危機
危機の兆候 A
どこまでも広がる花畑の中に、ポツンと一つロココ調様式の東屋があった。
戦神ユリスが東屋で紅茶を啜りつつ読書に興じていると、そこにどぎつい蒼の法服を纏い、黒い長髪に尖った耳を持つ女神が現れた。
「……世代上とはいえ、戦神が創造神を呼びつけるとは、失礼だと思わないのでしょうか」
「あら、逃げずに来れたのねスィーリエさん、偉いわ。さ、お茶を淹れてあげるからお掛けなさい」
「いえ結構、あなたと違って私は忙しいので」
黒髪の女神――――スィーリエは、一見大上段に構えているものの、その態度に余裕がないのがバレバレだった。
内心では一刻も早く帰りたい気持ちでいっぱいだったが、目の前の戦神の心証を損ねると、何をされるか分かったものではない。
(もっとも、この時点ですでに心証はボロボロであったが)
「上から聞いているわ。スィーリエさん、あなた…………リアさんの世界にちょっかいかけているらしいじゃない。やむ終えない場合以外、ほかの世界に神様が干渉するのは禁止というルール、優秀なあなたなら忘れたとは言わせないわよ」
「それは…………誤解です! 私はあくまで、あの子が開けた「孔」がほかの世界に悪影響を及ぼすのを未然に防ごうと!!」
(この期に及んでこの戦神は何をバカなことを!! 未熟なあの子のせいで、私たちが迷惑していることがわからないのかしら!!)
表向きはユリスに対して釈明をするも、その裏では世代的に大先輩たるユリスを「面倒な老害」としか思っていなかった。
創造神スィーリエは、女神リアの数世代先輩にあたる「創造神」であり、一時期は同世代の頂点に立ち、ゆくゆくは神々の中でも上位の座に至るであろうと期待されていた非常に優秀な個体であった。
しかし、いざ創造神としていくつかの世界の統治を任されると、その大半が失敗に終わり、最終的に滅ぼしてしまった世界は100以上にも上った。
スィーリエが失敗を繰り返す原因は、彼女のあまりにも高潔で完璧主義な性格ある。
この女神はとにかく「完璧な世界」にこだわるため、少しでもいびつな文明の存在を認めず、特に生命が下等な欲求を持つことを何よりも嫌った。
それゆえ、大半の世界は彼女の「要求」に耐えられず、消去されてしまうのだ。
当然そんなことばかり繰り返していれば、ほかの神たちからも白い目で見られることになるのだが、元からプライドが高いスィーリエは、自分のやり方が間違っていると絶対に認めなかった。
「なるほど、釈明はそれだけ?」
「ですからユリス様! 間違ったことをしているのはあの子……リアの方だと、何度言ったら分かるのですか!」
「そんなこと言われても、
「っ!! どいつもこいつも……どうしてリアだけを庇って、私ばかりが……!」
「あのねぇ、あなたがやってるのは単なる後輩への嫉妬、いじめでしかないの。庇うだとか贔屓だとか、そういう以前の問題なのよ」
「ユリス様!! い、いくらなんでもあんまりです! 優秀な創造神たるこの私が、嫉妬などという低俗な感情で動くはずがありません! 私は! 神族の未来のために、悪い目は今のうちに摘んでおくべきだと申しているのです!」
(もう手遅れね、この子。上層部もどうしてこうなるまで放置していたのやら)
ただの嫉妬と言われて、怒りながら丸テーブルをバンバン叩くスィーリエを前にして、ユリスは心の中であきれ果てた。
この女神は自尊心が高すぎる上に、精神があまりにも幼すぎる。
おそらく、女神となる過程においてあまりにもちやほやされすぎ、しかも優秀すぎたせいで失敗や挫折を全く経験してこなかったからこそ、初めて困難に直面した時の対処法が全く分からないのだろう。
そして、彼女をこのようになるまで全力で甘やかした高位の創造神たちが、いざ手が付けられなくなったとわかると、自分に始末を丸投げする性根にダース単位で罵声を浴びせてやりたくなった。
「とにかく、警告で済んでいるうちに手を引くこと。さもなくばこの戦神ユリスが介入することになる。それがどんな結末を招くか、言わなくても分かるわよね」
「しかし……!」
「なに? それとも今ここで討滅されたい? 上の顔に泥を塗るからあまりやりたくないのだけど、権限自体は持っているわよ。わかったのなら、もう帰ってもいいわよ」
「…………」
スィーリエは心底納得いかなそうな表情を隠すことなく、ユリス相手に所作だけなら完璧に一礼すると、とっととこの場から退散してしまった。
正直なところ、ここまで脅されればユリスより格上の神ですら思いとどまるというのに、スィーリエには全く止まる気配がない。
いつかはやらかすだろうとずっと思ってはいたが、実際にそうなってしまうとやりきれない気持ちでいっぱいだった。
「はぁ、この後面倒くさいことになるのはわかりきっているわ。とっとと介入してしまいたいのは山々だけれど、それもスィーリエさんどころかリアさんの為にもならない。これだから主導権のない戦いは嫌いなのよ」
