ハンター悲喜交々

「へぇ、まさか爺さんたちもハンターだったたぁな……てっきり終活の一環で観光に来てたかと思ったぜ!」

「かっかっか! 似たようなもんじゃよ! 国内、海外とあっちこっち行ったものじゃが、世界外旅行は滅多に経験できるものではないからのう。さっさと極楽に移住したせっかちな友人どもに、珍しい土産話の一つでもと思うてな」


 セントラルの町の南を流れる川から、エリア1「アクエリアス」へ下っていく外輪船に乗った米津夫妻は、大勢のハンターでごった返す客席で相席となったライオンヘアの男と談笑していた。

 この男の名はブレンダンといい、今は装備していないが青い鋼鉄の重鎧を持っていて、それなりの重量がある盾とメイスで戦う重装戦士である。

 ハンターとしてもそれなりの経験があるようで、かなりの高齢にもかかわらずハンターを志願した米津夫妻はとても珍しいようだった。


「言っとくけどな、ハンターは遊び半分でやっていけるほど甘くねぇんだ。たいていの連中は金に困って一攫千金を目指すか、あるいはテメェのクソみたいな名誉のために戦って死んでいくもんだが…………爺さんたちが死に急ぐ理由ワケはなんなんでぇ?」

「実はね、私たちも借金をしてしまいましたので、その返済のためにこうしておじいさんと一緒に老骨に鞭を打ちますのよ」

「借金ねぇ……お子さんたちに負の遺産を残さねぇためにってわけかい、なるほどねぇ。嫌じゃなけりゃ、どれくらい借金しているのか聞きてぇんだが」

「借金の額じゃと? 聞いてたまげるでないぞ。その額何と3億§じゃ!」

「ブーーーーーーーーッ!!!!」


 ブレンダンは思わず飲んでいた酒を、某AAのように盛大に噴出した。

 噴出した酒は、近くにいたほかのハンターに掛かってしまい、喧嘩になりそうだったがブレンダンが素直に謝り、即座にクリーニング代を弁償して事なきを得た。


「じょ、冗談きついぜ爺さん! 城でも買ったのかよ!」

「ははは、いいリアクションじゃった。ま、信じるかどうかはおぬし次第じゃが、ワシらにはまとまった金が必要なのは変わらぬのでな」

「そうか…………とはいえ、せっかくこうして意気投合できたんだ。爺さんたちが少しでも長生きできるように、ベテランである俺様がハンターの流儀を教えてやるよ」

「ま、それは心強いですね! でも、ブレンダンさんのお手を煩わせたりしないかしら」

「なぁに、ハンターとして長生きするコツは、助け合うことだ。互助の精神ってやつだな!」


 そんなことを話しながら、もうあと数分でクリアウォーターの港に到着するという頃に事件は起きた。


「おいゴルァ! 人にぶつかっておいて謝らねぇたぁいい度胸だなぁオイ!」

「ええぇーーーっ!? あ、あたしは何もしてませんよーっ!」

「ザッケンナコラー! テメェがぶつかったせいでこいつが持っていた剣が折れちまったんだ! どうしてくれるんじゃワレェ!」

「オレノケンガオレタ(棒読み)」


 どうやら、大柄でガラの悪そうなハンター3人組が、1人の小柄な女の子をに本当か嘘かわからない難癖をつけているようだった。


「この落とし前はキッチリつけてもらわねぇとなぁ!」

「俺のこの剣は高けェんだ! 船を降りたらきっちり弁償してもらうぜ!」

「ぐへへ……港のすぐ近くにはなぁ、俺たちが懇意にしてるホテルがあるんだ。そこで誠心誠意話し合おうじゃねぇか……」

「そんなすぐ折れる剣が高いものなはずがないじゃないですかーーーっ! 嘘つかないでください!」


 これだけ周りに人がいるにもかかわらず、止めに入ろうとする者は一人もおらず、みんな見て見ぬふりをする。

 3人の男は周りが止めないことをいいことに狼藉を働こうとしているようだ。


「やれやれ、騒がしいことじゃ。せっかくの船旅が台無しじゃな。どれ、あの若いのたちを少しおとなしくさせねばな」

「そうですねおじいさん。お行儀が悪い子はきちんと叱らないと、本人のためになりませんから」

「は? いやいやいやいや爺さんも婆さんも、何考えてんだ! あいつらはハンター崩れとして悪名高いドメス兄弟どもだ! まさか同じ船に乗っていたとはツイてねぇぜ! 悪いことは言わねぇ、おとなしくするのが一番だ! あいつらはマジでヤバイ! 一発で挽肉になっちまうぞ!」


