刹那の抜刀 (VS 落ち斬り)

 エリア8-2アプサラスの保護区――――

 かつてこの地で、翼人たちの信仰の対象となっていた風竜の名を冠するこの高山地帯は、低い土地から見るとほぼ垂直な岩の壁が並んでいるような奇妙な光景が広がり、一定高度より上の方は常に薄暗い雲に覆われてどこまで伸びているか全く見えない。


「お二方……その、本当に大丈夫ですか?」

「うん、あたしはこの空気にもう慣れたよ! 今まで苦しかったのが嘘みたい!」

「私は根性で克服した! 王子様のためなら、空気がなくても立ち上がってやらぁ!」


 高所で一晩キャンプした二人は、昨日とは打って変わって完全に高地に適応していた。

 あかぎはやはり体の適応が著しく速いようで、普通の人間であれば何週間も掛けて慣らしていくところをわずか1日で成し遂げた。

 一方のアンチマギアは気合と根性で何とかしたようだ。


「私の家にあった秘伝書によりますと、反魂香の原料となる薬草は最も高い岩山を登ったところに点在しているようです。しかし、この先は人間はもとより翼人の私でも危険な場所ですから…………気を付けてください」

「危険って? 落石があるとか?」

「それもありますが、この辺りは時折魔獣が出没します。お二人が見ましたように、この辺りは翼の生えた魔獣の天下です」

「そっかぁ、こんなところで戦ったら確かにあたしたちの方が不利かも」

「崖だろうが何だろうが関係ねぇ! 私が気合ですべてぶちのめす!」

「いつもそればっかりだけど、実際何とかなっちゃうからすごいよね……」


 ともあれ彼女たちは、伝説の薬草目指して崖を登り始めた。

 ほとんど壁を登っているような垂直な勾配は、ベテランの登山家であっても音を上げるようなものだったが、あかぎは事前に楽に登れる方法を編み出していた。


「大丈夫です、引っかかりました」

「ありがとっ!」


 まず、翼を持っているナトワールがある程度の高さまで飛んでいき、崖に杭を突き刺して打ち付け、ロープを括り付ける。

 そして人間二人が、垂らしたロープを伝って登っていくという寸法だ。

 念のために海賊船から持ってきた大量のロープがあったおかげだ。


「はぁ……随分登った気がするけれど、まだまだ遠いなぁ」


 登り始めてから1時間ほどが経過し、地上も随分遠くなったが、上の方はまだまだ長く、岩山を覆う雲にすら到達していない。

 どんより垂れ込める雲を見ながら、果たしてあの雲の上にはどんな景色が広がっているのかとあかぎが考えを巡らせていると…………


(ん?)


 ロープを持って飛ぼうとしたいるナトワールの上の方の雲に、一瞬何か光ったのを見た瞬間――――あかぎは無意識に崖を蹴って思い切り上の方に跳躍した。


「えっ!?」


 ガキィン! と、金属同士が衝突する音が響くと、ナトワールが見上げた顔のすぐ目の前で刃と刃が交差していた。

 なんと、雲の隙間から刀を持った何者かがナトワール目がけて急降下してきたようで、彼女を真っ二つに切り裂くはずだった刃は、奇跡的に反応できたあかぎの刃によって弾かれた。

 しかし、無理に守ろうとして後先考えず跳躍してしまったあかぎも、衝突の勢いを殺しきれず、その場でふらついてバランスを崩し…………頭が地面の方向を向いた。


(まずい!!??)


 自分でも訳が分からないまま迎撃したせいで、その後の制御が効かなくなったあかぎは、このまま地面まで真っ逆さまに落ちていく……と思われたが、今度はギリギリのところで足首をアンチマギアに掴まれた。


「ふぁいとおぉぉぉぉ!! いっぱあぁぁぁぁっ!!」

「ま、マギアちゃん!」


 何とか落下を免れたあかぎは、ようやく空から落ちてきたのが何かを見ることができた。

 あかぎの刀に弾かれてはるか下の高度まで落ちてようやく止まったのは、短く刈りそろえた黒髪に、目にゴーグルをつけた半裸の翼人男性だった。

 彼が何者なのかは定かではないが、男はもう一度先ほどの攻撃をお見舞いする気なのか、一度滑空して体勢を立て直すと、傘の様な柄を持っている刀を持ったまま、再び上空へと向かおうとしていた。


