鉄血! 米津道場! その6

「この道場で修行を始めてからはや100日…………皆、よくぞこの厳しい鍛錬についてこれたな。そなたらの顔つきも体つきも、見違えるほど成長しておるぞ」

『はいっ!』


 この日は珍しく、午前中の訓練は取りやめとなり、次の段階へと進むための説明がなされることとなった。

 玄公斎の言う通り、あかぎをはじめとする4人の若者は、初めのころに比べて明らかに雰囲気が違ってきた。


 とくに体が未発達だったあかぎは、修行を通して心なしか体が一回り大きくなったように感じ、その存在感はヴェリテにも匹敵するのではないかとさえ思われる。

 そしてアンチマギアは、元々良くも悪くもプロポーション全振りの魅惑の肢体だったのが、今では包帯の下の腹筋が8つに割れ、太ももや二の腕がカッチカチになってしまっている。まさに格闘家の体つきそのものであった。


 一方夕陽や遥加は見た目こそそこまで変化はなかったものの、その身体能力は飛躍的に成長している。

 今の夕陽なら、トライアスロンの世界選手権に出てもかなりの好成績を収められるだろうと思われる無尽蔵のスタミナと、周囲の物を的確に分析できる鋭い観察眼が身についた。

 そして、遥加は元々高った空間把握能力が劇的に向上し、例え目を瞑っていたとしても相手の攻撃を軽くかわすことができる柔軟性と、弓道名人顔負けの弓術の腕を身に着けた。


 今や彼ら彼女ら4人は、今までの自分の殻を打ち破りつつあり、それが自信につながっているようだった。


「ここまでの鍛錬ご苦労――――と、言いたいところじゃが。まだ修業の日程の3分の1程度にすぎん。ここまでは準備運動というところじゃな」

「はっ、今までのが準備運動だぁ? ってことは、次はもっとヤベェ特訓があるってことか? 私ワクワクしてきたぜ!! なああかぎぃ!!」

「いいよいいよ!! あたしもっと熱くなる!! もっと、あつくなるよぉぉぉ!!」

「だいぶイっちゃったわねこの二人……なんか、米津さんはバケモノでも育て上げる気かしら」

「そういう意味なら遥加も十分――――いや、なんでもない」

「あなたも随分とふてぶてしくなったものね」

「フっ、若いというのはよいものじゃ。ワシもそなたらと同じ歳に、それほどまでのやる気があれば、今頃もっと強くなっていたかもしれんが…………だからこそ、そなたらにはこのジジイを超える義務があるというわけじゃ。では、次の訓練に移る、その前に…………遥加よ」

「はい、なんでしょう?」

「すまないが、そなただけ訓練内容がほかの3人と比べてあまりにも特殊ゆえ、この紙に書いてある方法で鍛錬の場所へと向かうのじゃ」


 ここで、遥加だけなぜかほかの3人と別の訓練内容をこなすこととなり、玄公斎から何やらメモ用紙を一枚受け取った。


「これ……何かの暗号か何かですか?」

「その通りにすればよい。自ずとわかる」

「…………そうですか。あかぎちゃん、アンチマギアちゃん、それに夕陽君。私、ちょっと精神世界行ってくる」

「そんなコンビニ感覚で…………強くなれよ、遥加」


 こうして遥加は、一人だけ「精神世界」なる場所に赴くべく、中庭を後にした。

 これ以降しばらくの間、あかぎたちは遥加の姿を見ることはなかった。


「さて、残った者たちのうち、あかぎと夕陽」

「「はいっ」」

「そなたらは別々の部屋で瞑想し、深く集中せよ。そなたらには、打ち破らねばならぬ強敵が心の中におる。すぐに相まみえることはないかもしれぬが、こちらもいずれ分かるはずじゃ」


