遅かりし恋心

 魔獣を撃退した米津たちは、改めて周囲の死体の検分に移った。

 あたり一面を汚していた鳥の糞のようなものは、例によって「トルトル魔人」を酷使して吸収させ、更なる汚れを溜め込ませたところで、綺麗になった遺体が何が原因で作られたのかを調査することにした。


「遺体の損壊状況は酷いが、どうもあの虎の魔獣にやられたわけではなさそうじゃ。血液の乾き具合から、死後それなりの日数が経っている」

「腐らなかったのは、この辺りは腐敗を促す微生物が少なかったからね」


 遺体によって死因が異なるように見えるため詳細はよくわからないが、どうも彼らは何らかの戦いによって戦死したようで、斬撃や槍での貫通、投石による打撃などの被害を受けたようだった。


 米津夫妻が死因を調査している間、ほかのメンバーはと言えば……


「お、船長! この剣まだ使えそうですぜ」

「この兜なんてどうッスか? いい感じに売れそうだと思いません?」

「上等上等! 持てるもんはどんどん回収していけ!」

「ねぇ……死んじゃった人の物を勝手に持っていくのって、大丈夫なの?」

「うるせえ、こちとら船の修繕費が掛かってるんだから、少しでも金の足しになるものを持って行かねぇとな!」

「修繕費はワシらが出すと言うておろうに…………落ち武者狩りを止めはせぬが、売ったところではした金にもならぬじゃろうな」


 海賊の習性か、アンチマギアとその一味たちはまだ使える装備があれば容赦なく剥ぎ取りを行った。

 米津夫妻はあまりいい顔をしなかったが、この国の法律では町以外での取得物の横領は罪にならないため、止めることまではしなかった。

 それに、そのまま放置するよりも、死体のお古とはいえ再利用できるならその方がいい。


「おっ、この死体やけに綺麗じゃん! しかも高価なもの身に着けてやがるぜ!」


 ここでアンチマギアが、一人だけ宝石などが埋め込まれた装飾品を身に着けた遺体を発見した。どうやら彼が、この戦死者たちのリーダーだったようだ。


「どれどれ、どんな間抜けな面構えか、見てやるとしよ――――」

「……? どうしたの?」


 うつぶせになっていた遺体をひっくり返して顔を上に向かせたところで、なぜかアンチマギアの動きが止まった。

 何事かと思ったあかぎが近づいてみると……


「トゥンク」

「え?」


 頸動脈を切り裂いて自噴したと思われるその遺体の顔は、苦悶を浮かべるほかの遺体に比べて安らかな表情をしており、おまけにやや童顔ながらも非常に凛々しく整っていた。

 生きていたらなかなかの美男子だったであろうその顔を覗き込んでいたアンチマギアは、思わず顔を近づけて口付けしようと――――


「やめーーーっ!!」

「ゲフッ!?」


 常軌を逸した行動をしようとしたアンチマギアを、あかぎが強烈な回し蹴りで蹴飛ばした。


「なにすんだこのクソガキ!」

「それはこっちのセリフ! 死体にキスしようとしてたでしょ今!?」

「うるせぇ! 昔話みたいに、キスしたら目が覚めるかもしれないだろ!」

「そんなことあるわけないでしょ!! そうだとしても、立場逆じゃない!?」


 二人が言い争いをしているところに、環が止めに入った。


「まあまあ、二人とも何を騒いでいるの」

「婆さん……! 相変わらず私に近づいてこないのな。それよりも聞いてくれよ! あかぎちゃんが私のこと蹴るんだ! 王子様に目覚めのキスを試そうとしただけなのに!」

「だからあたしが止めたの!! 気持ち悪いことしないでよ!」

「こればかりはあかぎの言う通りだわ。あなたたち、ちゃんと船長さんを止めなさい」

「いやだい! 私はこの王子様を生き返らせるんだい!!」


 子供のように駄々をこねるナイスバディの船長と、それを必死で止める部下たち。

 荒波の中を必死に船を動かし、多数の部下を失い、船まで失ってしまった今、もしかしたらアンチマギアの心も疲弊しているのかもしれない…………が、実際のところはこの程度で心が折れるようなタマではないので、やはり単なるわがままでしかないのかもしれない。


 すると、遺体を調査する彼らのところに、一体の空を飛ぶ人影が近づいてきた。

 初めに気が付いた玄公斎は一瞬警戒したが、どうやら敵意がなさそうだということが分かったので、そのまま近くに降りるまで待った。


 やってきたのは茶色い大きな翼を背中に生やした、黒い長髪の女性だった。

 おそらく彼女は、この山々のふもとの方に生息する「翼人カナーン」と呼ばれる亜人だと思われた


「あの……つ、つかぬことをお聞きしますが、これはあなたたちが……?」

「いや、違う。見ての通り、わしらが来る前には全員やられておった。おぬしは? 翼が生えているところを見ると、ただの人間ではないようじゃが」

「やはりそうでしたか…………失礼しました。私、ナトワールと申します。もしかして、翼人を見るのは初めてでしょうか? 私は……テミシカ族の生き残りで……」


 詳しい話を聞くと、ナトワールとその一族はふもとで暮らす翼人部族の一つだったが、ある日突然別の翼人たちの襲撃に遭って、ギリギリ逃げ出せた数人を除き全滅してしまったそうだ。

