異世界最終決戦 15(VS悪竜王ハイネ)

 国会議事堂と退魔省本部を破壊されたことで一時的に混乱状態に陥った日本軍だったが、にのまえ大将が決死の覚悟で強力な結界を張ったことで、素早く指揮系統を再編することができた。


 無事だった退魔士の高官が全軍の指揮系統を掌握したちょうどその直後、連絡係を命じられていた長曾根要から本部に連絡が入った。

 まず、智白が指揮をとれる状態ではないため、権限は一任するということ。

 次に、霞ヶ浦に悪竜王の巨体を墜落させるために、すべての合金ロープをかき集めること。

 そして…………動員できる建設工事業者、特に解体業者を可能な限り集めること。


 智白は日本の…………いや、地球の持てる力を総動員し、異世界からの侵略者を生きたまま解体してしまおうと試みたのだった。


(このワシが……悪竜の王、ハイネが……人間どもに生きたまま解体される、じゃと……! ありえん……! そのようなことは、ありえん!)


 ハイネが初めてこの世界の存在を知り、そしてブルーバードを通じてこの世界を覗き見た時、これほどまでにおいしい世界があるものかといい意味で驚いた。

 世の中は平和そうだったが、それゆえ平和ボケしており、フロンティアの住人が持っているようなハングリー精神が感じられなかった。

 その上、平和で満ち足りた世界にもかかわらず、人間たちは些細なことで不幸を感じ、嘆き、絶望していた。

 彼らの心の隙間に取り入り、自らの糧とするのは訳ないことだった。


 結局ハイネは最後まで侮っていたのだ。

 人間はたやすく悪意に流される、弱き生き物だと。

 人間とは生まれながらにして悪であり、その本性は欲にまみれているのだと。

 それはある意味正しい見解だったと言える。


 その一方で、ハイネは心の底で人間は中途半端に善性のある生き物だとも思っていた。

 悪と善は表裏一体であり、善があるからこそ、悪は尽きないものである。

 ゆえに、人間は本質的に善の生き物でもあるわけで、そのことをハイネもよくわかっていたはずだった。



「おーっ、すげぇっ! 機械がたくさんだ! これ全部、この国の物なのか!?」

「驚くのはまだ早いよアンチマギア。これはまだほんの一部。いまでも各地方から……世界中から、解体作業をする人が集まっている。ほら、あちらこちらに輸送機がきているでしょ? 集まる人数は、ざっと数百万を超えるはずだ」

「げっ、そんなに大勢人間がいるのかよ!? セントラルの人口越えてるぜ!?」

「というか、さっき君たちが見たあの大都市には、それこそ二千万人以上も人間が住んでいるし、あれより小さいとはいえ、似たような都市がこの星には無数に存在する。そうだね……今この星の人口は、50億人を超えるんじゃないだろうか」

「意味わかんねぇ……でも、そんなに大勢の人間に襲われたら」


 アンチマギアは思わずぞっとした。

 自分たちが住む世界の何万倍もの人口を誇る世界が、その総力を挙げて悪竜王を解体しているのだ。

 もし彼らが自分たちの世界に攻めてきたら、それこそ今までの危機とは比べ物にならない悪影響があることは彼女の頭でも容易にわかる。


(そうか……爺さん、いやシロちゃんが軽々しく助けを呼ばなかったのは、そういう理由なんだな)


 そんなアンチマギアの思惑をよそに、浮き橋を渡った作業機械が次々に悪竜王の身体に上陸していき、思い思いの場所で「工事」にとりかかった。


「さあさあさあさあ! 楽しい解体工事で大儲けの始まりなんだワ! 鱗の剥がし方は私が作ったマニュアルを確認してね!」


 いつの間にか工事現場の指揮を執り始めたのは、こっそりこの世界についてきていた銭ゲバ悪魔のフレデリカ。

 先の危機で大赤字をたたき出した彼女は、元を取ろうと必死だ。


 フレデリカが作成したマニュアルは、即座に電子化されて各作業部署に電子データや紙の手順書などで配布され、それをもとに悪竜王の体を覆う強固な鱗をべりべりと剥がしていった。


