降り注ぐ屈辱 (ハルカナッソス VS NPC)

 エリア8 ミナレットスカイ――――

 大陸最高峰の山々を擁する大地で、ひときわ大きく悠然と聳える霊峰「王冠山脈」を前に、立派な衣装をまとい、宝石がちりばめられたティアラを付けた若い男が立っていた。


 彼は、こことは別の世界から来たとある国の王子であり、異世界でも自らの王国の名を挙げるために、部下の騎士たちと共に遠路はるばるやってきたのだった。


「部下たちの様子はどうだ?」

「はっ……状況はあまりよくありません。兵士たちの半分以上は高山病と思われる症状に苦しんでおり、騎士たちも鎧を着ての行軍は非常に辛い様子。このあたりでいったん陣を構え、身体を高地に慣れさせながら進むのが賢明かと」

「わかってはいたが……何という険しい地形だ。しかし、村人たちのために……そして、あの翼人カナーンの娘のためにも、我々は進まねばならない」


 標高4000メートル弱、低木しか生えないような高地では、いかに精鋭の兵士たちと言えども体力の消耗は激しかった。


 王子が連れてきた部下たちは、騎士団長を筆頭に屈強な騎士が200名と様々な武器で武装した精鋭兵1000名。これだけいればちょっとした戦争もできるくらいの兵力になるが、彼らの目的は戦争ではなく、無法者の討伐であった。

 王子は旅の途中で翼人自治区に立ち寄り、そこで無法者の襲撃で壊滅状態に陥った村を見た。

 住人の数少ない生き残りの娘が、果敢に戦った父親と母親が戦死してしまったことで嘆き悲しんでおり、それを見過ごせなかった王子が彼女の仇を取ることを誓ったのだ。


 彼らの討伐対象は「輝く翼のハルカナッソス」と呼ばれる翼人とその取り巻き立ち。

 彼らは王冠山脈の山頂付近を塒としている無法者で、時々翼人や人間の集落を襲撃して、略奪や殺戮の限りを尽くすことで恐れられている。

 一度はセントラル上空にも出現したことがあるようで、まだ対空装備が発達していなかった首都防衛隊は手も足も出なかったようだ。


 そんな連中を相手にするのだから、王子たちは相手が無法者だと油断することなくしっかりと装備を整えてここまでやってきた。

 とはいえ、ハルカナッソスの一味が屯する場所は遥か標高20000メートルの山頂付近。そこまでたどり着くには専門的な装備が必要になり、ましてや武器や鎧を持ち込むなどほぼ不可能だ。

 それでも彼らは、対象をおびき出すためにも、出来る限り近付いていかなければならないのだが――――




「グワァッ!?」

「っ!!??」


 突如、騎士団長の背中に何かが突き刺さり、鎧ごと彼の身体を貫通――――騎士団長は息絶えた。

 驚いた王子たちと騎士たちが、物体が飛んできた方向を見れば、そこには空を悠々と飛ぶ翼人たちの姿があった。

 そして、その中でもひときわ目立っているのが、茜色に輝く非常に綺麗で大きな翼をはためかせた、銀髪ショートカットの女性翼人……すなわち、討伐対象たる「輝く翼のハルカナッソス」だ。


 騎士団長の身体を貫いて大穴を穿ったのは、彼女が数百メートル離れた場所から投擲したミスリル銀製の斧槍ハルベルトだった。

 あれだけの距離があっても正確に人体のど真ん中を貫く精密さもさることながら、団長を貫いたはずの斧槍は、ビデオの巻き戻しを見ているかのように彼女の手元に戻っていた。


「はーーーーっはっはっはっはーっ! 何かウロチョロ這いずり回ってるねぇ! 翼を持たない生き物風情が、こんなところまで何のごようかな~? そこに山があるからさってやつ~?」

「「「あっはははははは!!」」」


 ハルカナッソスは、見た目はとても美人で、アイドル顔負けのはっきりした美しい声の持ち主だった。

 にもかかわらず、せっかくの美しい顔は人を馬鹿にするような笑みで歪み、その美しい声からは聞くに堪えない下劣な罵詈雑言が飛び出してくる。


「さては貴様らが…………悪名高い『輝翼の一味』か! あの娘の村や両親のみならず、卑劣なだまし討ちで騎士団長まで手に掛けるとは…………! レイングラット王国王子の名のもとに貴様らを――――」

「王子! お下がりくださ……ぐわああああぁぁぁ」


 威風堂々と名乗りを上げる王子だったが、直後に重装騎士たちが王子をかばうように前に出て、分厚い盾を構えた。

 しかし、彼らが盾を構えて防御姿勢を取ったにもかかわらず、ハルカナッソスの周囲にいる取り巻き10数名が投擲した投げ槍や大きな石が騎士たちを粉砕してしまう。


「おのれ! 弓隊、銃兵隊、構え! 奴らを撃ち落とせ! 魔法も出し惜しみするな!」


 メイン盾たちがあっという間に粉砕されたことで、流石の王子も身をかがめざるを得ず、反撃のために弓や銃を装備している兵士や、魔法兵たちに射撃を指示する。


 弓を持つ兵士たちは、故郷の王国の中でも選りすぐりの長弓の達人ばかりであり、銃兵も狙撃に自信がある者たちばかりであった。

 にもかかわらず、彼らの矢や弾丸はおちょくるように飛び回る翼人たちにかすりもしない。

 空を飛んでいる目標を撃ち落とすのが難しいのは当然だが、彼らは術で下降気流ダウンバーストを発生させることができるので、飛び道具は彼らのところまで届かないのだ。


「あっはっはっはっはっは! ぶぁぁぁあ、かっ! 地を這うだけの糞共が、翼人相手に当てられる射撃がこの世にあるかよ! ま、でもそのバカなりの努力は認めてやんよ。ってなわけで、これはハルカちゃんたちからのプレゼントだっ♪」


