ブラックボックス

 あかぎたちがアプサラスの保護区で登山に奮闘している頃、米津夫妻は一足先にクリアウォーター海岸にある集会所に帰還し、依頼人の目的だったブラックボックスを手渡した。


「これはヨネヅ様!! 船がレーダーから消えた時はもう助からないと思っておりましたが、きちんと任務をこなしていただけたとは! その上、あの大震洋に跋扈する荒くれの魚人たちまで退治するとは、流石です!」

「うむ、久々にいい運動と刺激になった。さび付いていた戦い勘もだいぶ戻りつつある」

「しかし、あのお嬢さんや海賊たちは?」

「あの子たちは、船長さんがなくなった王子様に惚れて、生き返らせるために反魂香の材料を取りに行っておりますわ」

「左様ですか……若い子ばかりで大丈夫なのでしょうか? 少し心配になりますが」

「なぁに、あの子を鍛えさせるにはこれくらいの試練が丁度良い」

「…………」


 まだ若い女の子を死の危険がある場所へ手助けもなく送り出すのは、流石にどうかと思った依頼人の軍人だったが、それより今はブラックボックスの中身の方が気になる。

 インベントリから取り出されたブラックボックスは、すぐに彼らが駐在していた基地に持ち込まれ、そこでデータの解析を行うこととなった。

 ただし、データの解析結果が出るには数時間ほど必要なので、その間に玄公斎は集会所の受付に、今回の任務で新たに発見されたことを報告した。


「大震洋の向こう側に、未知のリージョンを発見したと……!?」

「ああ、地図にものっとらんかった、火山を擁する列島があった。しかもそこには強力な「鬼」が住み着いているようでな。近づかぬ限りは無害そうじゃったが、それでも起こした風で船を吹き飛ばすほどの力を持っておった。討伐するとなれば、相当な準備をせねばならんじゃろうな」

「私も見ましたよ。あれは本来、人間が何とかできる範疇のモノではないと思うのだけど、いずれは鬼退治の必要があるかもしれないわ」

「そ、それは一大事だ……すぐに中央に知らせないと! 教えてくださってありがとうございます!」


 玄公斎が発見した、大震洋の向こう側にあるまだ見ぬ地の情報は、集会所に勤める職員たちに衝撃をもたらした。

 この地は、ほかのエリアに比べて安全だと知られていたが、場合によってはその安全性が揺るがされる可能性がある。


 未踏破地域の発見の情報は、直ちにアクエリアスの役所から中央の行政府に伝達され、そこで急遽、セントラル代表委員会の緊急課題として取り上げられることとなった。

 ただ、ことがことなのか、その情報の真意を確かめるべく、セントラル代表委員会から米津たちの所に一人の男が派遣されてきた。


「千階堂だ。久しぶりだな、爺さん婆さん」


 やってきたのは、きっちりとしたビジネススーツに身を包んだ壮年の男性、セントラル代表委員会委員の千階堂輝峰せんかいどうてるみねだ。


「千階堂殿か……ご足労すまないのう」

「いや、俺もこの国の政治を担う者として、放っては置けないからな」

「新しい土地の証拠はこれよ。少し遠いけど、そこに住む脅威についてはしっかり映っているわ」


 環が千階堂に見せたのは、船の上から撮った写真と、その時の船の位置を示す航路情報だった。

 写真には島の様子は遠くにしか映っていなかったが、その島の空を覆うようにでかでかと顕現している褐色爆乳鬼女のインパクトは、流石の千階堂をも唖然とさせた。


「な……なんだこりゃ。島よりはるかにデカい、怪獣みてーな爆乳チャンネーが……」

「映っているのはあくまで闘気オーラで、流石に本体は島よりはるかに小さいはず。逆に言えば、これだけの闘気を出せる存在が、この地に棲んでいるということでもあるわ」

「ああ、それとじゃな…………今ちょうど、あのあたりの海域を探索した末に轟沈した潜水艦のデータが復元できるそうじゃ。一緒に聞いてみるかね? 何やらとんでもない情報が入っている予感がするぞ」

「おいおい、この上さらにサプライズがあるのかよ。俺の心臓に毛が生えてなかったら、心臓まひで死んでたところだぜ」


 千階堂がさらっとぼやくが、彼の目は笑っておらず真剣そのものだった。

 彼は米津たちとともに、潜水艦のブラックボックスから解析されたデータを確認した。

 そこに記録されていた事実は、玄公斎たちの予想をはるかに上回る、とんでもないものであった…………


 ブラックボックスの内容:https://kakuyomu.jp/works/16817139557550487603/episodes/16817139558054662360



「そうか……古代の深海竜の生き残りか。一時期は宝の噂なども聞いたものじゃが、こちらも人の手に負えるものではないな」

「そうねおじいさん。深海に向かう大型潜水艦が、水流と轟音で破壊されてしまうなんて、私の力をもってしても厳しいかと」

「これはしばらく保留じゃな。もしかしたら、わしら以外の者が退治してくれるやもしれないが、そのような都合のいい話があるかどうか」

「流石に爺さんたちでも無理か?」

「用意が全く足りぬ。討伐手段は一から構築せねばならんからな」


 その後の調査により、潜水艦が相手したのは古代の竜の生き残りの1体である『深棲竜ネメシス』であることが判明した。

 海竜は大昔このあたりに住んでいた人々の守り神であり、海底にあった神殿は海竜をまつるために建てられたものなのだろう。

 そして今は、あのあたりの島々に棲む魚人たちの崇拝対象となっているようだ。


 もっとも、ブラックボックスの音声を聞いた限りでは、余り威厳のある個体ではないようだが――――かの竜が放つ大津波と轟音は、海の中で回避できる攻撃ではない。


 こうして、米津たちにより発見されたあらたな脅威はたちまちハンターたちに知らされ、それと同時に討伐報酬も設定されることになったという。


※今回出演のNPC:外務委員 千階堂 輝峰

https://kakuyomu.jp/works/16817139557814115257/episodes/16817139557819034473

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