 だが、ハイネも黙って解体される気はない。

 この老獪な竜は、最後の最後まで悪あがきをやめることはなかった。


(…………人間どもがうじゃうじゃ湧いてきおる。しかも、どいつもこいつも、悪意むき出しのようじゃな。であれば……奴らの悪意を焚きつけ、同士討ちに持ち込むとしよう。あのヨネヅどもと違い、信念のない人間どもには耐えられまい)


 体内の恐ろしい激痛と、鼻腔で爆発したトルトル魔神の激臭に苦しみながらも、ハイネは残るすべての力を振り絞り、周囲に群がる人間たちに向けて悪意の喚起をおこなった。

 これにより、耐性のない人間たちは、その身に宿す「悪意」が大幅に増幅され、暴走するだろう。




「鱗一枚剝ぐだけでも100万円で買い取るそうだ! こいつは宝の山だ!」

「牙は危険だからもっと高値で買い取られるらしいぜ!」

「骨も未知の素材でスゲェらしい! ほかの連中に先を越されるな!」

「肉も残らず解体だ! 世界中の食糧事情が解消されるぞ!」


 悪意喚起のあおりを受けた人間たちは、驚くことに今まで以上に目をぎらつかせながら、ハイネの身体に群がってきた。

 そう、ハイネが喚起した人間たちの悪意は…………「金銭欲」だったのだ。


 人間が抱える悪意は文字通り千差万別――――

 そして「物欲」もまた、人間の悪意の一つである以上、ハイネの力で強化されてしまう。

 そして、この状況ではそれが却って裏目に出た。


 智白はハイネの身体の部位に解体報酬を設定した。

 用途の多い鱗は1枚で100万円から、牙や角などの希少部位は1億円以上。

 肉などは食用にできるかは不明だが、たとえ食えずとも肥料や飼料になるだろうと思われるので、これもまた膨大な金額になる。

 いまやハイネの巨体は、世界中の人間にとって降ってわいた宝の山だ。


『ヨネヅよ………貴様、まさかこれを見越して…………』

「ね、だから言ったでしょ? 人間の悪意を甘く見るなって。特にこの世界ではね、人間は自分たちの欲望のために、敵対する生物を文字通り皆殺しにしたんだ。僕は君の身体に「値札」を付けた。もう止まることはないだろう」


 悪竜王を守っていた「信者」たちは、智白たちの手ですべて倒された。

 残っているのは、首元で茫然と佇むハイネの精神体だけだ。


「君が僕の世界を荒らしたのは許せない悪行だけど、文字通り君の身体で支払うことでチャラにしてあげよう。大丈夫、日本では敵であっても祀る習性があるから、君の身体を解体しきって、残った魂は八百万の神の一柱に加えてあげよう。だから、今のうちに自分の神様ネームを考えておくんだね」


 そう言って智白は「天涙」を構えると、まるで瞬間移動したかのようにハイネの精神体とすれ違った。


 抜刀一閃――――ハイネの精神体が上下に切断される。


『認めぬ………ワシは、ま……だ……』


 その言葉とともに、ハイネの精神体は塵となって消え去った。

 同時に、弱弱しくも抵抗していた悪竜王の巨体の動きが停止した。


 その間にも、ハイネの解体は容赦なく進んだ。

 重機で梃子のように鱗を一枚一枚剥がし、皮膚をのこぎりで切り開き、肉をショベルカーやスコップで抉り取っていく。

 これらの作業は1日では終わらず、この後も数週間かけて行われることとなった。


 こうして、今まで幾多の人間の悪意を糧にし、多くの心をもてあそんだ人類の天敵たる悪竜王は…………人間の悪意によって、文字通り骨の髄まで吸い尽くされるという無残な結末を迎えたのだった。

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