 失意の底にあったナトワールだったが、たまたま別世界から来た騎士団に出会い、彼らが敵を討つと言って王冠山脈を目指したらしい。


「間違いありません……ここにいる皆さんが、あの時の…………私の、私のせいで、王子様たちが…………」

「……そなたのせいではない。彼らは自分らの意志で戦ったのじゃからな」


(どこぞのが格好つけて安請け合いし、命を落としたか。昔は散々聞いた話じゃが、やっていられんのう)


 落ち込んでいる人の手前言うことはなかったが、戦死者たちの装備を検分した玄公斎は彼らが十分な装備と実力がないまま、ほとんど抵抗らしい抵抗もできずにやられたことを悟っていた。

 襲撃側もかなりの手練れのようで、しかもこのあたりを縄張りにする翼人相手ではより勝ち目は薄いだろう。

 かくいう玄公斎も、強力な魔の物相手に正義感だけで挑んで散っていった事例を散々経験しただけに、やり切れない気持ちでいっぱいだった。


「……あ、あの方はもしかして」

「ん? なんだなんだお前は!? この王子様は私の運命の人なんだ! お前なんかにはやるものか!!」

「マギアちゃん落ち着いて! 運命の人ってもう死んでるから!」

「うるさいっ! この世界では死体だって! こうなったら噂の死神お嬢様に頼んで動くようにしてもらう!」

「言ってることの意味が分からないよっ!」


 ナトワールが近づいてくると、アンチマギアは最愛の人(の死体)を取られてたまるかと威嚇しはじめた。


「あのっ! もしかしてあなたが、王子様が言っていた「故郷に残した恋人」ですか!?」

「いやたぶんちが――」

「そうなんだ! 私こそが王子様の運命の人なんだ!」

「まあ、そうだったのですね! あのっ……もしかしたらその傷なら、王子様はまだ生き返る可能性がありますっ!」

「な、なんだと!?」


 この翼人は相当な天然なのか、アンチマギアが恋人設定を捏造するのを完全に信じてしまったようだ。


「それでっ! い、生き返らせるにはどうすれば!?」

「はい……ここから北の方に向かうと「アプサラスの保護区」と呼ばれる険しい崖が連なる山々がありまして…………その山の頂上には、死者をよみがえらせる薬「反魂香」の材料となる花があると聞いています。もちろん、誰にでも効くわけではありませんし、調合もとても難しいのですが…………やってみる価値はあると思います!」

「そっかぁ、人を生き返らせることができるなら、助けてあげたいな」


 話を聞いたアンチマギアはもとよりあかぎも、人助けができるならしてあげたいと乗り気になってきた。


「ねえおじいちゃん! おばあちゃん! 今の話、きいた?」

「ああ、聞いたとも。蘇生薬が作れるとは、夢のような話ではないか。が、遺憾ながら今回はそのような余裕はない」

「えええっ!? な、なんで!?」


 あかぎは玄公斎と環が何とかしてくれると思っていたようだが、なんと二人は首を縦に振らなかった。


「あのね、あかぎちゃん。私たちは敵襲に備えてこの辺を調査していたのだけれど、本当ならブラックボックスを一刻も早く持ち主に届けなければならないの。残念だけど、これ以上長居はできないわ」

「そ、そんなぁ……」

「おいふざけんなジジイ、ババア! 人が困ってるのを見捨てるってのか!」


 彼らは避難囂々だったが、米津夫妻は頑として首を縦に振らなかった。


「そうじゃな……ならばこうしよう。おぬしら二人と、海賊で残りたい者はこの場に残るとよい。あかぎよ、そろそろ修行の成果を確かめるときじゃ」

「おじいちゃん……」


 今までにない玄公斎の冷たい言葉にあかぎは拳をぎゅっと握った。

 優しいと思っていた師匠が、今は鬼のように思えたのだった。


「言わせておけば……おい、あかぎ! 私たちの力、見せてやろうぜ! お前だって一人前のレディを目指してんだろ! 気合入れろ! 根性見せろ!」

「……うん、わかった。おじいちゃん、おばあちゃん、あたしは……自力で成し遂げて見せる!」

「よう言うた。わしが御守りをしてばかりでは、いつまでたっても独り立ちできんからのう」

「ふふふ、大丈夫よあかぎちゃん。あなたならきっとできるわ。そう…………おばあちゃんの力がなくてもね」


 すると、今まで彼らを覆っていた空気の膜が一気に消え失せ、老人二人とナトワール以外、一気に酸欠で苦しみ始めた。


「ああぁぁぁ……くるしぃ」

「こ、このていどで……私はくじけないぞ!」

「あわわ、お二人とも大丈夫ですか!? 私がいま新鮮な空気を送りますから!」


「よいか、一度決めたことは最後まで責任を持たねばならぬ。じゃが、自分の力量を見誤れば、すなわち死につながる。こればかりは経験せねばわからぬことも多いじゃろうな…………わしらは5日後に再度ここに来る。それまで死ぬでないぞ」

「食べ物と飲み物は多めにおいておくから、無理せずきちんと休んでから行くのよ。頑張ってね」

「お、おーい……爺さん、俺も帰るぞ……」


 こうして、玄公斎はあえてあかぎ、アンチマギアとその部下たちだけを残し、ブレンダンを連れてクリアウォーター海岸へと帰っていった。

 残された者たちの試練が、今始まった。

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