炎の暴走超特急 中編(VS 『火の四天王』モヒカーン)
当初の予定であれば、列車を停止してからハンターたちを動員することで一網打尽にするはずだった作戦は、機関車の故障により走行しながら戦わざるを得なくなった。
その上、この先にある急カーブに差し掛かる前に機関車を停止するか客車を切り離すかをしなければ、10両以上ある車両がすべて脱線し、黒抗兵団第1中隊の大半が犠牲になってしまうだろう。
玄公斎は、半分素人同然の兵士たちを抱えながら、矢継ぎ早に迎撃の指示を出した。
「狙う必要はない、威嚇で十分だ! それよりも怪我をしないことを最優先に考えること! 殴ることだけが自慢の人たちは、むやみに動かないように! 今動いても邪魔にしかならない! けど、あとできっと出番があるから、その時に思う存分暴れるように!」
軍事訓練を受けていない烏合の衆に細かい命令を出しても無駄なので、彼らにはまず大まかな方針を徹底的にわからせる。
幸い、銃弾や弓矢の在庫はたくさんあるので、遠距離攻撃持ちの新人たちには、あくまで敵の牽制を徹底させた。
これがもしきちんとした軍隊であれば、各部隊長に指示するだけで効率よく動いてくれるだろう。
玄公斎は改めて訓練の大切さを痛感したと同時に、果たしてそのような時間があるのかと不安に思えてきた。
(それでも、やらなくちゃいけない。僕たちのせいで味方が死ぬなんて御免だ)
その一方で、後方車両では本格的な交戦が始まっていた。
危険が一番大きい最後尾にベテランたちを集めたのは正解だったようで、彼らはあかぎや智香の指示のもと、近づいてくるモヒカンたちに効率よく反撃していった。
「敵の攻撃は私が防ぐ! お前たちは攻撃に集中するんだ!」
『応っ!!』
「ヒャッハー!! お宝をよこせーっ!!」
「ヒャッハッハッハーー!! ぐちゃぐちゃにしてやるぜぇぇぇ!!」
「汚物はゴミ箱にすてようねぇ!!」
モヒカンたちの装備はまちまちで、ロケットランチャーなどの重火器を装備するのもいれば、斧やこん棒といった近接武器がメインの個体もいる。
その中でも特に注意しなければならないのが、手りゅう弾や火炎瓶を投げてくるモヒカンだ。
「ヒャッハー! くらえーっ!!」
「火炎瓶が後ろの車両に着弾! 消火しろ!」
客車は比較的頑丈にできているが、大部分は木製なので火がついてしまうと致命的なダメージになってしまう。
「敵の重火器に注意しろ! 可能な限り撃ち落とせ!」
「わかった!!」
真っ先に反応したのは、近接攻撃メインなはずのあかぎだった。
あかぎは飛んでくるグレネード弾を見ると、その場で勢いよく刀を振った。
すると、振った刀の先から真空刃が一直線に飛んでいき、直撃コースをとっていたグレネード弾を空中で破壊してしまった。
「驚いた、まるで漫画家アニメのような芸当だな!」
「えっへへ~、ほめられちゃった! おじいちゃんから教わったんだよ!」
「なるほど、私も似たようなことはできるが、原理は全くちがうな。その調子で迎撃を続けてくれ」
こうしている間にも、モヒカンたちはまるで砂糖にたかる蟻のようにあちらこちらから群がって数を増やしている。
智香は堅実に攻撃を防いでいるが、やはりすべてを防ぎきれるわけではなく、たまに客車に攻撃が命中し、そのたびに車体は着実にダメージを受けている。
「智香隊長、車両のダメージが思ったよりも大きい。いずれは後方車両に避難して切り離すことも考えるべきだ」
「……そうだな、貴様の言う通りだ。車両内で待機しているメンバーは順次前方の車両に移らせよう」
智香の横で大きめのスナイパーライフルを構える青年が進言すると、彼女もその意見を受け入れて早めに退避させることを決定した。
前方車両は非常に窮屈になるだろうが、何か間違えて客車が破壊されれば、乗っているメンバーが命の危険にさらされてしまうからだ。
客車内のメンバーに退避指示を出しつつ、敵からの攻撃を結界で防ぐ智香。
順調そうに見えたその時…………前方からとてつもない大きさの炎の塊が飛んでくるのが見えた。
「あれは……!」
智香はとっさに結界の色を「青」から「黒」へと変えた。
それはすなわち、彼女にとっての最大の力を出すことに他ならない。
「全員伏せろ!」
「隊長っ!?」
巨大な火炎弾が結界に直撃した瞬間、衝撃で客車が揺れ、結界で防ぎきれなかった炎の塊がいくつか車体に着火した。
「智香さん!? いったい何が!?」
「あかぎか、あれを見ろ!」
「えっ!?」
智香が指さした先には――――線路のど真ん中を走りながら追いかけてくる、ほかのモヒカンたちの4倍近い大きさの巨大バイクと、それにふんぞり返りながらまたがる身長2メートルを超える巨漢がいた。
「ヒャッハッハー!」
まるで鶏冠のような深紅のモヒカンに、赤みがかったごつい肌、そして飛び出さんばかりに見開かれた大きな目、そして体以上に大きな鋼鉄の大斧。
間違いなく、あれこそがモヒカンたちの親玉なのだろう。
「む、あれは……『火の四天王』モヒカーン! そうか、奴も現れたか!」
