天の死闘 地の苦闘 8(VS竜王軍)

「エヴレナ…………どうしてここに?」

「……」


 和気藹々としていた精神世界は、異質な侵入者が現れたことで急に静まり返った。

 誰もがお互いに顔をも併せ困惑しているのを見ると、どうやら誰かが侵入を手引きしたわけではなさそうだ。

 そして何より、最も驚いているのが、この空間を支配する―――少名毘古那神そのものだった。


『これはこれは……驚き桃の木山椒の木っと』

「また絶妙に古い言葉を……なんなんですかこの子、いったいどうやってここに?」

『どうやって? それは智白、君が一番よく知ってるんじゃないか? 智白はこの子から力を分けてもらったりとかしなかった?』

「…………そういえば」


 実は玄公斎、この遠征に向かう前に、神竜エヴレナからほんの少しだが加護をもらっていた。

 神竜の加護といってもそこまで仰々しいものではなく、あくまでも「お守り」程度のもので、竜などの悪意から玄公斎とその仲間たちを守るためのおまじないでしかなかった。

 雷竜ヴェリテによれば、この加護によってある程度竜に対して攻撃が通るようになるということだが…………


『なるほどね。この子の正体は、あのエヴレナちゃんからもらった加護が、精神世界にまで浸透してきた結果というわけか。異世界というのはすごいね、僕も自慢じゃないけれどそこそこ位が高い神様なのに、こんな形で干渉できるなんて』

「…………きき」

「ん?」『おや?』

「仲間たちが…………危機に瀕しています」

「仲間たちが危機に? それはいったいどういう…………」


 まだどこかぼーっとした雰囲気のあるエヴレナが、何やら危機が迫っていることを告げるが、その直後にこちらに向かって駆け寄ってくる者たちがいた。


「おい智白! まだこんなところにいたのか、のんびりしている暇はないぞ、すぐに出撃だ!」

「うぇっ!? 森本先輩っ!?」

「シロちゃんが全然来ないからしびれを切らしていたんだけど……」

「ごめん……君たちと話すと長くなっちゃうから、最後にしようと思って」

「ほうほう、それは嬉しいでごわすが、今はそのような悠長なことを言っている場合ではごわさん」

「詳しい説明をしている暇はありません、来れば分かります。スクナ様もどうかご一緒に」

『……さっきからどうも世界のつながりに乱れが生じている。いったい何が起きている?』


 現役中特に親しかった、先輩退魔士の森本をはじめ、同期の桜だった安住、藤堂、二木……そのほか、年代が近い退魔士の親友たちの魂が、しきりに玄公斎をどこかに連れて行こうとする。

 玄公斎が連れていかれたのは、精神世界の境内の一角にある大きな池だった。

 本来、この池は別に特殊な機能は持っていないのだが、上からのぞくと、そこには見覚えのある人々が大勢固まっているのが見えた。


「あれは……黒抗兵団の中核メンバーたちじゃないか! あの子たちは戦っているのか!? 一体何と……?」


 そう、池の中から見えるのは、大勢の不気味なものに囲まれて必死に戦っている黒抗兵団たちの姿だった。

 彼らがなぜ人間相手に戦っているのかはわからなかったが…………それ以上に気になったのが、彼らが円陣を組んで戦っている真ん中では、玄公斎が隊長として信頼している智香と、わが子のようにかわいがっているあかぎがもだえ苦しんでいる姿だった。


『そうか、これは別の精神世界か。しかもこれはかなり近い……』

「スクナ様、おそらくこれは、あの神竜の加護によって精神世界同士がつながったと思われます。本来であればありえないことですが、おそらくこの者たちは「竜」から何かしら悪意のある攻撃を受けており、その危機から救うために無理やり別次元をつなげたものと思われ――――」

「わかったわかった、二木! 君は理論の話になると一生喋ってるから、今はストップ! とにかく、仲間がピンチなんだろう? ならばすぐに助けに行く必要がありそうだ…………池に飛び込めばいけるのかな?」

