変わりゆくものたち

 女神リアが不在の間、智白とその協力者たちがしばらくこの世界の面倒を見ることになったのだが――――


「神様がいなくても、この世界は変わらない物なんだなぁ」

「そうね。なんだかんだで、女神様の放任主義がいい方向に働いているみたい」


 どこぞの狂信的シスターが聞いたら助走をつけて殴って来そうなことを話しながら、智白と環はセントラルの街中を移動用の巨大羊に乗りながら巡っていた。

 わかりきっていたことだが、女神リアはこの世界の人口を増やすために、積極的に外の世界から人間などをかき集めていたが、集めるだけ集めておいて世界の統治は初めから人間たちに丸投げしていた。

 はっきり言って無責任もいいとこなのだが、人間もまたしたたかな生き物であり、なんだかんだで自力で秩序を築き上げていたのであった。

 先日の危機を引き起こした敵対女神スィーリエが、支配下の人間に過干渉した末にほとんど生き残らなかったのと対比すると、なかなか皮肉に思える。


「ヨネヅさん、見回りですか?」

「あ、智香さん! そっちも警備ご苦労様、毎日忙しそうだね」

「ええ……おかげさまで退屈しない日々を過ごしていますよ」


 そんな時、智白たちは兵士たちを率いて警備をしている墨崎智香と出会った。

 諸々が終わった後、名目上黒抗兵団は解散となったが、半数のメンバーはフロンティアの治安維持部隊として活動しており、智香は彼らの隊長を務めている。

 相変わらずこの世界は自由すぎるゆえのもめごとや犯罪が多発しており、それらを解決するために彼女は毎日のように東奔西走している。

 それだけでなく、元黒抗兵団たちの訓練も彼女が担っており、多少疲れが見えるが、それでも充実した生活をしているようだった。


「本当に智香さんには足を向けて寝られないね」

「そんなことありませんよ。ただ、私は困った人たちを見過ごせないだけです。それに…………」

「それに?」

「私がこの世界に来たのは、あくまで別の目的があったからです。それがひと段落した今、いずれは元の世界に帰ろうかと思っています。ヨネヅさんにも故郷があるように、私にも、いずれ帰るべき場所があるのですから」

「……そっか。そうなると、少し寂しくなるね。そうだ、あの骸骨を被った大男いたでしょ。あの人も最近見ないのはひょっとして」

「エシュ殿のことですか。彼もいつのまにかいなくなっていました。まるで、初めからいなかったかのように、あっさりと。もしかしたら、彼もこの世界での仕事をやり終えたのかもしれません」


 智香とともに地下で反乱勢力討伐に大活躍した傭兵エシュ――――

 なんとなく雇ったはずが思っていた以上に大活躍した、動物の頭蓋骨を被った大男を智白は正式に軍にスカウトしたかったが、あっさり断られてしまった。

 そして、すべてが終わった後彼は忽然と姿を消した。もちろん、報酬はきっちりもらっていったようだが。


「リア様は言っていたよ。来る者は拒まず、去る者は追わず。いつか帰る日が来るまで、智香さんには頼りにさせてもらうよ」

「ははは、やっぱり軍人は地位が高い人間ほど酷使されるわけだな」


 すべてが終わってある程度落ち着いてきたからか、エシュのように元の世界に戻る、あるいは別の世界へ渡っていく者たちもいた。

 氷壁の向こう側で、天使たちの根拠地に殴り込みをかけた少女たちは、智白と顔を合わせる間もなく、この世界から消えていったという。

 戻ってきたのが町でも有名な暴走族と登山家たちだけだったので、関係者たちはいろいろと困惑したものだ。


「そういえばあの子たちも…………」


 智白の頭にふと浮かんだのは、アンチマギアとその海賊団だった。

 最終決戦までわざわざついてきて大活躍した彼女は、あの後すぐに旅に出た。

 それも、飛行戦艦ビバ・アンチマギア・ブラック・タイダリア号を阿房宮のドックに残したまま…………わざわざ木造の海賊船を再建して、残った部下たちとともにアクエリアスの更に向こうの大海原へ出港していった。

 曰く――――


「空飛ぶ船も悪くねぇ、けど、海賊はやっぱり海賊船で海を行かなくちゃ様にならないんだ!」


 とのこと。

 この世界は人間が把握していない場所がまだまだたくさんある。

 アンチマギアはまだ見ぬ未知なる無限の世界ワールド・ワイド・フロンティアを求めて、旅立っていったのだった。


 もちろん旅立つ者がいれば、残る者もいる。


「おーい、そこのガキンチョ元帥! こっちで一杯やろうぜ! 仕事終わった昼間の一杯はこの世のすべての幸福に勝るぜ!」

「梶原中佐……いや、今は大佐か。本当に君たちはこの世界を満喫してるね」

「ったりめぇだろ! こんなにも天国と地獄が同居する世界、ほかにねぇからな! 地獄で汗と血を流し、天国で一杯やっていっぱいヤる! 生きるってのはこうでなくっちゃな!」


 数多の激戦を生き抜いた、梶原鐵之助率いる第一天兵団たちは、いまでもフロンティアの過酷な戦場に身を投じていた。

 故郷日本では存在価値を失って鼻つまみのになって腐っていた彼らも、この世界では「仕事」がいくらでもあるということで、すっかりこちらの世界に住処を移した。

 何とかとはさみは使いようと言うが、本人たちが進んで死地に赴いているのだから、他人が詮索するのも野暮といえよう。


「まったく、平和なのかそうじゃないのか……」

「結局それが、人間という生き物の性なんでしょうね」

「タマ姉さんは天女だから、やけに客観性がある」

「そういうシロちゃんだって、もう人間じゃないでしょう」

「そうだね…………うん」


 すべての場所を回り終えた智白は、ふうと一息ついた。


「ただ、今晩だけは……………」




 ×××




 その日の晩、阿房宮の片隅にひっそりと佇む「米津道場」の門を、たった一人でくぐる者がいた。


「そっちから呼び出すたぁ、随分な挨拶だな、ガキ神様。貸しにしていた分、返してもらいに来たぜ」


 妖魔アル――――――赤茶色の髪に、褐色の肌、爛爛と光る相貌、絵にかいたような悪魔そのものの姿の青年が、道場内に一歩踏み入れると、たちまち周囲の様子が変っていく。

 まるで迫ってくるかのような巨大な満月が地上を照らし、夜空にもかかわらず周囲が見渡せるような明るさ…………巨大な朱色の鳥居と、その奥に控える立派な神社の境内、そして咲き誇る桜が無数に花吹雪を散らす。


 そして、本殿には――――


「ようきてくれた。歓迎しよう、盛大にな」

「……はっ、さてはあの駄女神にでも頼み込んだか? わざわざ人間のジジイに戻るたぁ、狂ってやがる」

「ワシとて武人の端くれじゃからなぁ。一度はすべてのしがらみを捨て、身一つでやり合いたいものよ」


 軍服を身に着けた白髪の老人、米津玄公斎がそこにいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る