フロンティアの嵐作戦 2
玄公斎たちが出撃したという知らせが首都セントラルに到達すると、モンセーたちも直ちに行動を開始した。
「諸君、これから行うことは……我々に大きな悪名をもたらすであろう。場合によっては、人々の支持を失い、我々はこの椅子にいられなくなるだろう。それでも……大勢の市民が犠牲になることに比べれば、我々の首など些細なものだ」
「俺もそろそろ休暇が欲しいと思っていたころだ。俺らの代わりにうまくやれるという奴がいるなら、喜んで譲ってやるさ。だが、それはすべての危機が終わったらだな」
「たとえ人々から何と言われようと、リア様だけは正しく判断なさるでしょう。私はその意向に従うだけです」
これから彼らは、セントラルとその近辺に住む人々に危機の到来を通知しなければならない。
世界の終りに近いことが突然起こると知れば、人々は少なからずパニックを起こすだろうし、自棄になった一部の住民が暴動を起こし、治安が加速的に悪化するのは目に見えている。
もし彼らが人々の圧倒的な信頼を得ているか、または人々がどこぞの国のように平和ボケしているのであれば多少はマシなのかもしれないが、住人の半数以上は別世界から逃れたり連れてこられたりしているわけで、国家への忠誠心など皆無に等しい。
だからこそ、彼らはあえて自分たちが「悪者」になることを選んだ。
まず、クラリッサが国営放送局に足を延ばし、セントラルやほかの地方すべてのテレビやラジオのチャンネルを強制的に公共放送に切り替えると、カメラの前で演説を始めた。
『皆様。私たち行政委員から重要なお知らせがございます。焦らずに、落ち着いて聞いてください。本日未明、このフロンティアにリア様の敵となる女神による敵対的信仰が開始されました』
あくまで落ち着いた表情で語るクラリッサの背景のモニターに、各地から無尽蔵に進行する天使の大群や、南の海に浮かぶ巨大な雲、そして山をも越える巨人の姿が次々と映し出される。
「な、なんなんだこれは? どうすればいいんだ!?」
「なんてことだ! もう助からないぞ!」
「アバババーーーー!!??」
予想されていた通り、突然迫りくる危機の知らせに住民たちは大混乱に陥った。
困惑する人、混乱する人、絶望する人――――反応は人それぞれだったが、誰もかれもが落ち着けないことには変わりはない。
「やだよぅ、死にたくないー! 転生してもこんな目に合うなんて!」
「うぅ、死ぬ前にスシをお腹いっぱい食べたかった……」
「こんな世界にいられるか! 俺は自分の世界に帰るぞ! 帰る方法分からねぇけど!」
「世界が終わるんだったら、もう好き勝手していいよな!」
セントラルの町はたちまち阿鼻叫喚となり、中には極限の行動に走ろうとする人々もいる。しかし、テレビの中のクラリッサはあくまでも落ち着いて語りかけてくる。
「皆さま、落ち着いてください。これらの敵対生物相手に、すでに討伐軍が差し向けられています」
繰り返すように「焦らず落ち着いて」と語りながら、クラリッサが今度はモニターにそれぞれ撃滅に向かう者たちが映し出された。
巨人の方角に向かって飛ぶ飛竜と、それらに並んで飛んでいく簡易輸送機―――
雲の上の天使たちを狙うべく、海岸の広場に集結した傭兵たち――――
そして、古戦場へ向かう黒い翼のビバ(略)号――――
そのほかにも様々な部隊が各地へと向かって行くのが見える。
「御覧の通り、彼らはここ最近フロンティアで名を挙げた有力なハンターです。かっれらがいる限り、ここセントラルが壊滅的な被害を被ることはないと保証します」
実は、クラリッサは放送に合わせて微弱な精神魔法を使用しており、この放送をテレビで見たりラジオで聞いたりしている人々の興奮を徐々に低下させていた。
「皆様の不安はもっともです。できることが少ないのは不安でしょう。ゆえに、せめて祈りましょう。我らが女神リア様に。ご安心ください、女神様は皆さまを見守っておられます」
「まあ……クラリッサ様ほどの方がそういうのであれば」
