異世界最終決戦 6(VS悪竜王ハイネ)

 地上で日本人たちが四苦八苦している一方で、上空で異世界の掌握を狙う巨大悪竜王ハイネも若干であるが焦りを感じていた。


(本当なら、もう少し準備に時間をかけたかったのじゃがな。おまけに、ワシが元の世界に残してきた魔力供給源が断ち切られてしまった。つくづく、憎たらしい人間どもじゃ)


 ハイネは後先考えない竜たちとは違い、自らの絶対的な安全圏を確保しながら戦うことを是としている。

 たとえそれが非常に回りくどい方法だったとしても、ハイネは地道に、しかし確実に、自らに有利な状況を作り上げる。

 悪竜がほかの竜たち……竜王にすら蛇蝎のごとく嫌われるのは、自らの圧倒的な力に過信することなく、人間のように(竜たちから見れば)姑息でしみったれた手段を躊躇なく用いるからにほかならない。


 勝つためではなく負けないために。

 ここまで来るために、あらゆる手段を講じたはずだった。

 ぶっちゃけ、智白たちの世界に使い魔を放ったのは、この世界を支配しようという気はさらさらなく、外付けの「悪意製造機」にするだけのはずだった。


 その完璧な歯車が狂った元凶は――――


(そう、このクソガキになった老いぼれ人間……! こやつさえいなければ……!)


 絶望のデセプティアを倒した時から興味を持ち、空虚のペルペテュエルを倒した際に「面白い人間がいる」と目をかけていたこの老人……いや、元老人の少年は、彼にとっての遊び相手になると思っていたが、予想以上に目障りな存在になるのにそう時間はかからなかった。

 だからこそ、ハイネも米津夫妻を倒すことに固執した。

 彼らが見せるであろう絶望の表情こそが、いつしかハイネにとっての目下最大の目的となっていた。


(今度こそは容赦せん。ワシの全力をもって、この世界を破壊し、立ち向かったことを遺伝子にまで刻み込んでくれよう)


 智白に対する並々ならぬ憎悪は、ハイネの力をさらに引き上げる。

 巨大な悪竜が爪のようなものをイメージした瞬間、不可視の巨大な斬撃がビバ・アンチマギア・ブラック・タイダリア号を襲った。


「うおおっ!? バリアが!」

「アンチマギア! 船を自動操縦に切り替え! 接近戦に持ち込むよ、タマ姉さん、飛行能力の付与を!」

「わかったわ」


 幸いバリアがあったおかげで大破は免れたが、宇宙戦艦のビームすら受け止めるビームを深々と貫通するというのは、想像を絶する威力だ。しかもこれが目に見えないのだから、余計シャレにならない。


「とりあえず、アンチマギアさんを飛べるようにするとして、あかぎは?」

「あたしは自力で飛べるよ!」

「僕とトランも」

「私も不要だぜ! デュラハンの飛翔能力なめんな」

「私は反重力で」

「二重反作用空歩術があれば」

「飛べないのは私だけかよ! アンチマギア超ショック!!」

「僕も飛べないから安心していいよ……」


 実は、自力で空を飛べないのは智白とアンチマギアだけ。

 それ以外のメンバー……天女である環はもちろんのこと、あかぎにシャインフリート、リヒテナウアーだけでなく、要や雪都まで自力で飛べる。

 つくづくトンデモ集団がそろったものである。


 が、だからと言って勝てるかどうかは別問題だ。

 智白が各メンバーに手早く指示を出すと、各々ハイネに向かって攻撃を仕掛けていく。


「くらえーーーーーーっっ!!」


 まず先陣を切ったのはあかぎ。

 昨日まで装備していた斧はリヒテナウアーに返し、今は自らが生み出した紅蓮の大剣を振るって、超高威力の爆風をたたきつける。

 しかし、この攻撃は当然のごとくハイネに届くことなく、目に見えない壁のようなもので防がれる。


『無駄じゃというに。この『悪竜の防壁』の突破は叶わぬ』

「はっ! そんなのやってみねぇとわからねぇだろっ!!」


 次にアンチマギアが無数の包帯をハイネに向けて伸ばしたものの、やはり目に見えない何かに防がれるばかりか、触れた包帯の先端が一瞬でボロボロと崩れ落ちてしまう。


「どけ、オマエラじゃ話にならん。おいクソ竜、こいつが何かわかるか」

『ほう……暗黒竜エッツェルの牙か。よくもまあ、そのようなものを持ち込んだものじゃ』

「わかってんなら話ははやいな! テメエの頭蓋をカチ割ってやんよ!」


 続いて、リヒテナウアーが空中を助走し、大斧「ブレッケツァーン」を叩きつける。

 彼女の「破壊突撃」と暗黒竜王の牙から作られた武器の一撃は大変な威力だったが、それでもなおこの防壁はびくともしない。


「手ごたえはあった! だが、驚いたな…………こいつの結界は純度100%の悪意そのものじゃねぇか」

「なにそれ? そんな結界、聞いたことがないよ」

「閣下、これはおそらく、今までにこの竜が溜め込んできた無数の生命体の悪意そのものを、エネルギー体としているのだと思われます。そして、この世のすべての攻撃に対するエネルギーと相殺することで、攻撃を防いでいるのでしょう」

「ははぁなるほど、それは無敵だね」


 そう、ハイネが自らの周囲に張り巡らせているのは、雪都が指摘した通り「悪意・憎悪」などの負の意識を、エネルギー体として固めたものだ。

 原理的には結界というより超能力者が張る精神力のバリアーに近い。

 そして、ハイネへの悪意の供給が途絶えない限り、不可視のバリアはこの世のあらゆる現象をエネルギー変換して吸収し、無効化してしまうだろう。


 退魔士側が張った結界も「空間断絶」というチートなら、悪竜側もまた悪意バリアーというチート。

 互角に思えるかもしれないが――――


『どうした、その程度か人間よ。いくらお前たちの即席の結界が優れていようと、人間が維持できる時間はたかが知れておる。じゃが、こちらはその気になればあと数年はそなたらの攻撃を全て防ぎ切って見せよう。ははは、どうじゃ、絶望したであろう』

「そんなのやってみなきゃわからないじゃないか。お前の防壁は無敵かもしれないが、無限じゃないかもしれない。ならば…………ひたすら押し切るのみ!」


 ここにきてもなお、智白は方針を変えなかった。

 引き続きリヒテナウアーやシャインフリートなどが四方八方から攻撃を叩きつけ、ハイネが放つ不可視の攻撃を回避していく。


(愚かな……なんと愚かな。ワシはこやつのことを少し買いかぶりすぎていたか? いや、今までワシが本気を出してこなかったゆえ……人間とはしょせんこの程度が限界なのじゃろうな)


 先ほどまでの怒りと憎悪、そして焦りはどこへやら。

 愚直に無意味な攻撃ばかりを叩きつけてくる人間たちを見て、ハイネは智白たちへの評価を急速に下げ始めた。


 しかし、これこそがハイネの一番の悪い癖である。

 この時にも油断も慢心もせず、堅実に全力を出していれば、あるいは違った未来も結末もあり得たかもしれない。

 だが、「悪意」そのものが生き物になったと言われる悪竜は、本能的に人間を見下さずにはいられない。

 人間にとって蟻がいくら噛みつこうとも大して脅威ではないと同様に、そもそも人間が竜に勝つということがあり得ないと無意識に思っている。



(ハイネめ、やっぱり油断しているな。あとは、タイミングだ)


 智白は既に、防壁の攻略法をある程度つかめていることを知らずに…………

 

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