 そう言ってハルカナッソスは、どこからかやや小ぶりな白い卵のようなものを取り出すと、ほかの仲間たちと共に兵士たち目がけて投げつけた。


「くっ、よけろ!」


 先ほどから投げられるものが盾すらも砕く威力だったため、王子派兵士たちに回避を指示する。

 ところが、回避できなかった兵士に卵が直撃しても、強い衝撃を受けるだけで死にはしなかった。

 しかし…………


「な、なんだこれは!? くさっ!?」

「うわあぁ……ねとねとする!? しかもなんという匂いだ!?」

「糞だ! これは、翼人たちの糞だ!」

「ひいいぃぃぃぃ!!?? 吐き気がするぅ!?」


 衝突して割れた卵の中から出てきたのは、強烈な臭気を放つべとついた白い液体だった。それはまさしく、巨大な鳥の糞であった。

 まさかの糞による爆撃で、その場にいる兵士や騎士たちはたちまち阿鼻叫喚の混乱状態に陥った。


「おのれ! このような攻撃、卑怯だぞ! 正々堂々、降りてきて戦え!!」


「はぁ~? 何いきり立ってんの~?  罵られて股間がいきり立ったわけ~?」

「うっわ、クソ塗れで興奮する性癖でもあったの? キモーイwwww!」

「クソ陰キャどもの声は小さすぎるな~www。こんなところにいたら聴こえないから、もっと近くで聞いてやんよ!」


 さんざんバカにされた王子たちだったが、ハルカナッソスたちは何を思ったか、地上への突撃の構えを見せ始めた。


(言わせておけば…………だが、これはチャンスだ! 奴らは油断して接近戦を挑んで来ようとしている!)


 屈辱をぐっとこらえ、王子は部下たちに対して武器を構えさせて対空防御の陣形をとった。

 彼らが接近してきたところで、弓や銃、魔法を一斉に射撃し、騎士たちが剣や槍出止めを刺す……つもりであったが、ハルカナッソスたちが律儀に彼らの思惑に嵌るわけがなかった。


「ほーら、まずはこれでも喰らえーっ!!」


 ハルカナッソスがはるか上空から斧槍を投擲する。

 曲線を描いて放り投げられた斧槍は、驚くことに空中で徐々に分裂し、地上の騎士たちに迫るころには30本以上に増殖して一気に降り注いだ。


「ぎゃああぁ!?」

「うぐっ!?」


「なんだなんだ、一体どうなって―――うおっ!?」


 防御陣形をズタズタにされ、訳が分からなくなっているところに上空から光が一閃、兵士たちのど真ん中に直撃し、数十人の兵士がボウリングのピンのように豪快に吹っ飛んだ。

 なんと、突っ込んできたのはハルカナッソスそのものであり、兵士たちは迎撃する余裕さえ与えられないうちに、地上で振り回される斧槍の餌食となった。


「あっはっはっはっはっは! よっわ! ザッコ! これでよく地上に降りてこいだなんて言えたね! もうキミたち生きてる価値ないよ、汚物製造機ども!」


「ひゅーっ! さすがはリーダーねっ! アタシらもリーダーに続くよ!」

「はぁい糞袋ちゃんたちー! そのみじめな体に立派な穴をあけてあげますからねー!」

「ヒャッハー! その澄ました顔を絶望に染めてやるぜ!」


 ハルカナッソスが崩して大混乱に陥ったところに、満を持して仲間たちが一斉に突入した。

 彼らの飛行速度は音速を越え、特殊な風で防護している仲間以外の生き物は、近くを通過しただけでも衝撃波によってズタズタにされてしまう。

 こうなってしまっては、もはや一方的な殺戮でしかなかった………


「ふーっ、王国の騎士団とかいう善良な市民から大金を徴収する詐欺師集団の極悪人どもは見事に滅びた! 良いことした後は気持ちいいね!」

「リーダー! あそこにまだ動く奴が残ってますよぉ! どーするー?」


「う……うぅ」


 王子とその護衛の騎士団は、王子だけを残して一人残らず死亡した。

 そして、王子はハルカナッソスにわざと生かされたとはいえ、身体のあちらこちらに傷を負っていた。

 まだ立ち上がる気力はある。だが、その心はもはや折れかけていた。


「よーし、じゃあこいつらにあの世への手向けをプレゼントしてやろうじゃないか!」

「あははははは! 誇り高き騎士団は、糞まみれで死にましたなんてオチ、サイコーじゃない?」

「誉は糞でしにましたー、なーんちゃって♪」


 そんなことを言いながら、ハルカナッソスとその一味は尻からひりだした卵を、騎士や兵士たち、そして呆然とする王子目がけて散々に投げつけまくった。

 血で真っ赤に染まった地面や死体は、たちまち彼らの糞によって白く塗りつぶされ、彼らの死後の名誉は凌辱しつくされたのだった。


「…………」


 ハルカナッソスたちが飽きてその場から飛び去った後も、ただ一人残された王子は心を失ったかのように呆然と虚空を見つめていた。

 だが、暫くして落ち着きを取り戻すと、戦いの最中に落として無残に糞まみれにされた立派な剣を手に取った。

 

「このような無様な敗北を晒すなど、王国の恥…………父上、騎士たち……私は、この命をもって詫びよう」


 そう言って王子は刃を首に当てると、自らの首を刎ねたのだった。

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