 ブレンダンの忠告を聞き流し、老夫婦は人々の間をするすると通り抜け、女の子に迫るハンター崩れ3人のうちのリーダー格の男の首根っこをおもむろに引っ張った。


「これ、やめんか若造。かわいい子が怯えてるじゃろ」

「ぐぇっ……テメェなにしやが――――!!?? なんだこのジジイ!?」


 いいところを邪魔するのは誰だと振り返った大男だったが、相手がやけに威厳がある老人だったことに大いに戸惑った。


「なんだなんだこの汚らしいジジイとババアは!! 俺たちドメス兄弟に逆らおうたぁ笑わせてくれるぜ! お迎えがなかなか来ねぇから自殺しようってのか? あ?」

「おぬしらドメス兄弟と言うらしいのう、なるほど……確かにドメスティックな顔じゃな」

「どういう意味だゴルァワレェ!!」


 ドメス兄弟と称するハンター崩れたちは、3人ともどこぞの世紀末漫画に出てくるような身長2メートルを超えるモヒカン頭の筋肉達磨であり、顔も見るからに「ドメスティックバイオレンス」といった感じの恐ろしい形相であった。

(※ちなみに「ドメスティック」の正式な意味は「身内の~」という)


「まあまあ、そう興奮しなさんな。大の男がか弱い女の子相手に凄んで、情けないとは思わんのか?」

「ザッケンナコラクソジジイ!! この女はなぁ、すれ違ったときに俺にぶつかってきたばかりか、大切にしている剣を折りやがった! 弁償させて当然だよなぁ!」

「どれ、その剣とやらを見せて見よ。ふむ……なんじゃそりゃ、ただのアルミの板ではないか。それを剣と言い張るとは、よほど残念な頭をしておるとみえる」

「どふぉあっ!! てめっ、このジジイコロス!! ドルゥアアッ……っ!? ぬ、ぬわーーーーーーーっ!?」


 おつむの出来を馬鹿にされた大男は、まるで瞬間湯沸かし器のように一瞬で顔を真っ赤にして、メリケンサックをはめた拳で殴りかかってきた……が、男は殴りつける直前に不意にバランスを崩し、盛大にコケて頭から客席に突っ込んだ。


「見よ言わんことない。そもそもおぬしら、このような場所で狼藉を働いてタダで済むと思うておるのか。周りにこれだけの同業者がおると、ごまかしは一切効かぬぞ?」

「へっ……それがどぉした! 見てるだけの雑魚共に俺たちをできるだけの力はねぇ! おいゴルァ! テメェらわかってんだろうな、ああん!!」


 リーダー格の男が言う通り、彼が一睨みすると周囲のハンターたちは恐れおののいて後ずさり、彼と目線を合わせられなかった。

 先ほど先輩風を吹かしていたブレンダンさえも、米津たちに関わりたくないと他人のふりをする始末。

 だが玄公斎は彼らのことを臆病者と言うでもなく、あくまでも余裕そうな態度を崩さない。


「おぬしは頭が足りんから忘れているようじゃが、ハンターに大切なのは助け合いと正義の心じゃ。義を見てせざるは勇無きなり…………ここにいる全員が束になってもおぬしらに勝てぬほど、この者たちは無力な案山子ではない。もっとも、ワシもまだまだ新米ハンターじゃから、ついさっきベテランの先輩に教えてもらったものの受け売りなんじゃがな。のう、ブレンダンよ」

「ギクゥ!?」


(なんてこと言いやがるんだあの爺さんは!?)


