鉄血! 米津道場! その15
あの日……心の中の何か大切なものを失った遥加は、修行の間もひたすら玄公斎や仲間の言われるがままに動くだけで、自分がどうすれば強くなれるのかという積極的な考えが持てないでいた。
自分が何のために戦い、何のために強くなるのか?
強くならなければ、本当の自分を取り戻すことができないからか?
それとも…………?
心が弱くなったとか、心が折れたとか、それ以前に「人の心がなくなった」という致命的な空白を抱えた遥加は、身体がいくら苦しくなっても「苦しい」と思うこともなく、かといって辛い修行も「辛い」と思わない。
淡々とこなすことだけをこなしていく、まるで機械そのもの。
そんな彼女に、米津環は「心を無にすることで達することができる境地がある」ことを叩き込んだ。
「究極の弓使いになるには、あなた自身が「弓」になればいいのよ」
「なるほど」
邪念は一切捨て、無の境地に達したことで、もともと存在した彼女の強さを零点状態ですべて引き出した。
その結果、遥加は自らが「弓を射る」ことそのものとなり、究極ともいえる百発百中を実現したのであった。
「また来たのね。第二ラウンドも当然私が勝つわ」
「おう遥加! さっきはちょっととちっただけだ! 私はまだ本気を見せてねぇぞ! ってなわけで今度こそタイマンだ、いくぜぇっーーーーーーーーー!!! ぐふっ!?」
思いの外短時間で戦場に戻ってきた夕陽とアンチマギア。
遥加のやることは変わらない。何の躊躇もなく一瞬で弓を引き絞って、ほぼタイムラグなしで二人に矢を放った。
まっすぐに突撃してきたアンチマギアは、無謀にもジャンプで崖を越えようとしたが、あっさりと矢が直撃して谷底に真っ逆さまに落ちていった。
一体何がしたかったのかと若干あきれた遥加だったが、その一方で夕陽に対してはあまり手ごたえがなかった。
(うん?)
何かおかしいと思い、遥加は夕陽相手に何発も矢を連射するが、驚くことにそれらの矢は彼が手に持った刀で直撃コースを僅かに逸らされ、かすり傷を作る程度にとどまった。
(不完全だが……なんとか、できるようになってるようだな)
高威力の射撃を防いだ衝撃で腕が痺れる中、夕陽は何とか土壇場で、玄公斎が何度か見せた刀による絶対防御の一部を再現して見せた。
幸がいる状態であれば、おそらくもっとうまくできるのだろうが……今は動かずに矢を迎撃するだけで精いっぱいだ。
(遥加が弓を放つのを見てからの回避だと遅すぎる。いや、遥加が矢をつがえた時に回避でもまだ遅い! どこに矢を放ってくるかを先読みして、正確に防がないと)
いま、極限の集中状態にある夕陽は、0.1秒程度の単位でモノの動きを把握できるまでになっている。が、それでもなお遥加が放つ矢は見えない。
(かつて戦った竜舞奏は、手と足さばきだけでヴェリテの雷撃を弾いていた。それに比べれば圧倒的に難易度は低いけど、それでも人間がやれる芸当じゃねぇぞこれ)
夕陽をかろうじて支えていたのは、かつて戦った強敵たちとの戦いの経験なのはある意味皮肉であった。
この世界に来てからもいろいろ無茶をしたものだが、その時の戦いの記憶は今でも体にしっかりと刻み込まれている。
(今度こそ当てる)
(……っ! 来る!)
1㎜でも狂えば、0.1秒でも遅れれば、それだけで致命傷を負うであろう遥加の弓矢を、その場から動くことなく、刀を振るって正確無比に逸らしていく。
今の技量では打ち落とすことはできず、わずかに逸れるだけで、結局傷になってしまうこともあるが、直撃よりは遥かにましだ。
今は1秒でも早く幸を迎えに行きたいというのに、その場から一歩でも動いてしまえば、体のバランスが変わってしまい、今までのように弾くことができなくなる。
夕陽はひたすら分の悪い我慢比べをするほかなかった―――――――が、耐えるのもあと数発が限度というところで、盤面に動きがあった。
遥加が夕陽相手に集中しすぎるあまり、足元から別の気配が迫っていることにしばらくの間気が付かなかったのだ!