「そうか、なんだかんだでハンターたちがいるもんな。もしかしたら今回も楽勝だろ」
「女神様女神様……どうか私たちをお守りください」
そして、ここぞとばかりに女神リアへの信仰を増やそうとするのだった。
とはいえその効果はなかなか覿面で、予想されていた混乱や暴動が起きる前に、徐々に沈静化の兆しを見せていた。
だがそれでも、普段からうっぷんが溜まっている者たちや、元々素行がよくない異世界の犯罪者や、現政府に不満を持っている者たちはここぞとばかりに暴動を起こし始めた。
「ヒャッハー! 世界が終わるなら、好きに暴れてやるぜ! 略奪だー!!」
「今こそ邪知暴虐な与党行政府を打倒するときだ! 新しい女神が勝てば俺たちが支配者だ!」
「こんな世界にもう用はねぇ! 全部壊してしまえ!」
もちろん、この動きはすでに彼らには予測済みだった。
「暴動を起こしている市民は容赦なく鎮圧しなさい。派手に抵抗するようなら、その場での「粛清」も許可するわ」
「「「了解」」」
あらかじめ街中で待機していたホノカをはじめとする治安維持部隊や、黒抗兵団参謀本部直属部隊「澤瀉」が各地で一斉に暴動の鎮圧に乗り出した。
そして、セントラル地下でも…………
「ふふふ、とうとうこの時が来ましたね」
「ああ…………さすがは悪竜王様だ。この機会がすぐに来ることを見越していたとは」
「もうこの世界に駄女神リアは必要ない。そしてリアを盲信する現政権もすべて破壊し、新たな女神の支配のもとで秩序を打ち立てるのだ」
「これ以上、無能な連中を世界にのさばらせてならない!」
一時は犯罪組織や反政府勢力でにぎわっていた地下の隠れ家は、とある女神の活躍により一時は閑古鳥が鳴いていた。
しかし、例え砂浜の砂が尽きるとも人の悪は尽きることがないように、次々と生まれる悪党たちが再び地下の各地に拠点を作り、それらに悪竜王ハイネが再び介入し始めたのだった。
ハイネはこのようなセントラル全体を揺るがす騒動が近々起きることを見抜いており、集められた悪党たちを使ってセントラルを攻撃させようとしていた。
彼らは地上で大混乱が巻き起こるとすぐに行動を開始し、人々の不安を煽り立てて混乱を拡大し、都市そのものを地上の地獄へと変えようとしていたのである。
おそらくこの目論見が成功していれば、セントラル全体が大規模な悪意の塊となり、無限に拡大する憎悪で人々は自滅するか悪竜の眷属になるほかなかっただろう。
だが、その目論見はすでに察知されていたのだ。
「なるほど、予定通りといったところか。わかりやすくてこちらも仕事が楽になって助かる」
「な、なんだお前は!」
「うっ……こいつは、あの悪名高い傭兵エシュだ!」
動物の頭蓋骨を被った浅黒い肌の大男が、槍を片手に秘密基地に乗り込んできた。
彼の後ろには剣と盾を構えた騎士たちや、弓をつがえる兵士たちが控えている。
「貴様っ! 傭兵のくせに政府の犬に成り下がったか! 見損なったぞ!」
「……お前たちに恨みはないが、仕事なんでな」
いつもは各地で依頼をこなしながら小銭を稼ぐフリーの傭兵のエシュだが、今回は政府に――――というよりも、玄公斎の依頼を受けたフレデリカに大金で雇われたというだけだ。
困惑する反乱軍に対し、エシュは問答無用で槍をふるった。
暴動を起こそうとした反乱軍たちの腕前は人によってまちまちだったが、狭い空間でもそれを感じさせないほどダイナミックに振るわれる短槍は次々に彼らの胴体を貫いていった。
そして、別の拠点でも…………
「神妙にしろ、悪党ども。貴様らの動きはすべて把握している。すぐに武器を捨てて降伏すればよし。さもなくば、命の保証はしない」
「き……貴様はぁっ!」
「あのおいぼれどもの軍隊が、どうしてここにいるんだ!?」
いつもとは異なる防弾コートのような衣装に身を包み、まるで儀礼のように大剣を掲げる墨崎智香と、彼女に従う騎士団たちもまた、悪意の芽を事前に潰すべく作戦を開始していた。
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