フロンティアの嵐作戦 8

 この世界における戦闘での重要なファクターの一つである「特効」という概念――

 特に、各地では強力な竜の被害に悩まされたことから「竜特効」という、竜にピンポイントで大ダメージを与えられる武器や技が多数存在する。

 しかし、意外なことに「特効」というものが何なのかを具体的に説明できる者は少ない。みんながただ漠然と「なんかよくわからんけどよく効く」程度にしか考えていないのが実情である。


 「特効」とは生物固有の弱点を突く攻撃であり、例えば天使や悪魔などは存在の根源を神の加護や魔力などに頼っているため、そういった根源を破壊する攻撃に脆弱である。

 その一方で、竜の弱点とは何か?

 それはすなわち「痛み」であるとされている。

 頑丈な皮膚を持つがゆえに、長い生涯で一度も流血を経験することがない個体も存在する一方で、一度その強固な鱗を破壊され、血肉に攻撃が通ったのなら、竜は慣れない激痛にのたうち回る羽目になる。

 とはいえ、ほかにも竜という生物の構造的な弱点由来の「竜特効」というもの存在はするが、よほど痛みに慣れていない竜の個体にとって、肉や骨に響くような激痛とはそれだけで重大なダメージとなってしまうのである。




「ぐっ、あああぁぁぁっ!!??」


 ミノアの槍がルヴァンシュの胸を貫いた瞬間、ミノアもまた胸に激烈な痛みが走り、思わずその場に蹲った。

 彼女だけではない、周囲の竜人たちも今までに感じたことのない痛みが走ったせいでその場に崩れ落ち……中には意識を失った者も出てきた。


「無様なものだな、竜人よ。そので膝をつくとは、武人が聞いてあきれる」

「うぅ……なんだ、今のは?」

「我が痛みはそなたらにも伝わる……ヒヒヒ、痛かろう。竜は痛みに慣れていないと聞いたが、どうやら本当のようだな」


 もっとも、胸を貫通された痛みなど竜でなくとも到底耐えられるものではないが、今まで生きてきて重傷を負ったことのないミノアにとって、この想像を絶する痛みはどう対処していいのかわからなかった。


「例えばこのように」


 ルヴァンシュが自らの剣でおもむろに自身の太ももを貫くと、同時にミノアの足にも凄まじい痛みが走る。


「う、うああぁぁぁっっ!!??」

「ハハハハハ! 実によいものだ、痛みというものは! 生きていることを実感できる! それに比べそなたらの体たらくはどうだ」


 ルヴァンシュの周りにいる竜人たちは、ほぼ全員が激痛に苛まれて立てなくなっており、彼の効果範囲外にいた竜人の戦士たちだけが、必死で天使たちの攻撃を食い止めている。

 なお、下級天使たちには痛覚が存在しないらしく、平然と攻撃をしてきている。

 とんでもない不平等であった。


「まあいい……もう少し遊んでやりたかったのだが、デストリエル様の命により、貴様らを始末せねばならないのでな」


 そういってルヴァンシュは、まるで見せつけるように双剣を構える。

 対するミノアはもはや意識を保つことすら手いっぱいで、抵抗の余地はほとんどない。


(そんな……あたしは、こんなところで…………)


 自らの死が迫っている状況に絶望するミノア。

 そんな彼女に容赦なくルヴァンシュの剣が迫るが――――


『そうはさせないよっ!!』

「!!」


 ルヴァンシュの身体が、強い空気のようなもので横殴りにされ、横に吹っ飛んだ。

 一体だれが邪魔をしに来たのかと見れば、そこには竜化したシャインフリートとその頭になぜか小さな風竜のようなものがいた。


『ありがとうトラン。風をまとわせたテイルスイングなら、痛みを与えずに吹き飛ばせるね!』

「でしょーっ!」


 ルヴァンシュの横腹に尻尾を叩きつけたシャインフリート。

 しかも、ご丁寧にトランが変身で風竜シュライティアの能力を一部拝借したのち、シャインフリートの尻尾に厚い空気の層を巻き付け、痛みがないように衝撃だけで吹き飛ばしたのだ。


「貴様……光竜か」

『そういうあなたは悪竜王の手下でしょ! 悪竜王の力が渦巻いているのを感じる…………これ以上お前の好きにはさせない!』


 ここに来て初めてルヴァンシュは、自分にとって不都合な相手が出てきたことを知り、苦虫を噛み潰したような表情をしていたのだった。



 ×××



「うまくいったか、トランよ」

『はいおじいちゃん! これなら何とかなりそう!』

「そうか……苦しい戦いになるじゃろうが、何とか持ちこたえてくれ」


 そのころ、戦場の上空を飛ぶ「ビバ・アンチマギア・ブラック・タイダリア号」では、玄公斎が簡易通信機でトランにルヴァンシュと戦うためのアドバイスを与えていた。

 一時は環がルヴァンシュの能力の反動を受け、心停止に陥ってしまったものの、乗船しているスタッフたちの懸命な治療の甲斐あって、現在は脈拍も正常になり、一時的に休ませることができていた。

 ビバ(略)号の操縦も、一時的に自動操縦に切り替えたことで制御も安定した。


 だが、武装も併せて精密な操縦を行うには、やはり環が目覚めないとならず、今の玄公斎たちでは飛行戦艦を一定の方向に飛ばすことしかできなかった。

 このため、作戦の肝の一つである空中からの支援攻撃を行うことができず、戦況は若干厳しくなっている。


(「苦痛反転術」か……また面倒な。かつての魔の物にもそのような能力を持ったヤつがおったが、此度の相手の厄介さはその比ではないな)


 目下の悩みの種は、現在ミノアやシャインフリートが相手しているルヴァンシュという男。

 正直なところ、ほかのワープしてきた個体は一時的に戦況をかき乱したものの、すぐに袋叩きにされて終わったので大した脅威ではない。

 しかし、ルヴァンシュだけはどうも痛みがそのまま体力の回復につながっているらしく、実質的に物理的なダメージは無効化されるに等しい。

 対策はいくつかあるのだが、実践できるものはそう多くない。最悪、シャインフリートには本丸を倒すまで延々と時間稼ぎしてもらうことも考えなければならない。


「それにしても、だいぶ戦場から離れてしまったな。現在地はどこじゃ」

「はい元帥閣下。現在我々は「煉獄の谷」と呼ばれるリージョン近辺におりますが…………何やら地上に生体反応が。こちらに何か信号を発信しています」

「ふむ、敵対生物か?」

「カメラを拡大します―――――これは」


 備え付けのカメラで反応のあった場所を拡大してみると…………

 なぜか荒野にポツンと存在するビルの屋上で、仮面をつけた人間が「ヒッチハイク!」と殴り書きされたスケッチブックを掲げているのが見えた。





【今回の対戦相手 その2】苦悶のルヴァンシュ

https://kakuyomu.jp/works/16817139557676351678/episodes/16817139557677243805

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