人の形をした破壊 前編(VS ???)

「お前は、力が欲しいんだろ? いや、正確に言えば、欲しいのは力そのものではなく、力を得る方法ってところか」

「えー、なんでわかるの?」

「素直かよ。だがますます気に入った」


 目の前の大女が赤い瞳を狂気にぎらつかせながら一歩一歩あかぎに迫る。

 あかぎもじりじりと後ろに下がるが、それは恐怖心からではなく、あくまで敵の間合いを避けようという意思の表れであった。

 ただ、相手には「間合い」などという概念はないようだ。

 またしても瞬間的に空気が膨らむと、10メートル以上ある距離を一瞬で詰め――――あかぎの顎先に指を添えてクイっと持ち上げた。


「教えてやるよ……お前の欲しいものを手に入れる方法をな。私の物になるという、条件付きでな!」

「っっ!!」


 あかぎは刀を素早く振り上げると同時に大きく後ろに跳ねた。

 それと同時に、久々に覚えた感傷が湧き上がるのを感じた。


(これは…………恐怖!? あたし、今……死ぬかと思った)


 いつ以来だろうか、このように明確に「怖い」と感じたのは。

 まだ記憶があいまいな時に船に乗って、暴漢3人に襲われたときは何ともなかったのに、戦いが終わった後に一気に押し寄せてきたこの感情。

 ほかの人からも散々指摘されていたのだが、どうもあかぎは「恐怖」という感情が一般のそれとはかけ離れているらしい。なにしろ、あの強大な竜に対してさえ「死ぬかもしれない」という恐怖が沸いてこないのだから。


 だが、今彼女は明確に自分の生命の危機を悟った。

 現にあのままだったら、目の前の女に素手で首をへし折られていた可能性もあった。


「あたしは……もう、おじいちゃんに弟子入りしているの! あなたの仲間になんて、ならない!」

「フヒヒ、そう来なくっちゃなぁ!! けど残念だったな、この私に目をつけられて逃げ切れたやつはあんまりいねぇ!」

(いることにはいるんだ……)

「テメェを殺してでも、私の部下にしてやるっっ!!」


 再度、質量の膨らみを感じる。

 ものすごい速さで右手側によけた瞬間、ドゴンという轟音とともに地面が爆発し、その衝撃波であかぎは吹き飛ばされた。


「どうだ、お前、これが気になるか?」

「…………その斧っ! なんかすごく、悪い奴な気がする!」

「わかるか? この斧こそ、かの暗黒竜王エッツェルの牙から削り出した逸品……ブレッケツァーンだ」


 そう、目の前にある斧こそ、悪名高い「黒い三種の竜器」の一つ。

 暗黒竜の牙から作られ、死と破壊を振りまく斧、ブレッケツァーン。


 かつて大戦では竜王側の切り札として大いに破壊を齎したが、先代神竜の牙から作られた「白き三種の竜器」の持ち主により使い手は倒された。

 しかしこの武器は異世界に流れ着き、さらにとんでもない人物の手に渡った。


「ああ……あああ――――」

「そうだ、憎いだろう。この斧が、この斧がまき散らした破壊の数々が!」


 ブレッケツァーンをその目でまじまじと見たあかぎの体温が急激に上昇していく。

 あの時と同じようにかぶっているフードを脱ぎ、赤く染まった髪の毛から、ゆらゆらと陽炎が立ち上る。

 原初の火種が、竜にすべてを奪われた人々の憎しみや怨嗟が、急激に燃え上がっていく。


「――――っ!!」


 あかぎのもつ刀が天高く燃え上がり、その場で何度も振り回すと、無数の炎の刃が衝撃波となって相手に殺到した。


「ぬるいわ!!」


 対する相手の女は斧を一振りし、衝撃波を風圧ですべて消滅させると、こちらもあかぎに突撃した。

 数トンにもなる常軌を逸した重量の斧が振るわれると、受け止めようとした刀がまるで飴細工のように音もなく砕け散り、掠ってすらいないのにあかぎの全身に裂傷を与えた。


「ク……リュウめ!!」

「ハハハいいぞいいぞ、狂え狂え!! を閉じ込めている、理性の檻をぶった切れ!! さもなくば死ぬぞ!!」


 折れた刀はなぜかすぐに再生した。

 どうもあかぎの武器にも何らかの秘密が隠されているようだが、今そのことについて考える余裕はない。

 その一方で、彼女の表情にはすでに先ほどのような恐怖感はなかった。

 もはや「死ぬこと」とか「生きること」など些細なものとしか思えず、相手を倒し、憎き存在をすべて破壊することしか考えられない。


「うあぁっ!! ああぁぁぁっ!!」


 ブン回される巨大な斧の攻撃に怯むことなく、炎と斬撃でがむしゃらに切り込みを狙うあかぎ。

 彼女が通った後の地面には一直線の焦げ跡がつき、いくつかの炎上斬撃があたりの草地に着弾し、激しく燃え上がった。


(まだだ……まだ届かない! けど、なんでだろう、強くなってる気がする!)