おそらくスィーリエは、ユリスの忠告など無視して今後もリアの世界への嫌がらせを続けるだろう。
今の状況が維持される程度だったらユリスが介入するには及ばないが、いずれこの均衡が崩れて本格的にスィーリエが動いたのなら話は別だ。
そして、ユリスが考えるにスィーリエが本気で介入すると決定すれば、リアの力だけでは到底対処不可能だ。
ユリスかあるいは別の上位存在の介入なしでは、リアの世界は確実に滅びる。そして最悪の場合、リア自身も討滅される恐れすらある。
それらが実際に起きかねないくらい、スィーリエはリアのことを憎んでいるのである。
「それに、私やほかの神が介入してしまったら……リアさんもまた管理能力を問われて、今後神格が上がることはなくなる。
ただでさえ新しい創造神が生まれなくなっている今、あの子には少しでも自力で踏ん張ってもらいたいわ」
神族の世界に単純な加害者被害者の存在はない。あるのは面倒な政治的な思惑だけだ。
幸い今のところ直接介入しようとするようなお節介な神様はいないが、それでも情報によればいくつかの神族が間接的に介入しているようではある。
ぶっちゃけた話、神性を秘匿して行動したり、息のかかった配下を派遣する程度であれば、実態はどうであれ「部下が勝手にやったこと」とか「友達の世界に遊びに行ったら現地の生き物に襲われたので反撃しただけ」と言い訳するだけで済むだろう。
いずれにせよ、今は他の神たちの直接介入をけん制するのが先決だ。愉快犯が表れて事態をさらにかき回すことがあれば、余計ややこしいことになってしまうだろうから。
「つらいでしょうけれど、これしき程度で音を上げたら、先はないわよリア」
目をかけている女神に対しても厳しいユリスは、しばらく様子見を決め込むことを決め、再び紅茶に口を付けた。
先ほどまで暖かくいい味を出していた神の紅茶は、今ではすっかり冷めて味気なくなってしまっていた。
×××
その一方で、ユリスからの拠から帰ったスィーリエは、呼び出した本人がいなくなるや否や――――
「このままで終わるものですか……たとえ私の身がどうなろうとも、あの子だけは許せない」
まるで反省した態度を見せず、ユリスの思った通り警告などなかったかのようにリアへの嫌がらせに意識が向いていた。
「何人か煩わしいのがいるようだけれど、優秀な私の邪魔をするのであれば、まとめて討滅してやる。
それに、たとえ直接介入して邪魔しようものなら、リアだってただでは済まない。ふふふリアめ、すでにチェックメイトだと知らずに惰眠をむさぼっているといい」
もとよりスィーリエには後がない。
最悪、自分もろともリアを巻き添えにする気でいるようだ。
将来有望な創造神になると言われ続けてきた彼女は、今や本当の目的を見失い、手段のみに固執する哀れな道化でしかなかった。
・メタ情報
初登場を果たした、女神リアを一方的にライバル視する女神スィーリエ。
実は彼女、前々回のコラボに登場したアイネ(https://kakuyomu.jp/works/1177354054889216737/episodes/1177354054889217549)の母親を作った女神でもある。
あの宇宙大将軍がどっかで見たことある能力をしているのはそのせい。
スィーリエは、宇宙大将軍たち「完全者」に神性介入を授けている元凶。
この介入能力については戦神ユリスですら無効にすることはできない。(が、本体を殺す権限を持っているので、その気になれば強引に終わらせることは可能)
で、何が言いたいかと言えば、こいつらを一定以上倒すと「危機」という現象が発生する。
ゲームでもよくある、中盤以降の中だるみを解消するための大破壊祭り、もといビックイベントだ。
今回の危機のテーマは「スィーリエの直接介入」であり、強力なボスが何体も現れるのを、複数の作者様で討伐してもらうことになる。
ただ、強制参加ではないので、あくまでお祭りのようなノリで参加を決めていただければ幸いです。
詳細な内容は条件が達成された段階で発表するので、参加表明はその時にしていただければと思います。
とはいえ、ゲームみたいにリアルタイムで共有できるわけではないため、どんな形で書くことになるかはまだ未知数です。
その時になったら、各々が並行しつつ書くか、特定の作者にキャラをまとめるか、話し合っていただければ。
ただ、あんまり討伐を急ぎすぎても面白くないので、進行に支障が出ない範囲でゆっくりと条件を開放していけたら幸いです。
あと、勘のいい人はわかるかと思いますが、用意されている危機はこれだけではない。
そちらの条件の発表はまた後日ということで。
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