「知ってるの智香さん!?」
「知っているも何も、奴は重要犯罪人として指名手配中だ。はっ、飛んで火にいる夏の虫とはこのことだ!」
とはいうものの、今この状態でボスが出てくるのはややタイミングがよろしくない。
列車が停止さえすれば、すぐにでも炎の四天王の首を取りに行けたのだが、今はまだ耐えるしかない。
そんなことを考えながら攻撃を防いでいると、今度は突如として最後尾の客車がガタンとものすごい音を立てて一瞬跳ね上がり、そのまま車体が急激に傾いて大きく上下に震え始めた。
「なっ!? 脱線しただと!? いったい何が!?」
「隊長! どうやら前方車両で倒された賊が線路内に倒れこみ、この客車が乗り上げてしまったようだ! 後ろの台車がレールを外れている」
「みんな早く、客車を切り離すから脱出を急いで!」
運の悪いことに、前方車両で戦っていた敵を最後尾の車両が轢いてしまったらしく、車輪がレールを外れてしまったらしい。
最後尾1両だけなのは不幸中の幸いだったが、早く切り離さなければ前の車両も引っ張られて脱線してしまう。
すでに退避指示を出していたこともあり、黒抗兵団のメンバーたちはあっという間に前方客車へと移動していく。
だが、その間にも敵の攻撃はより一層激しくなり、車両を脱線させるために多くの攻撃が最後尾に集中してきた。
「隊長も早く退避を」
「ダメだ、私はしんがりを務める。あの炎が客車に直撃するのを防げるのは、私しかいないのだから!」
傾き激しく揺れる車両の上では、もはや立っているだけでも精いっぱいだ。
それでも智香は矜持にかけて、最後の一人が逃げ終わるまでその場にとどまり続けている。
その甲斐あって、3分もしないうちにメンバーの退避が完了し、残るは智香だけとなった。
足元の車両は、攻撃を防ぐのが智香しかいないせいで、もはやボロボロだ。
「全員移ったな。よし、私も撤退する」
そして最後に智香が前の車両に移ろうとしたのだが…………悪いことは重なる、いや……おそらくモヒカーンはこの瞬間を狙っていたのだろう。
「ヒャッハッハー!」
巨大な斧をふるって火炎の津波を巻き起こすと、無防備になった最後部車両を直撃。客車は大きく跳ね上がり、智香は大きくバランスを崩してしまった。
「う、うわあぁぁっ!?」
「た……隊長!?」
不幸にも智香は屋根から投げ出された。
彼女はとっさに黄色魔法で斥力を発生させ、地面に激突する前に半重力のクッションで受け身をとった。しかし、乗っていた列車はそのままものすごい速さで遠ざかっていき、たった一人でモヒカンたちの群れの中に孤立してしまったのだった。
「ヒャッハー! 女だ、悪くねぇぜ!」
「イヤッホーゥ、今日は《自主規制》だぜーっ!! ヒャッハー!」
「けだものどもめ…………貴様らの好きにはさせん!」
モヒカンに囲まれてなお、智香は怯むことなく背負った大剣を構えると、彼女を叩きのめさんとするモヒカンたちを、片っ端から剣の腹で殴り飛ばした。
「せいっ!」
「あべし!?」
「せりゃぁっ!」
「うぼあー!?」
雑魚がいくら集まったところで、歴戦の達人である智香にダメージを与えることなどできないのだが、やはり魔術をずっと使い続けていると疲れもたまってくる。
(だいぶ余裕がなくなってきた…………こんな時にあいつがいれば)
一瞬、いまだに追いかけっこをしている腐れ縁の顔が頭に浮かんだが、雑念は振り払って攻撃と回避に集中する。
だが、モヒカンたちを蹴散らした智香が見たのは、少し離れた場所で、両手を広げて極大の炎の球を練り上げる炎の四天王の姿があった。
(まずい! 奴に力を溜める隙を与えてしまったか!)
モヒカーンの攻撃は単調極まりないのと引き換えに、威力はそれなりにあるため、たとえ結界でも真正面から受けるのは危険だ。
だが、もう遅い。
「ヒャーッハーッハアアアァァァァァーーーーーー!!」
まるでかめ〇め波のようなノリで溜めに溜めた火球を放つモヒカーン。
結界を展開するが、もはや大ダメージは避けられないことを覚悟する智香。
(もはやここまでか………………桐夜)
無意識に腐れ縁の男の名前を心の中でつぶやくと…………
ふいに、彼女の前を一人の小さな影が通り過ぎて行った。
「あたしが相手だーっ!」
「あかぎ!? 待て、正面から突っ込むなんて死ぬ気か!?」
青いフード付きコートをたなびかせながら、あかぎが巨大な火球にそのまま突っ込んでいく。
智香が危惧していた通り、あかぎはコンマ数秒後に正面から向かってきた火球に激突、彼女の体を恐ろしい勢いの業火が包み込んだ。
激突した際のフラッシュと、消し炭になったであろう少女の姿から思わず目をそらした智香だったが…………不思議なことにあかぎの気配が消えない。
「……?」
恐る恐る彼女が目を開けば、激突したはずの業火を体の周りに纏うあかぎの姿があった。
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