人の形をした破壊 後編(VS ???)

 実のところ、退魔士という超人たちがなぜ超人たりえるのかという理論は、つい近年までほとんど研究されていなかった。


 能力の発現や、個人の成長は一種の偶然によるもの――――古風に言えば神頼みであり、人間の努力でどうにかなる分野ではないと考えられていた。

 一応、血統的に能力を受け継ぎやすい家計というのもいくつか存在し、特にホテルで留守を任されている冷泉雪都の実家である冷泉家は、異常なまでの高確率で強力な退魔士を出現させることで知られているが……中には長い間退魔士となる人材が生まれず、没落した家系もあった。


 そんな謎に満ちた退魔士を、偶然に頼らず発現させる理論の基礎を作ったのは、驚くことに、つい先ほど何の因果過去の世界に流れ着いて大暴れしていた「完全者」の「佐前ささき 天山てんざん」だった。

 彼は鍛錬の仕方を工夫すれば、たとえ血統が平凡だったとしても退魔士になれるのではないかと考え、その理論をある程度正しいと証明したのが、米津智白――――のちの米津玄公斎その人であった。


 皮肉なことに、天山自身は「5・14事件」で反乱を起こし、手塩にかけて育てた弟子の玄公斎によって討たれた。

 だが、彼が作った理論の基礎は玄公斎をはじめとした次世代のエースたちに引き継がれ、その後における退魔士たちの大躍進につながったのであった。



 さて、そんな退魔士たちが修練により力をつけていく中で、いくつかある到達点の一つに「領域状態ゾーン」と呼ばれる概念がある。

 精神が極限まで集中し、全身の細胞一つ一つまで統率した動きをすることで、人間に課されている限界値キャパシティ――――痛覚、恐怖、錯覚を超越し、人間が物理的に出せる出力をさらに引き上げる。


 かつて古今東西の英雄英傑だけが見えていた光景が、今玄公斎の前にも広がる



「ふーっ、実にすがすがしい気分じゃ。随分と待たせてしまったのう」

「ハハハ……クッハハハハハ! こいつは傑作だ!! この人間、自力で私と同じ土俵に立ちやがった!!」

「やはりか、そなたは狂戦士。安息はとうに捨て、常に領域状態ゾーンで生きる者。ゆえに恐怖はなく、死は歩みを止める理由にならない、というわけじゃな」

「ああそうだとも。私は戦うためだけに存在する。戦って、殺して、破壊する。私は「破壊」という概念そのもの、ゆえに簡単に死にはしないのだ」

「ならばわしは「退魔士」として、「破壊」という概念を滅しよう」


 玄公斎の身体から、白色のオーラが陽炎のようにゆらゆらと立ち上る。

 長い戦いの末、ようやく往時の勘を取り戻した玄公斎は、極限の集中状態である「領域状態」へと突入した。


 そこからの彼の動きは先ほどまでとは段違いだった。

 リヒテナウアーが斧を横薙ぎにしようとした瞬間、彼女の右腕が付け根から切断され、バランスが崩れた斬撃が明後日の方向に飛ぶとともに、ブレッケツァーンが彼女の腕を一瞬離れた。


「おおっ!」

「いちいち驚いている場合ではないぞ」


 右手を失ったリヒテナウアーだったが、即座に斧を左手に持ち替えると素早くコマのように回転して周囲を地形ごとぶったぎり、その間に失った右手をはやす。

 だが次の瞬間には鎧の胸当てが「×」に切り裂かれ、そこから鮮血が勢いよく噴き出た。


(ちっ、見えてはいるが――――私の知らない戦い方だ。おもしれぇ、こんなところで学ぶことがあるたぁな!!!)


 ここにきてリヒテナウアーもようやく玄公斎が自分の攻撃を受け流せる理屈を理解した。理解はしたが、それを実践することは今の状態では不可能であることも何となくわかった。


「こうか!?」

「ん!?」


 天涙による防御を貫通する強烈な一刀が、リヒテナウアーの左肩から腰に掛けて斬撃として走るが、想定よりも若干威力が浅いことに玄公斎は気が付いた。


(さてはワシの「技」をこの一戦を通して盗んだか。なんとも底知れぬ奴だ)


 退魔士の中でも数える程度しか身に着けていない、鹿島流剣技の秘術「まろばし」――――正確には「技」ではないのだが、この技の境地に達するには玄公斎をして50以上の年月を必要とした。

 それをわずか10数分程度でその一端をつかむ戦闘センスに驚愕しつつも、早く蹴りをつけなければ戦いの決着がつかなくなる恐れがある。


「仕方あるまい」

「あ、なん―――」


 玄公斎は先ほどまでの回避重視の戦い方を突如切り替え、ほとんど捨て身のごとくギリギリの接近戦を挑んだ。

 攻撃がさらに鋭くなるが、どうしてもよけられない攻撃がでてくる。

 振り下ろされる斧の衝撃波が、それ自体鋭利な刃物となって玄公斎の身体をずたずたに切り裂く。

 だが、受けた攻撃が、「ふっ」と息を吐いて瞬間移動し、ダメージをなかったことにする。


 意味が分からんと思う間もなく、リヒテナウアーの身体が横一文字に切断され、傷血が凍結する。リヒテナウアーは自らの血を沸騰させて無理やり凍結を溶かし、無理やり切断面を再生。

 そのあとはコンマ一秒ごとに、双方猛烈な斬撃の応酬を繰り広げることになる。



「ちっ…………やるなジジイ」

「これで分かったじゃろう。もうおぬしはワシに勝てぬ。後はいつ決着がつくかの違いでしかない。そろそろ終わりにせぬか」

「ざけんなっ!! 負けだろうが何だろうが、私が戦いをやめる理由は、ネエっ!!」


 戦い始めてからどれほど立っただろうか。

 リヒテナウアーは明らかに回復が追い付かなくなっており、そのバケモノじみた体力がいよいよ底をつく手前まで来ていた。

 まるで山を削るような途方もない相手であったが、愚公が山を移したように、彼も命がけでバケモノの底力を払底させたのだ。


 ところが玄公斎は、彼女にとどめを刺そうとしなかった。


「そうじゃな……ワシは一人の戦士である以前に軍人なのじゃ。そして、軍人は無意味な争いや浪費を一番嫌うものじゃ。普通はな」

「ふん、何が言いたい」

「このようなところで意味もなく命を失うよりも、もっと有意義な使い方をせぬか? おぬしにとっても悪い話ではないと思うのじゃが」

「まどろっこしいな。要するに、私に仲間になれとほざくか? 私を使おうってか? ふざけてるのか?」

「おぬしがどこの誰かに雇われておるというのなら話は別じゃ。じゃが、おぬしからそのような気配は感じぬ。ならば、ワシがおぬしにふさわしい戦場を用意してやろうというのだ」


 リヒテナウアーは少しの間腕を組み、思案を重ねた。


(確かにこのジジイの言うことにも一理ある。前は単純に暴れてりゃ、の利益になったが、今は私の自己満足だ。それも悪かぁねぇが……)


「よーし、いいだろう。しばらくはお前らの側で戦ってやる。ただし、裏切っても悪く思うなよ?」

「うむ、それでよい」





「あれー? なんかいつの間にか敵が仲間になってる!?」

「ふふふ、やっぱりシロちゃんは仲間を作るのがうまいわね。…………これで女の人じゃなければ、もっと喜ばしかったのだけど」

「おばあちゃん、なんかちょっと怖い?」 


 こうして、いつの間にかリヒテナウアーが黒抗兵団第1中隊に加わることとなった。

 玄公斎のカリスマのなせる業である。たぶん。

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