「よぉ……待たせたな遥加! 私とタイマンしようぜぇ!」
「アンチマギアちゃん……? うそ、気が付かなかった。とりあえず顔面に直撃させなきゃ」
「ぐおっ!?」
急峻な崖から這い上がり、包帯の一端を遥加の足に絡ませたアンチマギア。
しかし遥加は驚きはしたものの、あくまでも冷静にアンチマギアの顔面に矢を打ち込む。
これでまた大ダメージ……かと思いきや、アンチマギアはとてつもない激痛に耐えて見せた。
「へへへ、もう逃げられねぇからなぁ……!」
「やだ、なんか変質者っぽい」
「うっせえ! お前は私と二人きりで、くんずほぐれつのタイマンをするんだよ! いくぜ、
「!!」
瞬間、世界が反転し、白一色になった空間に遥加とアンチマギアだけが立ち尽くしていた。
「そう……あなたも『ネガ結界』が展開できるまでになったのね。その思いがどこから来るかは知らないけど」
「『ネガ結界』? なんじゃそりゃ? とにかく、ここには私とお前以外はいねぇ! まさしく「私とタイマンしないと出られない空間」ってわけだ!」
「まあいいわ。いずれにせよ、あなたを倒せばどのみち『ネガ結界』は消える。勝ったと思うにはまだ早いということを教えてあげるわ」
こうして、アンチマギアと遥加はともに『ネガ結界』へと消えた。
「すまんな、アンチマギア。あかぎともども足止めに使わせちまって。けど、俺は…………今は少しでも前に行かなきゃならないんだ」
一人戦場に取り残された夕陽は、遥加との戦いで大きく消耗した自分の身体に喝を入れ、異空間のさらにその先へと進んでいった。
今回の取得技能:
アンチマギア…【
アンチマギアが修行の末に体得した『ネガ結界』と呼ばれる異空間を発生させる術式。アンチマギアが相手とのタイマンを強く望むことで、強制的に相手と
雷竜リヒテルと同名の技であるが、その関係は果たして……?
遥加…【無我之射】
玄公斎の世界における、弓術における到達点の一つ。
至為は為す無く、至言は言を去り、至射は射ることなし――――
限界まで「弓を射る」ことに体を特化させることで、まるで呼吸をするように矢を射ることができるだけでなく、「狙う」という動作すらも不要。矢を射ると決めた時には、すでに狙った場所に寸分たがわず矢が刺さる。
ただし、この状態になるには一切の雑念を捨てねばならず、少しでも余計な思いがあると十全な効果を発揮しない。
おそらく、彼女が本当の自分を取り戻したとき、この技は使えなくなるだろう。それでも「果てしなく遠くのものを正確に射貫く」ことができるだけの能力は、確かに身についたのだ。
【空虚滅精】
【無我之射】に遥加の本質である「対マギア」の効果が表れた結果、マギア相手にピンポイントで特効が付く。マギアがこの攻撃を食らうと、一時的に情念の力が激減し、何度も受けてしまうと力の源そのものが消えてしまう恐ろしい攻撃となる。
この効果も、彼女のその後の心持によっては効果が発揮されなくなることもありうる。
夕陽…【時斬り】
武器で相手の攻撃を受け流すための基礎的な技術。
集中すればするほどその効果は増大し、まだ初歩ではあるがピストルの銃弾くらいならはじき返すことができる。
対戦車ライフル並みの威力を誇る遥加の弓矢くらいまでなら、ぎりぎり直撃しない程度に攻撃を受け流すことができるが、今はまだ技を覚えたてなので、少しでも体を動かすとうまくいかなくなってしまう恐れがある。
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