 あかぎと夕陽はお互いに顔を見合わせて困惑したが、とりあえずいう通りにするためにそれぞれ別の空き部屋へと向かって行った。


「さて、残ったのはワシとそなたになるわけじゃが」

「私はどうすりゃいいんだ? いっとくが、爺さんと二人きりになっても嬉しくねぇぞ」

「ふむ……では、これなら―――――――どう思う?」


 残ったアンチマギアの目の前で、玄公斎が一瞬光に包まれたかと思うと……なんと、苦労して元に戻ったはずの身体が、またしても子供の姿に戻っていた。

 突然目の前に大好物の「若い男」が現れたことで、アンチマギアは――――


「うっひょおおおおおおおぉぉぉぉぉ!! お持ち帰りだっ!!!!」


 長い修行中で実はいろいろアンチマギアは、修行前とは比べ物にならない勢いで、玄公斎(子供の姿)に向ってル〇ンダイブを敢行した。

 もちろん、それは軽くよけられた。


「相変わらず気持ち悪いなぁ……けど、僕に勝てたら抱きしめるくらいはさせてあげるよ。もっとも、その先はうちの母ちゃんが絶対に許可しないけどね」

「おっしゃ、言ったな!! その言葉、忘れるなよ!! 私が絶対に、略奪してやる!!」


 瓦50枚を余裕で砕くアンチマギアのパンチとキックが、薄い空気を鋭く切り裂く。

 その動きの俊敏さは、初めて出会った時と比べても段違いだった……が、子供姿の玄公斎はそれを余裕でかわしながら、時折反撃を叩き込む。

 だがその一方で、アンチマギアはあることに気が付いた。


「ありゃ? あの時みたいに周りの景色が切り替わらねぇぞ? 私の領域ゾーンは?」

「さて、なぜじゃろうな。ここから先の答えは、おぬし自身で確かめてみよ」


 突然自分の力が使えなくなっていることに焦るアンチマギア。

 結局この日は、子供玄公斎に指一本触れることもできず、何十回もその身を地に這いつくばらされたのだった。



 一方そのころあかぎは、慣れた様子で座禅を組み、精神を集中させていた。

 中庭の激戦の音は聞こえない。一人だけの空間で、心を無にしていると……


(……?)


 なぜか前の方に巨大な何かの気配を感じたあかぎ。

 目を瞑っているはずなのに、目の前にまたしてもあの顔に「×」のついている巨大な炎の竜が現れたのだった。


(おじいちゃんが言っていたのは…………このことだったんだ!! あたしが、倒さなきゃいけない強敵!! 竜が……リュウが、……リュウハ、コロス!!)


 あかぎの心が一気に昂った――――ところで、彼女の前から竜の姿が消え、目を開けると周囲から焦げ臭い香りが漂っていることに気が付いた。


「え……? え?」


 火災こそ起きていなかったが、どうやらあかぎは無意識に部屋中に熱風を巻き起こしていたらしい。

 彼女の本当の課題は、自分自身の能力を制御すること。

 心の中に巣くう、忌まわしき竜を倒すには、湧き上がる憎悪を抑えなければならないのだ。




 そして夕陽はといえば


「まさかを倒せ、とかじゃないだろうな……そう思うと少し怖いけど」

「……っ」


 なんとなく嫌な予感はしていた。

 数十日前の目覚めの時に感じた、背筋が凍るような感覚。

 今思い起こしてみれば、それは――日向日和が敵に向ける殺意を、傍で浴びたのと似ていた。

 いや、あれはまさに「真正面から」浴びた結果なのかもしれない。


 であるならば、自分の心の中で日向日和という存在を克服しなければ、前に進めないのではないかと考えるのは当然だった。


「まあ……やるだけやってみよう。幸、念のため"憑依"を頼む」

「っ!」


 夕陽もまた、あかぎと同じように静かに心を静め、幸を憑依させたまま無の境地へと向かった。


 やがて、彼も同じように何かの気配を感じた。

 そして、それらは目を瞑っているはずの夕陽の前に、ゆらりと姿を現した。


(なんだ? 目の前にいるのは………………俺!?)


 夕陽の目の前にいたのは、もう一人の自分自身だった。

 前に立ちはだかる夕陽は、ゆらりと動きながらもこちらを睨み付け、手に持った日本刀を突き付けてくる。


 果たしてこれが、玄公斎の言う「倒すべき強敵」なのだろうか?

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