おじいちゃんおばあちゃんの異世界旅行記
南木
プロローグ:元帥は異世界に行きたい
「突然じゃが、長期の有給休暇で異世界旅行に行ってこようと思う」
「…………は?」
老人――――米津玄公斎がいきなり意味不明なことを言い出し、部下の男は目を点にして己が耳を疑った。
「もちろん冗談なんかではないぞ! このところずっと仕事尽くめじゃったからなぁ。たまには仕事のことを忘れて、やんちゃしたいものなのじゃ」
「し、しかし……旅行に行くのはいいとしましても、「異世界」とはいったい何ごとですか! そんな三流小説のごとき荒唐無稽なものが、本当に存在すると思っているのですか!」
異世界なんて存在するわけがない。そう主張する部下の言葉に、米津はにやりと不敵な笑みを浮かべた。
「ほう、おぬしは聞いたことはないか? 少し前に見習い退魔士たちが、ここではないどこか別の世界に行って、一定の成果を収めてきたという…………」
「……っ!! まさか……!!」
「あの時とは状況がちと異なるが……ワシとかあちゃんの枕元に、別世界の神を名乗る別嬪さんが、異世界へ招待してくれるというのじゃよ」
「いやいやいやいや! 胡散臭すぎますって! 日本国元帥がそんなもの信じないで下さいよ!」
部下は必死になって止めようと説得するが、米津の考えは一ミリも変わらなかった。
業を煮やした彼は、電話ですぐにほかの軍幹部を大急ぎで招集した。
「なんだなんだ、どうしたどうした」
「電話では意味が解らなかったわ。どういうことか説明して頂戴」
「元帥が異世界転生すると聞いて」
基本的に多忙な軍幹部たちは、意味不明な理由で緊急呼び出しされたことに不満たらたらだった。
それでも、話しているうちに米津が本気で異世界に移行としていることがわかると、やはり止めに入った。
「あの新米たちも危険な目にあったと聞いております! どうか自重ください!」
「ほかの者ならまだしも、軍の元老であらせられる米津元帥がいくこともありますまい」
「何なら代わりに私の部隊が一度様子見を……」
「もちつけおまいら! 落ち着くのじゃ! 招待されたのはあくまでもわしとかあちゃんなのじゃから、わしらがいかなくてどうする。それにのう、わしは死ぬまでにもう一度……『鬼玄公』と呼ばれたこの腕を存分に振るいたいのじゃ。財産の大半は子供たちに残してあるし、これだけの優秀な部下にも恵まれた。わしはもう、いつ来るかもわからぬ寿命を待つのみなのじゃよ」
米津の言葉に、幹部たちは困ったように顔を見合わせた。
彼らと手、米津の邪魔をしたいわけではない。今はもう60近い老将軍や働き盛りの将校も、そのほとんどが米津の薫陶を受けた優秀な教え子たちなのである。
彼らは、米津が日本ではないどこかの土地で、不慮の事故で亡くなってしまうことを憂いているのだ。
だが、沈黙を破って一人の若い将校が前に出た。
「皆様……懸念はもっともかと存じますが、今回は元帥の意向を認めて差し上げてもよいのではないでしょうか」
「まさか……冷泉准将!?」
一人だけ米津に賛意を示したのは、以前見習いたちを率いて異世界での戦いの実験に赴いた若き幹部、冷泉雪都だった。
「その代わり、何かあった時の為に私が同行しましょう」
「いいのか? 下手をすると、こちらに戻ってくることができなくなるのやもしれんのだぞ?」
「確かにその危険性はありますが、この中でなら万が一のことがあっても一番影響が少ないのは私でしょう」
「…………」
「そうか……そなたが来てくれるのであれば、なおの事心強い」
「そのかわり、無事に帰ってきたらもう二度とこのような我儘をおっしゃらないとご約束ください」
「仕方ないのう……」
結局、雪都のとりなしもあって軍幹部たちは米津の異世界旅行をしぶしぶ認めた。
その代わり、言い出しっぺの雪都はお供としてついていく羽目になった。
×××
異世界旅行の為の長期有休が認められた米津は、うきうき気分で自分の屋敷に帰ると、さっそく自分の妻にそのことを伝えた。
「かあちゃん! よろこべ、異世界旅行に行けるぞ!」
「まあ! まーまーまーまー、嬉しいわ! 旅行なんて何年ぶりかしらねぇ! おじいさんったら、ここのところお正月もお盆もずっとお仕事だったもの、仕事が恋人になったんじゃないかと気が気じゃなかったのよぉ!」
「うむ、すまんかった」
妻の米津環は、夫と同じく異世界からの招待状が来ており、一緒に行くことは規定事項になっていた。
彼女自身、つい十数年前までは夫と同じく軍属で、昔は数少ない女性軍人の一人であった。
今はさすがに引退して、夫の伝記小説を執筆しているのだが、今でもきちんと戦うための能力を保有している。
「異世界、そんなところかのう? 今から楽しみじゃ」
「ふふふ、おじいさん。それはのんびり観光できるという意味ではないのでしょう?」
「当然じゃ。なんせわしらは…………暴れに行くのじゃからなぁ!」
そう言って米津は、自室の床の間に安置されている太刀を手に取った。
分厚い鞘から解放された太刀は、まるで水晶のように青く透けており、米津が白髪を一本手に取って刃に吹き付けると――――髪の毛は真っ二つに分断されたのだった。
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