天の死闘 地の苦闘 1(VS竜王軍)

 暗闇の世界で平和に暮らしている人々が住む浮島に、無数の雷と炎が襲い掛かり、派手な音を立てて直撃した。

 人々は一瞬死を覚悟したが……数々の浮島は大きく揺れたものの、傷一つつかなかった。

 闇焉竜グリムガルテがとっさに作った質量のある闇が、シールドとして機能して彼らを守ったのだ。


『無礼者、姿を現しなさい。このグリムガルテの治める地で狼藉は許さないわ』


 そんなグリムガルテは、いつの間にか人化状態から体長100メートルを超える竜の姿に戻っており、虚空に開いた巨大な亀裂を力強くにらんだ。

 果たして、亀裂からは翼をもった3体の人影が、それぞれ白、紫、紅の軌跡を描いてグリムガルテの前に飛来した。


 現れた3体は全員が覚悟した通り、竜――――それもかなり高位の強力な竜であった。

 たった1体だけでも、その場にいる人間が本能的に死を覚悟し、覚悟ができないものは恐怖で竦みあがるものだが、それが3つとなるとまるでその場所に恒星が現れたかのようなすさまじい圧迫感をもたらした。


(な……なに、あれっっ!! 見ただけで、体が……暴れだしそう!!)


 特にあかぎが反応したのは、右腕の部分が黒い靄に覆われた、燃え上がるような朱い髪の大男だった。

 両腕から肩にかけて炎を纏う筋骨隆々の男は、つい先ほど話に聞いたばかりの「火竜」なのだろう。あかぎとどのような因縁があるかは不明だが、彼女はしばらく朱い髪の大男から目が離せなかった。


 それ以外の2体も、その風貌はかなり異様だった。

 胸の部分から流血するかのように黒い靄をたなびかせる、なぜかふんどし一丁の金髪ツンツンヘアーの男。

 腰から下が黒い靄で覆われた、司祭服を纏うウェーブした短い銀髪の男。

 彼らには一様に二本の角と長い尾、そして大きな翼があることから、全員竜であることは疑う余地はない。


『知っているわ……お前たちは、黄金竜リヒテル、星辰竜ポラリス、そして紅蓮竜ヴァルハザード!! そろいもそろって実力者ばかり、エッツェルの軍門に下ったのね!!』

「おうおうおう、久しぶりだなグリムガルテ! あんたには特に恨みはねぇんだが、目覚めてこのかた無性に暴れたくなってな!」

「ヒャッハー!! ずいぶん湿気た世界をつくってるじゃねぇか!!!! ネクラなテメェらしいな!! せっかくだから、俺が派手に盛り上げてやんよ!!」

「フフフ……貴女はエッツェル様にとっての最大の脅威の一つだ。ここで……全力をもって潰させてもらおう。貴女はこれから…………永遠の悪夢に抱かれて、朽ち果てるのだ」

『……心臓の鼓動が感じられない。そして、大昔に死んだはずのヴァルハザードがいるということは……死してエッツェルの駒となったのね。なんというむごいことを。…………エッツェル!! どこかで見ているのでしょう! 姿を現しなさい!』


 グリムガルテが叫んでも、エッツェルは姿を現さない。

 だが、その声だけは確実に響いてきた。


『ふっ、姿を現せと言われて、ノコノコ出向く王がどこにいるというのだ』


 はっきりと上品ながらも非常にどす黒い重力が含まれた恐ろしい声が聞こえる。

 暗黒竜の声を聴いただけでも、第一中隊のメンバーたちは恐怖にさいなまれないようにするので手いっぱいだった。


「智香隊長! 大丈夫ですか? 気をしっかりと!」

「……わかっている! しかし、なんという存在感だ」


 女性メンバーの一人が震えて膝から崩れ落ちそうになっている智香を支えている。

 智香自身、幾度も凶悪な犯罪者に立ち向かってきたが、それらなどとは明らかに一線を画す難敵相手に、恐怖を抑えるのに精いっぱいだった。

 ほかのメンバーたちも、お互いがお互いを支えあい、踏ん張ろうと必死になっている。


『それよりもどうだ、余のプレゼントは気に入ってもらえたかな。闇に引きこもりながら先の未来まで見通す貴様のことだ、刺激には飢えていたのではないか?』

『なんて白々しい言葉……相変わらず最低な竜ね、あなたは! 暗黒竜の術で地上からの星の動きを改竄したのね!』


 占いに関しては百発百中のグリムガルテが未来を見誤り、奇襲に対応できなかったのは、エッツェルが術で地上から見える星の動きを偽物で覆い隠してしまったからだった。

 グリムガルテは内心、占いに頼りすぎた自分の慢心を責めたが、エッツェルからしてみればそうまでしないといけない相手であるという認識なのだろう。

 いずれにせよ、同種の竜だからこそできる壮大な偽装作戦であった。


『そもそも、なぜおまえはこの場所が分かった!?』

『あの時は身の程をわきまえない雷竜に邪魔をされたが……以前からある程度目星はついていた。それが確信に変わったのはほかでもない、そこにいる人間どもが、何やらおもちゃを通じて行先をべらべらと喋っていたおかげだ』

「……!! まさか」


 環は慌てて、ポケットから通信用の魔道水晶を取り出した。

 今までは特に何も思わずに、定期的に味方との交信のために使っていた道具だったが、まさかそれが敵に傍受されているとは思わなかったのだった。


(迂闊だったわ…………通信の暗号化は、軍事行動の基本中の基本! それを怠っていたなんて!!)


 環は一度建物の陰に隠れると、小声で通信用水晶での通信を試みた。


「こちら、第一中隊菖蒲。通信の確認を願う……繰り返す。こちら第一中隊……」


 案の定、どこからも返答がない。

 おそらく竜王の力によって、術による通信が妨害されてしまっているのだろう。

 これでは、常闇幻想郷にいる間は味方の増援は絶望的だ。


「ごめんなさい、グリムガルテ様。私たちが軽率だったばかりに」

『いえ……これは仕方のないこと。小細工を弄したところで、あの竜はそれを上回ってくることは明らかだから。それにしても、相変わらず殴り込んでくる割には姿を見せないのね、エッツェル。そんな臆病なところは昔から変わらないわね』

『好きに言うがいい。こやつらにも面子がある。そう易々と余が指揮しては彼らの立つ瀬が無いではないか』

『……本音は?』

『本音か? ひとつ、面倒だ。 余は雑兵を指揮するのを好まぬ。ふたつ、面白くない。 馬鹿共が勝手に殺し合う様は実に愉快だ。王とは、漢とは、価値ある行いにしか手を染めぬのだ』

『最悪ね……本当に、あきれてものも言えないわ』

『ははは、なんとでも言うがいい。お前の泣き言をもっと聞いていたいところではあるが…………余の飼い犬どもも、そろそろ待ての限界だろうし、余もいつまでもかまっているほど暇ではない。では者ども、命ずる――――すべてを破壊せよ』


 エッツェルの合図を皮切りに、おとなしかった3体の竜がその姿を変え、完全な竜化状態になる。

 それと同時に、まだ開いたままの亀裂から、大小さまざまな種の竜がこの空間へとなだれ込んできた。

 その数はおよそ――――20以上。


 平和な世界に、崩壊の足音が迫っていた。




【今回の対戦相手 その1】【喰伐怒】 ヴァルハザード

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885714804/episodes/16817330648105068803

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