『迷いないねぇ。ま、そこが君の昔からのいいところだけど。僕も何となく行ける気がするし、数千年ぶりに暴れてみるのもいいかもしれないね!』


 こうして、仲間たちのピンチにいてもたってもいられなくなった玄公斎は、自分の力を取り戻すことなどすっかり忘れて、自分の精神世界から別の精神世界へと飛び込んでいった。


「あっはっは! やっぱりシロは真っ先に突撃していくなぁ! 俺も混ぜてくれよ!」

「将官になって後方勤務ばっかりになると、前線に出たいって愚痴ってたものね。この調子じゃ、まだまだ環ちゃんも大変でしょうね」

「んなことはどうでもよか! せっかく魂があるのだから、一心不乱に戦うでごわす!」

『あ、ちょっとちょっと。なんで君たち勝手に動けるの?』


 玄公斎の後を追うように、仲間たちが次々と躊躇なく池に飛び込んでいく。

 本来であれば英霊たちは少名毘古那神が力を使う許可を出さないと、具体的な行動は起こせないはずなのに、彼らはなぜかその制約を無視するように動き出したではないか。


(そうか……これも君の仕業か、神竜ちゃん)


 想定外ではあったが、どちらかといえば嬉しい想定外だった。

 なぜなら…………今玄公斎は、「代償」を払わずとも、オーバードライブの力を行使できる状態になっているのだから。




 ×××



『憎い……お前が憎い!』

『なぜ私だけが、こんな目に!』

『お前のような奴が生きているなど、絶対に認めない!』


「なんという数の敵だ…………一向に減る気配がないぞ」

「憎まれっ子、世に蔓延るってやつ? 特に私なんて、土台にしてきた人間の数がそこらのパンピーとは違うし~」

「自慢にならないなそれ。なんかちょっと頭痛くなってきた」


 いまだにポラリスが作り出す苦痛の世界に閉じ込められている黒抗兵団たち。

 彼らを囲み、あらゆる呪詛や悲痛を叫ぶ亡者たちは、ここにいるメンバー全員分が一斉に押し寄せてくるというなかなかのアンハッピーセットとなっている。

 これだけ混ざると、自分だけが罵倒されているという感覚がなくなって、かえって気楽になるものだが…………それでも、この精神世界にいるだけで心身ともに悪影響がたまり続けることには変わりはない。


 陣形の中心でいまだに目を覚まさない智香とあかぎ――――

 この二人さえ目覚めれば、この悪しき世界は崩壊するはずなのだが、仲間たちの頑張りもむなしく、一向に目覚める気配がない。


 一応、数人の仲間たちが、何とか頑張って智香の世界に接続しているようだが、その数人も苦戦しているのか、なかなか戻ってこないのである。


「くっ、こんな時に元帥がいれば……」

「なんとかなるかな? 今のあの人、子供だぜ?」

「いや、なんかこう……あの人ならやってくれそうな、そんな雰囲気があるし」


 米津元帥の助けが欲しい。

 あきらめかけながらも、だれもがそう心で思ったことが功を奏したのか…………

 彼らの頭上から、突如銀色の光が差し込んだ。


「いよっ、僕のことを呼んだかい!」

『元帥!!』

「何があったか知らないけど、みんなよく頑張っている! ここからは僕……いや、僕たちに任せてほしい」


 苦戦する黒抗兵団たちの前に、ありえないことに、玄公斎が姿を現した。

 しかも、見るからに屈強で、頼りがいがありそうな人々たちとともに――――



『ナンダ――――何者ダ。コノ僕ノ世界ニ、横入リスルノハ――――』

『ははーん、お前か、智白君の仲間たちをこの世界に閉じ込めているのは。異世界の上位存在はいかにも悪そうな姿をしているね』


 そして、この世界の主であるポラリスも、勝手に入り込んできた別の上位存在である少名毘古那神に激しい敵意を燃やしたのだった。

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