人の形をした破壊 中編(VS ???)

「首級を挙げた相手が何者なのかわからぬままなのは難儀じゃろう。ゆえに、あらかじめ名乗っておこう。ワシは日本国陸軍元帥にして退魔士筆頭、米津玄公斎なり。あかぎに代わり、そなたを下して見せよう」

「はっ、一騎打ち前の名乗りとは、随分と古風だな。ならば私も名乗らねばならん! 私こそ世界を股にかけ、あまたの戦場を破壊する無頼の戦士――――リヒテナウアー様とは私のことよ! いっとくが、辞世の句を読ませてやれるほど私は優しくねぇからな! くたばれジジイ!!」


 大柄で金髪の女性……リヒテナウアーは、挨拶が済んだ次の瞬間には地面を強く蹴って加速し、思い切り斧を叩きつけた。

 つい今まで玄公斎がいた場所の地面が爆発し、大量の土が飛ぶも、そこには玄公斎の姿はない。


「なるほど、それが本気か? ジジイ」

「ああそうとも。ワシの精一杯じゃ」

「なら…………期待はずれにもほどがあるな!」


 両者はいつの間にか位置が入れ替わっていた。

 しかし、次の瞬間、リヒテナウアーの首元が襟巻のように凍結する。


「まったく手ごたえがなかった……さてはおぬし、首無し騎士デュラハンか」

「ご名答! 私の頭はてめえらに罵詈雑言を飛ばすだけの飾りに過ぎない。一撃死狙っても無駄だ」


 斧が振り下ろされる直前、玄公斎は回避するだけでなく、すれ違いざまに天涙で相手の首を切り裂き、同時に「抜刀氷雪」による冷気を付随させた。

 再生能力がある魔の物ですら、首を一瞬で落とされた瞬間に傷口を再生不能にさせられてしまうまさに必殺の「一の太刀」なのだが、首無し騎士デュラハンであるリヒテナウアーには全く効果がない。

 あっさりと一撃を入れられたのは、相手が避けられなかったからではなく「避ける気がなかった」だけなのだ。



 その一方で、今まで見たことのない次元の違うやり取りを間近で見ているあかぎは、完全に絶句していた。


「いい、あかぎ。よーく見ておきなさい。本当の達人がどんな戦い方をするのかを」

「う、うん……!!」


 あかぎの身体は環とともに半透明になっている。

 これにより、相手がこちらを視認して特殊な攻撃をしてこない限りは攻撃が当たらないので、あかぎは二人の戦いぶりを間近で見ることができた。

 もっとも、玄公斎もリヒテナウアーも動きが速すぎて、とても目でとらえられるものではないが。


「それと、あかぎがよく見なきゃいけないのは、あの女の人の方ね」

「……え?」


 師匠の玄公歳ではなく、敵であるリヒテナウアーの動きをよく見るようにと言われ、あかぎは怪訝な顔をした。


 その間にも一騎打ちは続いており、武器が打ち合うごとに地面に大小のクレーターや、引き裂かれた跡が発生していく。

 だが、やはりお互いに決定打を当てるまでに至っていない。


 攻撃力でいえばリヒテナウアーの方が圧倒的に勝っている。

 彼女の攻撃がほんのわずかでも当たれば、玄公斎は即死しかねない。

 その一方で、機動力は小柄な玄公斎の方が上回っており、不思議なことにあの質量の斧の攻撃を刀で受け止めても、あかぎのように吹き飛ばされることもなければ刀が破壊されることもなかった。


「――――なるほどねぇ、妙な戦い方をするじゃねぇか。私の攻撃の威力が、すべて明後日の方向に受け流されている。こんな相手は初めてだ」


 現在の力量でいえば、リヒテナウアーの方に明らかに分がある状態なのは彼女もよくわかっている。わかっているのだが、どうにも攻撃が届かない。

 生前も、死後も、無数の戦いを繰り広げ、そのほとんどで勝利したリヒテナウアーにとっても、かなり不可解な現象だった。

 かといって彼女は攻撃の手は緩めることはない。押して開かない扉でも、押して押して、押しつぶして破壊してでも開くのが彼女の戦い方であり、それ以外の方法は知っていてもやるつもりはない。


(力任せのように見えて、隙が全く無い。特別な修練なしでは、人間がこやつに勝つのはまず無理じゃろうて。じゃが…………オーバードライブの影響から回復し、戦から遠ざかって鈍っていたこの身体も、勘を取り戻しつつある。それまでに死なないようにせねばな)


 一応、最悪な事態になってもリカバリーする手段は用意しているが、そのような手段に頼る気は毛頭ない。

 かの徒然草にも、矢の練習で失敗を前提として予備の矢を持っていては、上達は難しいと書かれているように、あえて自分を後がない状況に追い込まねば、本当の実力は発揮できないものなのだ。

 果たしてその考えが、自分の意志なのか、不気味な戦意の高まりによるものなのかわからないが。


 リヒテナウアーの斧の動きは衰えるどころかさらに早く鋭くなり、まるで斧そのものが肉食獣のような意志を持っているかのように、玄公斎をかみ砕かんと襲い掛かる。

 しかし、それ以上に…………徐々にではあるが、玄公斎の機敏さや太刀筋の鋭さが加速度的に増していく。

 普通の人間であれば戦っていくうちに疲労がたまり、動きが鈍くなるものであるが、この老人はその逆で、まるで動いているだけで体がどんどん鍛え上げられていくようだった。



「どうして…………あんなにすごい攻撃なのに、どうしておじいちゃんは平気なの?」

「それはね、覚悟の違いなのよ」

「覚悟の違い?」

「兵士甚だしく陥れば、則ち懼れず。往く所なければ、則ち固く、深く入れば、則ち拘し、已むを得ざれば、則ち鬪う――――」

「……ええっと」

「今おじいちゃんは、たった一回でも攻撃を受けてしまえば死んでしまうの。だからこそ、絶対に負けられない、勝たないと生き残れない。そんな思いがおじいちゃんに力を与えているのよ。けど、相手の女の子は何回傷を負っても、それこそ死んでも、それはそれで構わないと思ってる…………まあ、それ以外にもいろいろとあるのだけど、精神の力は案外侮れないものなのよ」


 あかぎにとって、環の言葉は少し難しかったらしく、完全には理解できていないようだった。

 けれども、なんとなくわかってきたのは、いまのリヒテナウアーの戦い方は先ほどの自分と重なるような気がする、というものだった。


(きっと、ただ力をぶつけるだけじゃダメなんだ。私には、覚悟なんてあるんだろうか?)


 なるほど、未だに自分の力さえもうまく制御できないあかぎが、完全に自分の力を掌握しきっているリヒテナウアーに勝てる通りはない。

 しかし、もし自分の力を十分把握するだけでなく、限界を超えた力を出せるとしたら?



 戦い始めてからすでに10分が経過する。

 時間がたつにつれて見る見るうちに強くなっていった玄公斎は、とある一点で急激に体が軽くなるのを感じた。


(よし……あともう少しじゃ。久しく忘れていたこの感覚……ようやくわが手に戻ってきおったな!)


「ジジイ……てめぇ、あの時本気だって言ったのは嘘だったのか!?」

「嘘ではない。はあの程度が本気じゃった。が、男は戦いの中でも成長する生き物なのじゃよ…………!!」


 その言葉とともにはなった刀の三連撃が、今まで全くとらえられなかったリヒテナウアーの鎧を切り裂いたのだった。

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