デモンストレーション

破滅の竜歌 (深棲竜ネメシス VS NPC)

※ここからはデモンストレーションになります。

 ボスたちがどんな生態をしているのか、犠牲者の皆さんの視点から覗て見ましょう。



 大震洋の奥深く、大荒れの海面からはるか遠く潜った深海の海溝に、その建物は佇んでいた。

 まるで古代の遺跡を思わせる大理石造りの神殿のような建物。そこに、一隻の大きな潜水艦が殆ど音を立てることなく近づいてきた。


「見つけた…………噂は本当だったのだな」

「やりましたな、キャプテン。しかし、随分と大きな建物ですな」


 魔力潜水艦『エスパダティン』の艦長と副長は、操縦室のモニターに映る目的のものを見つめて思わず感嘆の声を上げた。

 彼らの乗っている異世界技術の結晶たる魔力潜水艦は全長約100メートル、幅だけでも10メートル以上とまるで10階建てのビルを横倒しにしたくらいの大きさがあるというのに、目の前の神殿は入り口だけでも潜水艦が余裕で入っていけるだけの広さがあった。


「しかし、建物はあってもはどうかな?」

「ここまで来て中に何もありませんでしたでは、大赤字どころの話ではないですからね」

「上にいる陽動部隊との交信も途絶えた。彼らも義務を果たしたようだしな。彼らの犠牲に報いるという意味でも、失敗は許されん。偵察艇を分離させ、罠がないかどうか確認させるのだ」


 潜水艦乗りたちは、もともと別の世界から来た人間で、今はとある金持ちの依頼で「海洋神殿」に存在すると噂される財宝の探索に来ている。

 このあたりは凶暴な魚人族マーメイドのテリトリーでもあるため、潜水艦であったとしても無傷では済まないという判断から、海上では別の使い捨ての傭兵たちが囮に使われている。

 何も知らされていない彼らは、古い軍艦で大しけの海に放り出されいる。

 いくらごろつきと変わらない傭兵と言えど、自分たちの作戦のために人命が失われていると思うと、気楽という訳にはいかない。


『こちら1号、前方異常なし』

『2号、こちらの道は行き止まりのため、引き返します』

『3号は下へと続く通路を発見、この先は縦の通路となるため、潜水艦の通行は不能と思われます』


 先行させている4人乗りの偵察艇3隻からの連絡を聞きながら、潜水艦はひたら暗闇の中を進んでいく。神殿の中は迷路と言うほどでもないが、通路があちらこちらに伸びており、どこに罠があるか、敵対生物がいるかわからない。

 しかしそれ以上に――――


「この建物……このような深い海に、一体だれが何のために?」

「まるで人ならざる者が組み上げたような、そのような気分になりますな」


 一抹の不安をよそに、先行する偵察艇は魔獣に一切遭遇することなく奥へ奥へと進んでいった。

 そして、探索開始から30分後――――下の階層に潜っていた「3号」潜水艇から、興奮した声の通信が入ってきた。


『こちら3号! なにか、何か人の様なモノがいます』

魚人マーメイドだ…………あれは、魚人! なんと美しいのだ!』


「おお、よくやった。もしやここが、あの害悪の魚人たちの本拠地かもしれん」

「それか、彼らの財宝の隠し場所。いるのは財宝の番人……と言ったところでしょうか」


 3号からの遠隔通信が入り、母艦のモニターに様子が映し出されている。

 そこには、ほかの魚人とは比べ物にならないほど神秘的な女性が、開いた巨大な貝の中で眠っていた。

 青い長髪に、青い鱗。足がない代わりに、魚類の下半身が露わになっており、おまけに服を着ていないため非常に扇情的だった。


『……対象、睡眠中を確認』

『へへへ、好都合です艦長。とっ捕まえて手土産にしますんで、その代わり俺たちに1番先に使くださいよ』


「貴様ら、油断はするなよ。なにせ相手は手ごわい魚人なのだから……………うん?」


 ここで艦長は、モニターに映し出される魚人の女性に違和感を覚えた。

 なぜなら、魚人にあるはずのない銀色の角が2本と、顔に鰭の様な器官がある。


(まさか、あれは……………!)


