鉄血! 米津道場! その7

「ここは……また、不思議なところにきたものね」


 ほかの三人が新たな修行に四苦八苦している頃、遥加は一面雲に覆われた中で頂上だけ頭を出した山にある花畑の中にいた。

 その光景は、どことなくエリア8『ミナレットスカイ』にある「アプサラスの保護区」のようであったが、この場を初めて訪れる遥加にはそのようなことは分からなかった。


 体操着姿の遥加は、ふと何かの気配を感じて右手の方角を見れば、澄み渡った青い空に黒い点が一つあり、それが猛スピードでこちらに向かっているのが見えた。


「カラス?」


 日々の修業の成果なのだろうか、急激に視力がよくなり(おそらく視力20以上)数百メートル離れた対象が何であるかを正確につかんでいた。

 そして、それが猛烈な勢いで自分めがけて突撃してきており、あと数秒で自分に直撃することも分かった。


 わかったが、遥加は「こっちに突っ込んでくるなぁ」程度の思いしかわかず、何をするでもなく棒立ちのまま…………


「よけて」


 女性の声が聞こえた、その瞬間に遥加は無意識に体をブリッジさせてカラスの突撃を紙一重で回避した。


「何をしているの、弓で撃ち落としなさい」


 突撃を外したカラスは、すぐに急旋回して再び遥加に狙いを定める。

 そして再び突撃しようとしたとき、カラスの腹部に矢が直撃。そのまま雲海に真っ逆さまに落ちて見えなくなった。

 誰かの声が聞こえた瞬間に、遥加が素早く矢を放ち直撃させたのだった。その速さは、構えてから引き絞って撃つまで1秒もかからないほど。まさに達人技といえる。


「お見事…………といいたいところだけど、遥加ちゃん、あのままだったら実戦だと大けがしてたわよ」

「あ、はい……助けてくれてありがとうございます」


 改めて声がした方を向けば、そこには凄まじい美貌を持つ銀髪の美女―――

米津環がいた。


「私はシロちゃん……じゃなくて、米津玄公斎の妻、環よ。今は諸事情あって現実世界で存在感薄くなっちゃってるけど、ここは私の精神世界の中だからきっちりと認識してもらえるみたいね」

「へぇ、あのお爺さんにも奥さんいたんだ」

「それどころか、娘が8人いるわ」

「意外とムッツリなんですねあのお爺さん」

「……情念失くすと、人に対してここまでドライになれるのね。私の方がびっくりだわ。まぁ、それはさておき、あなたが此処に来させられた理由、だいたい見当はついているわよね?」

「私の情念を取り戻す、とか?」

「それは無理ね」


 環はバッサリと切り捨てた。

 遥加が弓をうまく引けなくなったのは、彼女の中にある「情念の力」が失われたせいである。

 普通の人間があくまで体の技術で弓を引くのに対し、遥加は自らの心の強さをもって弓を扱っていたものだから、脳内で弓を引く技術に重大なエラーを引き起こしてしまっているのである。l


「…………わかってはいるんです。私は、自分の力を自分で取り戻さなきゃいけないって。けど、今のままだと、さっきみたいに戦いになったら何もできないままやられちゃいそうで」

「その通り、だから今回はお爺さんに代わって、私があなたに「代替案」を仕込んでおこうとしているわけ」

「代替案?」

「その修行に入る前に、遥加ちゃんは「敵は幾万」という歌を知っているかしら?」

「あ、それ知ってる! 昔の軍隊の歌で、時代遅れな精神論バリバリのやつよね!」

「精神論の権化たるあなたの口からそんな言葉が出るとは思わなかったけど、今までの遥加ちゃんや、もっと言えばアンチマギアちゃんや夕陽君も、まさに「敵は幾万」みたいな戦い方をしていたといえるわね」


 昔の日本の軍歌に「石に矢の立つためしあり」という歌詞があるが、古くから精神の強さは万難を打ち砕くと信じられていた。

 言い換えれば、いくら力があろうとも、精神が強くなければなまくら同然ともいえる。


「でもね、一周回って私もあの歌の精神論は間違いだと思ってるわ。なぜなら、矢は弓を引き絞った分の反発力の分しか飛ばないのは物理的に見て明らかだし、ましてや石に矢を立てるには弓を引き絞る側にもその分の力が必要になる……」

「あ、わかった。つまりいくら精神が強くても、物理的に無理なことは無理だし、逆に言えば出来たということは、元々それだけの力が出せる余地があったということ、でしょ?」

「素晴らしいわ、まさにその通り。さっき遥加ちゃんがあのカラスの攻撃をかわして、反撃できたのは、今の状態でもそれだけの実力があるということ。後はいかにして、その実力を引き出すか――――「情念の力」ない今の代替案を、私がこれからしっかりと叩き込むってわけ。もし遥加ちゃんが私の出す課題をクリアすれば、例え目をつぶっても、例え頭がなくなっても、腕と胴体さえあれば百発百中になれるわ」


 そのようなことができるのかと、遥加は思わず唾を飲み込んだ。


「もちろん、あなたの修業はほかの3人に比べて圧倒的に難易度が高いわ。1分1秒たりとも無駄にできないから、早速修業を始めましょう」

「おおっ!」

「じゃあまずはあそこにある岩の頂上に上ってくること」

「え?」

「そして、さっきのカラスがたくさん襲い掛かってくるから、全部撃ち落とせるように頑張ってね。足を踏み外して落ちたら死んじゃうけど、落ちなければいいから大丈夫よね」

「ええっ」


 環が指さした先には、今経っている山頂から離れた場所に、雲の間からほんのちょっとしか先っちょが出ていない、もはや足場とすら呼べない岩の先端部があった。


 こうして遥加は、天国のような場所で、地獄のような特訓を行う羽目になる。

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