに気が付いた。
そして一泊置いて怒涛のように押し寄せる、喉の渇きと倦怠感。特に足の疲労が激しく、立ち上がるのも億劫なほどだった。
「幸……すまないけど、食堂まで力を貸してくれないか?」
(コクコク!)
結局夕陽は、幸の力を借りて何とか食堂まで赴くことができたが、下手をすると部屋の中で一人で衰弱死する可能性すらあったのだった。
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