 一度は奇跡的に防御し、奇跡的に体勢を整えられたが、もう一度あの攻撃を防御できる保証はない。

 そう考えたあかぎは、またしても奇抜な手段に出た。


「マギアちゃんごめん、もう少し足を持ってて!」

「お、おう……なにする気だ?」

「おじいちゃんからもらったこれを使う!」


 あかぎが懐から取り出したのは、4つの返しが付いた金属フックが取り付けられている黒色のワイヤーロープだった。

 元々は玄公斎の愛用品だったが、山を上り下りする際に役に立つだろうということであかぎに手渡されたものだ。


 あかぎは逆さまになりながらも先端のフックが付いた部分を勢いよくぶん回し、今まさに上の方に戻ろうとしている翼人の男めがけて放った。


「!?」


 ロープは見事に翼人の足に絡みつき、上昇しようとしていた翼人の動きを止めた。

 翼人は刀で脚に絡まったロープを切断しようと試みたが、頑丈すぎて刃が通らない。

 その間にも、あかぎが巻き付いたロープを力いっぱい手繰り寄せ、必死に羽ばたこうとしている翼人を徐々に引き寄せていく。


 このままではどうにもならないと考えた翼人は、乾坤一擲、その身を再び自由落下に切り替え、あかぎを支えているアンチマギア目がけて再び急降下攻撃を仕掛けてきた。


「やべっ!? こっちくる!?」

「まかせてっ、こんなときは…………こうするのっ!」


 あかぎには翼人の行動は読めていた。

 いや、読めていたというよりも、いくつか事前に行動パターンを幾つかシミュレートしており、そのうちの一つに当てはまった。


 足に絡まったロープを思い切り横に引っ張り、遠心力で相手の軌道を無理やり逸らすと、なんとあかぎはロープを躊躇なく手放してハンマー投げのように放り投げたのだった。

 まさかロープを手放すとは思っていなかったらしい翼人は、足にロープが絡まったまま減速することもできずに地面に向かって落下していき…………十数秒後には崖下に赤い染みを作ったのだった。


「ふぅ……あぶなかった」

「だ、大丈夫ですかぁ……? お怪我などは?」

「あー、私たちは何ともない。それよりもあかぎ、早くロープを掴んでくれ。そろそろファイト限界だ……」

「ごめんごめん」


 危ないところであったが誰一人としてケガすることはなかった。

 唯一気がかりなことは、玄公斎が愛用していたワイヤーロープを崖下に投げ捨ててしまったことだが、どうせこのようなところにはめったに人は来ないだろうから、降りてくるときに回収すればいい。

 三人は気を取り直して、崖のぼりを再開したのだった。



 ×××



 休憩しながら登ること半日…………三人は真っ白な雲の中を抜け、ようやく頂上が見える場所までやってきた。


「うわぁ……すごいすごーい!」

「こりゃあすげぇ……雲の上に綺麗なお花畑があるぞ!」


 目の前に広がる景色に、二人は思わず息をのんだ。

 まるで海のように眼下に広がる白い雲と、その中に島のように点々と浮かぶ岩山の頂。

 そして、頂上に広がっている色とりどりの花が咲き誇る美しい花畑…………

 ここが天国だと言われても、思わず納得してしまいそうなほどの美しい景色だった。


「あーもうくたくたー! でも、なんだか心地いいかも!」

「あぁ……私もなんだか眠くなってきた……」

「お疲れ様です、お二人とも。ここが私たち翼人の聖地、アプサラスの保護区です」


 不思議なことに、この辺りは花が咲いている影響か地上よりも空気が濃く、咲き誇る花々に癒しの効果があるからか、寝転がっていると登山の疲労が一気に抜けていくように感じた。


「こんなところでピクニック出来たら最高かも……」

「そうさな、私だったら王子様とデートに…………! いっけねぇ! 反魂香、忘れるところだった! おらっ、とっとと材料探すぞ!」

「えぇ~、せめてお昼食べてからにしようよー!」

「人間はなぁ、1日くらい飯食わなくても生きていけるんだよ!! それに王子様だってなぁ、メシ食わねぇで待ってんだぞ!」

「うぇーん、お腹すいたよー!!」


 こうして3人は、休む間もなく薬草探しに向かっていった。




 …………が、その様子を遠くの山頂から眺める人影があった。


「あらまぁ、久しぶりに来てみれば…………人が来るなんて珍しいわねぇ。さて、どうしようかしら。おいたをするようなら、ちょっとお仕置きしてあげなきゃ」


【今回の対戦相手】落ち斬り

https://kakuyomu.jp/works/16817139557628047889/episodes/16817139557744242109

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