守護竜の花園 後編

「あかぎさん遅いですね……」

「ちっ、どこ行きやがったあいつ」


 素材が大体集まったところで、あかぎの姿が見えないことに気が付いた二人。

 もしかしたら崖から足を踏み外したのではないかと心配し、そわそわしていたところに、一陣の風と共にあかぎの身体を抱えた女の子が現れた。


「おやおや、あなたたちが探しているお友達はこの子に間違いないかね?」

「あかぎ! 無事だったか! というか、あんた誰だ!?」

「あ………あなた様は、その緑のブラウスに銀にたなびく髪! ま、まさか……守護竜アプサラス様!!??」

「ほっほっほ、守護竜なんてたいそうな呼び名、おばあちゃんには似合わないと思うんだけどもねぇ…………いかにも、あたしは風竜アプサラス。この花畑の持ち主よ」


 まさか自分たちが崇拝している風竜が目の前に姿を現すとは思ってもなかったナトワールは、慌ててその場に平伏した。


「あんた……まさか、ドラゴンなのか!? でもおばあちゃんって?」

「こ……こら、守護竜様に頭が高いですって!」

「いいよいいよ、頭なんか下げなくて。おばあちゃんは竜だけど、風竜は風を司る竜だから、見た目は自由自在なんよ。でも、おかげでこの子を刺激しちゃったようじゃ」

「あかぎさん……どうしたんですか?」

「この子は無謀にも魔獣の背に乗っかってほかの山にいていたよ」

「げっ!? いくら何でもそりゃ無茶だろ!」


 あかぎがほかの山の山頂に行っていたと知り驚愕する二人。

 細かいことを気にしないアンチマギアも、流石にそれは無茶だと断じるくらいだ。


「でも怒らないであげとくれ。この子はきちんとお目当ての花を丁寧に摘んでおったよ。ただ、この子はどうもなようでねぇ。少しばかり眠ってもらったんよ」

「まさか……何かご無礼なことを!?」

「元気なことは良いことよ♪ そこのあなた、どうやら周囲に術を無効化する空間を張っているみたいね、悪いけんど、しばらくこの子と一緒にいてあげなさい」

「あ、ああ…………」


 実のところ、あかぎはアプサラスに出会った瞬間、体内の不明な衝動に突き動かされて、アプサラスに向かって躊躇なく切りかかっていた。

 しかし、アプサラスにはその原因がなんとなくわかるようで、風竜の力でたちまち昏睡状態にしてしまったようだ。


「それよりお前さんたち、この花を集めているということは「反魂香」を作ろうとしておるのかい?」

「そうなんだ! 私の王子様を生き返らせたいんだ!」

「なるほど、けど反魂香はとても作り方が難しい薬よ? 作り方はわかるのかい?」

「それが…………家にあった医術書に作り方が記載されていたのですが、その医術書は先日輝翼の一味に奪われてしまい……覚えている内容を思い出すほかありません」

「げっ!? そんな話聞いてねぇぞ!? 気合で何とかならないのか!?」

「まあまあ、あの子たちはまたしてるのね。おばあちゃんはうちの子たちの争いはなるべくかかわらないようにしてたんだけど、たまには怒ってあげないとだめね」



 ×××



 と、同じころどこかの空中戦艦の艦内では――――


「ぶぅえっくしょいっ!!」

「うわっ!? 夕食のスープに姐御汁唾と鼻水が!? 大丈夫ですか!?」

「……っ、どっかで誰かがハルカちゃんの噂話をしているのか? あっはっは! 私ってモテモテ!」

 「作り直しにならなきゃいいんですが……」


 作り直しになったかどうかは女神さまのみぞ知る。



 ×××



 それはともかく、医術書がない今、反魂香の作り方はナトワールの記憶に掛かっている。

 貴重な素材を使っているだけに、責任も重大だ。

 しかし、ここでアプサラスが助け舟を出してくれた。


「よければおばあちゃんが作ってあげようかしら」

「え……? い、いいんですか!?」

「いいよいいよ、これくらいおばあちゃんにとっては朝飯前じゃからね」

「いよっしゃあ! さすがアプサラス様、話が分かるっ!!」


 元々、反魂香の作り方を翼人に教えたのはアプサラス本人だ。

 当然作り方は完全に熟知している。


 ナトワールはすぐにカバンから簡易調合道具を取り出したが、アプサラスはそのようなものを使わず、なんと手と目分量だけで花を調合し始めたのだった。


「ふんふんふ~ん♪ この薬は順番を間違えると、毒ガスが発生しちゃうから注意しなきゃねぇ」

「申し訳ありません、私が至らないばかりに……」

「うへぇ、そんな危険なものを作ろうとしてたのか」

「いいのよ気にしなくて。それより、薬を作っている間に少しお話ししましょうかね。この子、あかぎちゃんと言ったかしら。別世界から来たような匂いがするけんど、どこから来たん?」

「私は会ったばかりでして、よくわかりません……」

「そういや私も聞いたことねぇな。あの爺さんや婆さんなら知ってるかもしれねぇけど」


 アプサラスの質問に、アンチマギアとナトワールは顔を見合わせる。

 この女の子は元々米津夫妻が拾った子であり、詳細はその二人しか知らない。


「もしかしたら、その子はこのままだと危ないかもしれんね」

「危ない? それはいったいどういう……?」

「そうさねぇ……あたしの口からは言いにくいけんど、もしかしたらなら何とかしてくれるかも」

「あの娘……ですか?」

「ああ、そやつは大瀑布と呼ばれる滝の向こうに住処を構えておってな。この子の暴走を止められるとすれば、あの娘しか――――――」

「……?」


 薬の調合もいよいよ大詰めと言ったところで、なぜかアプサラスの手が止まる。


「おい、どうしたんだ守護竜様よ?」

「……飽きた」

「「えっ!?」」

「おばあちゃんはもう飽きちゃったわ。ここから先は自分でパパっとやっちゃっていいわよ♪」

「はぁ!? 何言ってんだ、ふざけんな! こちとら王子様の命が掛かってんだぞ!」

「そんな……アプサラス様っ!」


 なんとアプサラスは調合を途中でほっぽり出して、唖然とする二人をしり目に空中にふわりと舞い上がり、そのまま透明になって姿を消してしまった。

 突然の出来事に、アンチマギアもナトワールもあっという間にパニックに陥った。


「あんにゃろう! 仕事を途中でほっぽり出すとか! レディの風上にもおけねぇ!」

「き、きっと守護竜様も忙しいんですよ! たぶん! で、でもどうしよう……この薬の作り方、ここから先がむしろ不安でしたのに……」


 もはや反魂香は作れないのか?

 途方に暮れる二人だったが、そこにタイミングよく別の救世主が現れた。



「なあエヴレナ……本当にこの辺に知り合いがいるのか?」

「本当だよっ!! ここはおばあちゃんと一緒に遊んだ花畑だもん! おばあちゃんの匂いもするし…………あれ、誰かいる?」


「あら? あれは……もしかして別の竜でしょうか? 見たことがありませんが」

「へぇ……しかも背中に自分より大きな男背負ってるじゃねーか。あんな小さな子の背中に乗せてもらって、恥ずかしくねーのか…………」

「自力で飛べないのであれば特に恥ずかしくないと思いますが、アンチマギアさんは……えっと、どうしました?」


「トゥンク」

「え?」


 どうやらまた余計に一波乱ありそうな予感がした。



※今回出演のNPC:守護竜アプサラス

https://kakuyomu.jp/works/16817139557814115257/episodes/16817330647527223699

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