 他人のフリもむなしく、突然話を振られたブレンダンは老人たちに関わって無駄に先輩風を吹かせたことを後悔した。

 しかし、ここで無様な真似を晒せば、今後の彼の名声は地に墜ちる。

 彼は心の中で、無茶ぶりをした玄公斎にダース単位で悪態を付くものの、ここは無理してでも突っ張らなければならないと覚悟を決めた。


「そ……そうだその通りだ! 俺たちも丁度、お前たちを懲らしめようとしてたとこなんだよ! なあ、そうだろお前ら!」


 破れかぶれになったブレンダンは、すぐに周りに同調を求めると、流石に見て見ぬふりはできないと観念したハンターたちが声を上げ始めた。


「お、俺も俺も!」

「弱い者いじめは許さねぇぞ!」

「そういやドメス兄弟は指名手配されていたはずだぜ! みんなで賞金山分けだ!」


「ザッケンナコラー! 死にてぇのかテメェラぁぁぁぁ!!」


 あっという間に形勢逆転したことで焦ったリーダー格の男は、今まで以上に凄んで吠えて見せるも、周りに入るハンターたちは「赤信号もみんなで渡れば怖くない」とばかりに各々武器を構え、ドメス兄弟たちを包囲した。


(うむ、もう一押しじゃな)


 今まで見ているだけだったオーディエンスたちが反抗し始めたことで、頭に血が上って視野が狭くなっているドメス兄弟たち。

 玄公斎は彼らの意識の範囲外に身をかがめ、達人でなければ見逃してしまうほどの速さで、彼らに足払いをかけた。


「うぼぁーっ!?」

「おっふ!?」


 2メートル以上の巨体が、無様に崩れ落ちて綺麗に顔面を床にたたきつける。

 そして、その隙を逃すまいと、待ち構えていた周囲のハンターたちが一斉に襲い掛かったのだった。


「ザッケンナコラやめろテメェら!」

「こんなことしてタダで済むと思うなよ雑魚共っ!」

「うるせぇこの(自主規制)野郎ども! 動けない様に縛るぞ!」

「はなせゴルァ! お前らっ、全員コロス! 殺してやるっ!」

「たった3人で勝てるわけないだろ!」

「バカヤロウお前、俺たちは勝つぞお前!」

「誰か、うるせえから口塞いでやれ! この際窒息してもいい! 警察に突き出しぞ!」

「暴れんな、暴れんなよ! 俺はお前らのことが大嫌いだったんだ!」

「もうこの際棒で叩け! どうせ叩きのめしたくらいで死ぬタマじゃねぇだろ」


 今までの恐れや恨みつらみがあったからか、勝ちを確信したハンターたちはここぞとばかりにドメス兄弟たちに殴る蹴るの暴行を喰らわせ、身動きが取れない様に雑に縛り上げた。

 港に着いたら彼らの身柄は警察に引き渡されるだろう。3人がそれまでに生きていれば、だが。



「ふーーーっ、一時はどうなるかと思った。あの爺さん、心臓が鋼鉄で出来てんのか?」


 無事に厄介者が始末されてほっと一息つくブレンダン。

 まさかこんなところで死を覚悟する羽目になるとは思わなかったので、いまだに体の冷や汗が拭いきれていないようだ。


「絡まれた嬢ちゃんも無事で…………ん? そういや、あの嬢ちゃんはどこに行った?」


 と、ブレンダンは難癖をつけられていた少女と、ついでに先ほどまで玄公斎と一緒にいた環の姿が見えないことに気が付いた。




「ふええぇぇぇ……怖かったよぉ、死んじゃうかと思ったよぉ!」

「うんうん、怖かったわね、もう大丈夫よ」


 襲われていた女の子は、環の手によってひそかに死角から連れ出され、騒動で人がいなくなった屋上デッキで保護されていた。

 紺色のフードを被った紫髪の女の子は、ついさっきまでは強がっていたものの、やはり怖いものは怖かったらしく、環は船が港に着くまで、震えて泣きじゃくる少女を優しく抱きしめて頭をなでてあげたのだった。

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