 直撃こそ免れているものの、斧が巻き起こす斬撃と衝撃波があかぎを襲い、そのたびに彼女の身体から鮮血が噴き出す。しかし、その傷はすぐ噴き出すものが血から炎に変わり、いつの間にか彼女の肉体を再生させた。

 世の中にはアドレナリンが常人よりも強力すぎて、肉体の再生速度まで急激に上昇する者がいる。

 今のあかぎは、まさに同じような状態だった。


「いい顔になってきたなぁオイ! が、にはまだ遠いな!! さてと、そんじゃあ準備運動は終わりだ! ここからは楽しい殺し合いだ!!」

「!!」


 先ほどとは打って変わって、大質量の斧が急に目前に現れる。

 当然回避はできない。

 下から上に切り上げる一撃! 打ち付けた刀が木っ端みじんに砕け、あかぎの身体が天高く舞う!


「カフっ……ガ……」


 人体が両断どころかミンチになってもおかしくない威力の一撃で、あかぎの全身の骨があちらこちらで砕け散る。

 痛みは感じない。一撃をもらってしまった悔しさと、この破壊が人に向けられた時の憎悪が沸き起こり、体全体が燃え上がる。


「オノレ……ェ!」


 空中を舞いながら、あかぎが刀の先端から火炎球を同時に5発、地面に向けて発射すると着弾して燃え上がった炎があかぎの輪郭を形作り、地面を燃やしながら相手に襲い掛かる。

 対する相手はまたしても斧の風圧でこれを一掃。

 もはや並の攻撃では、彼女に届かないのだ。


「どうした。もう泣くことも笑うこともできなくなったか? 死ぬことは怖いか? 怖くねぇよな! 次は、死よりも恐ろしいものを教えてやるっっ!!」


 満身創痍になりながら、ようやく受け身をとって着地したあかぎは――――


(あ――――死――――)


 黒い暴風が、究極の破壊が、駆け抜けていった。


「っっっぁぁぁぁぁああああああああっっ!!!??」


 そして、あかぎの絶叫が夜空に高く響きわたるのと同時に、彼女の左肩から右わきまで大きな傷が走り…………致死量を軽く超えかねない鮮血が勢いよく噴き出したのだった。


「が……がぁっ、げほっ…………」

「お、意外と頑丈なんだなお前。一回殺してにしてやろうと思ったんだが」


 敵の女の言う通り、あかぎのダメージは生きているのが奇跡といえるほどだった。

 炎をもってしても傷口は容易にふさがらず、体は失血のショックで痙攣している。

 おそらく全身の骨もあちらこちらで粉砕しており、内臓も脳と心臓がかろうじて無事であることくらいしかわからない。


(い、いやだ…………しにたくない。しにたくないよぉ……)


 真っ赤に染まったあかぎの視界に、わずかに輪郭だけが判別できる敵の姿が映る。

 くしくもそれは、彼女の中に無数に詰め込まれている怨念たちが、最後に憎き敵の姿を映している光景にそっくりであった。


 そしてあかぎも…………この敵を憎み、恨み、呪いながら、死んでいくのだろうか。


 そんなとき、どこからか透き通るような美しい声が聞こえた。


(あかぎ……安心しなさい。おじいちゃんとおばあちゃんが、あなたを死なせないから)

(この声、おばあちゃん…………?)


 赤い視界が白い光に包まれ、まるで聖母のような慈愛に満ちた表情の女性が、あかぎの身体をそっと撫でた。

 ごまかしていたこの世の地獄のような痛みが消えていくと同時に、どんどん眠くなっていく。





「おいジジイ、私の殺し合いの邪魔すんじゃねぇ。オケアノスの向こうにぶっ飛ばされてぇのか? あ?」

「わしらのかわいい娘がいたぶられて助けてやらん親がどこにおる。そなたがあかぎの敵ならば、同時にワシの敵でもあるわけじゃ」


「え? おじいちゃん!?」


 気が付くと、あかぎはすっかり傷が消え、彼女をかばうように玄公斎が立っていた。


「それとも、この老骨ごときでは手柄首にならんか?」

「いいや、上等だ。もう少し私の機嫌がよけりゃ喜んで殺してやりてぇんだが、人が奪おうとするのを邪魔されたせいで、今の私は猛烈に機嫌が悪いんだ。………………楽に死ねると思うなよ、ジジイ――――」



【今回の対戦相手】???

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885714804/episodes/16817139559155634748


ガーデン・ライラック

https://kakuyomu.jp/works/1177354054889074398/episodes/1177354054889438369

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