 艦長は慌ててマイクをひったくると、3号の乗組員を怒鳴るように警告を発した。


「お前たち! それに近づくな! 急いで母艦に戻れ!」

『艦長? いったい何を言って…………あ、あの魚人! こっちに気が付いたみたいです!』


 3号の乗組員たちは特殊な対水圧スーツを着て潜水艇から乗り出し、今まさに捕縛道具や武器で魚人ににじり寄ったところで、魚人の女性は目を覚ました。

 そして、彼女を捕えようとしていた潜水服の男たちを見て見る見る顔が青ざめる。


――――こないで!』


 次の瞬間、3号体のモニターには女性を中心に水流の乱れが生じるのが映る。

 そして、あっという間に包囲していた乗組員たちがモニターから消え、3号からの通信もまるで偵察艇自体が押し流されたかのように画像が乱れた。


「くそっ! やはりあれは魚人なんかではない…………伝説の竜だ! 3号! 繰り返す、それは偵察艇で対処できる相手ではない、今すぐ引き返せ!」

「し、知っているのですか、艦長!?」


 3号に繰り返し引き返すよう怒鳴る艦長。

 そう、彼の言う通り……神殿の奥地にいた女性は魚人ではなく「竜」

 それも「海竜サーペント」と呼ばれる、海を操る能力を持つという伝承がある極めて危険な種族である。


「噂には聞いたことがあるが、単なる都市伝説だと思っていた。しかし、まぎれもなくあれは本物………、……っ!!??」

「うわああああぁぁぁ!!」

「水圧急上昇! 潮流急加速! これは、巨大な津波です!」

「固定装置を出せ! 流されるぞ!」


 3号を襲ったとみられる激しい水流が、時間差で魔力潜水艦を襲う。

 潜水艦は暴力的な水の流れに翻弄され、激しくシェイクされながら神殿の壁や床に叩きつけられる。

 乗組員たちは慌ててアンカーを下ろし、これ以上潜水艦が押し流されないようにする。


「3号! 聞こえるか、返答せよ!」


 艦長の叫びもむなしく、3号からの返答はない。

 その代わり、モニターのスピーカー越しに、女性の声が聞こえる。


『そんな危ないものを持ってはいけません……け、喧嘩はダメです! ここは……へ、平和的に話し合いましょう!』


「む……話し合い、だと」


 艦長は海竜の意外な言葉に、ほっと胸をなでおろした。

 竜を怒らせてしまったら、どのような恐ろしい事態になるか想像もつかない。

 だが、向こうはこちらを一方的に攻撃する意思はなさそうで、しかも平和的に交渉しようと持ち掛けている。


(上手く交渉すれば、隠している宝などを分けてもらえないだろうか)


 竜の噂が正しかったとするならば、竜は宝を溜め込む性質があるという噂も間違いではないかもしれない。そう判断した艦長は、何とかして交渉を試みられないかと思案し始めた。


 しかし――――


『そうです! へ、平和が一番です……で、でで、ですからっ! あたしの歌をきけええぇぇぇぇぇぇ!! ■■■■■ーーーーーー!!!!』


 瞬間、とてつもない轟音と共に3号のモニターからの通信が途絶。

 神殿の奥の方から、地鳴りのような音と、星全体が震えるような揺れが伝わってくる。


「!!?? 総員っ、対ショック姿勢っっ!!」


 本能的に危機を察した艦長は防御を指示したが、それは無意味だった。


 先ほどよりも激しい濁流、この世のものとは思えない悪魔の叫びのような轟音、そして巨大な渦巻きが発生。

 アンカーの固定もむなしく、魔力潜水艦エスパダティンは船体のあちらこちらがひしゃげながらどんどん流されてゆく。


「機関損傷! そ、操舵不能っ!」

「水圧が耐久限界を超えています! 各ブロックで浸水発生! ダメージ箇所が多すぎる!」

「偵察艇3号通信途絶! 1号、2号も反応がありません!」 

「もうだめだ、おしまいだぁっ!!」

「……っ! まずい、これ以上損傷したらリアクターの魔力炉がメルトダウンを起こす! そうなれば一巻の終わりだっ!」


 何とかしなければ船が爆発してしまうことはわかっている。

 だが、海竜の激しい攻撃で潜水艦は、まるで水洗トイレに流されるかのようにきりきり舞いにされていて、とても操縦できる状態ではない。


「リアクター損傷! 魔力炉圧力が下がりません! 艦長っ!!」

「…………もはや、これまでのようだな。故郷の技術の結晶、海の支配者たるべき最強の魔力潜水艦エスパダティンが、まさか初陣で命を落とすとは。ならばせめて、後進たちに……我々の足跡を残し…………妻よ……」



 損傷限界に達した魔力潜水艦エスパダティンは、魔力炉の暴走により内部から爆発四散した。

 リアクター部の爆発により、積載していた対魔獣用大型魚雷に引火し、二度目の大きな爆発が起きる。

 こうして、宝を求めた男たちの野望は、海の底で粉々に砕け散ったのであった。


 潜水艦の破片は激流と轟音でさらに粉砕されていったが、唯一ブラックボックスだけはその頑丈な作りによって破壊を免れ、神殿から立ち上る渦潮に混ざってはるか上の海面目指して浮き上がっていった。

 ブラックボックスには潜水艦の最期までのデータと、艦長の遺言が収められているのだろう。




「また、誰もいなくなっちゃった。今度こそ、友達ができると思ったのに……やっぱりあたしが引きこもりだから、嫌いになっちゃったのかなぁ?」


 神殿の最奥にある部屋で、海竜……深棲竜ネメシスは気持ちよく一曲歌いきったものの、いつの間にか人間たちが跡形もなく消えたことでため息をついた。

 ネメシスは臆病な性格で、歌が大好きな平和的な性格をしているのだが、彼女は海に破滅をもたらすほどの音痴であった。


 ネメシスの超絶破壊力の歌唱により、目の前にいた3号の乗組員や偵察艇は、すさまじい爆音波で破壊され、塵ひとつ残らなかった。

 歌に夢中になっていたネメシスは、まさか自分が殺したなどと夢にも思っておらず、嫌われて帰ってしまったと思い込んでいるようだった。


「いつかあたしにも……友達ができるといいなぁ。よしっ、もう一度寝る前に歌の練習をしておこっと☆」


 こうしてネメシスは、もうひと眠りする前に再び地獄のような歌声で歌い始めた。

 海は荒れ狂い、竜巻が発生し、激流がすべてを押し流す――――


 彼女はまだ、自分の歌声のせいで真上の海「大震洋」が常に大荒れになっていることを知らない。

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