異世界最終決戦 9(VS悪竜王ハイネ)

 自ら転移できるリヒテナウアーはともかくとして、なぜ第1天兵団たちが何者も寄せ付けないハイネのバリアを突破できたのだろうか。


(自分で命じておいてなんだけど、失敗したら死にかねないのによくもまあ迷いなく突入できるなぁ……)


 バリアを破壊できないのであれば、リヒテナウアーと同じように何らかの方法でバリアの内側にワープするのが手っ取り早い――――のだが、もちろんそんな簡単な話ではないことはわかっている。

 今回の作戦のカギを握っていたのは、またしても子狐トランだった。


 トランだけが使える「短時間だけ他人の技を模倣する」能力で、代表委員の千階堂が使っていた「設置型ポータル」を模倣したのだ。

 即席のポータルビーコンを召喚した後、それをリヒテナウアーがバリアー内に入った瞬間に起動し、外とつなげることで天兵団がバリア内に突入することができる。


 タイミングは非常にシビアで、そもそもトランが他人の技を模倣できる時間は、真似する技がどれだけ高度な物かにもよるが、最長でも3分未満。しかも、1回使ったらトランは消耗してしまいしばらく再使用できない。

 実質的に、タイミングはたった1回限りといえる。


 そのうえで、天兵団たちはハイネに大打撃を与えるために、あらかじめポータルの入り口に突入しなければならないのに加え、リヒテナウアーはハイネの脳天に一撃を与えると同時に、天兵団たちが効果的に直撃できる方向にポータル出口のビーコンを投げなければならなかった。

 そして、全方位どこでも攻撃できるハイネにポータルの出口を破壊されないためにも、リヒテナウアーがハイネの頭部に大打撃を与えて、ハイネの意識をポータルから逸らす必要があった。

 もし、天兵団の突入と、ポータル出口の形成のタイミングが合わなければ…………梶原中佐をはじめとする第1天兵団の面々は、バリアに真正面から生身で突っ込むことになり、待ち構えている結末は「即死」の二文字のみ。

 まるで針の穴を通すような危うい作戦だが、それを命じる智白の度胸と冷酷さ、そしてわかっていながら躊躇なく作戦に身を投じる天兵団たちの勇気は、驚嘆すべきものがある。


『トラン、やったよ! 天兵団のおじさんたちがハイネに直撃してる! 君がいてくれて本当によかった!』

「え……えへへ、これで僕もハイネに一矢報いれた」


 最高のタイミングで、文字通り突破口を開いたトランはこれ以上戦闘ができないほど衰弱していたが、彼は立派に役目を果たせたことで、その表情は笑顔に満ち溢れていた。

 数奇な運命の果てに、シャインフリートとともに戦い抜いてきたトラン。

 彼がこの場にいてくれたことは、智白にとって非常に幸運だった。


『さあ、僕も援護に回る。トラン、振り落とされないように気を付けて』

「うん……シャインの大活躍、特等席から見させてもらうよ」




 その一方で、即席のワープポータルをくぐり、見事に悪竜王の背中へと「着弾」を決めた第1天兵団たち。

 彼らの零距離砲撃は堅牢な竜の鱗を貫通し、巨大な悪竜王の背骨や内臓などに大打撃を齎した。


「ガッハハハハ、どうだイテェだろ! 竜の鱗だろうが、オリハルコンの城壁だろうが、総理大臣の顔だろうが、俺たちに殴れねぇものはないぜ!」


 着弾地点に射杭砲をぶち込んだ鐡之助が、もうもうと上がる硝煙の中からゆらりと立ち上がり、腕部に装着した射杭砲へシャコンと次弾を装填した。


『ぐぅ…………お、おのれ……』


 頭部への衝撃と、背中の激痛により、空飛ぶ巨大な悪竜王は姿勢を右側に崩し、徐々に高度を低下させていった。

 だが、それと同時に、天兵団たちの眼前に、どこからか黒く仰々しい服を着た金髪の少年が姿を現した。

 これは、竜の身体のダメージが大きかったため、精神体だけを外側に出し、本体をコントロールしようとするためだった。

 この仕組みは、かつて竜王エッツェルが、復活の直後で意識がもうろうとしている無防備な状態を、自らが信頼する人間に一時的にコントロールさせていたのに似ている。


『矮小な人間ども…………この悪竜王の背中を土足で踏んだ罪、万死に値する』

「けっ、背中踏まれたくらいでウダウダうるせぇんだよ。竜のくせにコソコソしやがってよぉ。なんなら、今度はキンタマかち割ってやってもいいんだぜ? 付いていたらの話だがなぁ! というわけで、くたばれ!」


 クラウチングスタートの姿勢から、一気に加速したリヒテナウアーが巨大な斧をハイネに叩きつけんとする。

 ハイネは、その一撃を防ぐべく、即席で不可視の悪意のバリアを張ると同時に、不可視の牙によるかみ砕きでリヒテナウアーに反撃を試みる。


「お前ら! あの女に獲物をとられっちまうぞ! 突撃だ!」

『ヒャッハー!!』


『そうか、余程死にたいようじゃな! その望み、すぐに叶えてやろう!』


 肉体が一時的に損傷しているとはいえ、流石は悪竜王。

 突撃してくる天兵団と、狂気の笑みで斧を振るってくるリヒテナウアー相手に一歩も引かず、全方面に凶悪な攻撃をばら撒いた。


『この、ちょこまかと……』

「すげぇなこの脚! ブーストも吹かせれば、跳躍だって自在! 漫画のサイボーグ戦士だ!」


 天兵団たちは、アースエンドの戦いの最中、シャザラックによって欠損した体の部位を高度な義肢に付け替える手術を受けた。

 それにより、もはや人間ではない脚力や腕力を手に入れた彼らは、悪竜王の激しい攻撃を余裕でかいくぐって見せ、隙あらばその体に射杭砲を撃ち込まんと接近する。


 だが、こうしているうちにハイネがさらに不利になる事態が発生した。


「みんなーーーっ! ちょっとそこどいて! あっつあつのものをぶち込むから!」

『覚悟しろハイネ! 今度こそ僕の手でお前を消し去ってやる!』


 なんと、今度はバリアで阻害されるはずのあかぎの火炎攻撃とシャインフリートの光のブレスが、ハイネの身体に直撃。悪竜王の巨体がさらに高度を下げた。


『くっ、今度はなんじゃ!? ワシの完璧な結界が…………!』

「なーにが完璧だ! お前の無敵バリアはこのアンチマギア様が消してやったぜ!」


 この作戦の一番の目標はハイネの周囲を覆う悪意のバリアをはがすこと。

 それには、最終的にアンチマギアをハイネに接触させなければならないが、困ったことにアンチマギアはその性質上、能力でポータルを無効化してしまい、そのままではバリアを貫通させることができない。


 その一方で、ハイネのバリアはハイネ自身が意識しないと耐久を回復することができないという欠点があった。

 リヒテナウアーと天兵団がハイネに一時的に大ダメージを与えることで、ハイネの意識をバリアの維持から逸らすことができれば――――無理やりこじ開けた個所から、アンチマギアが突入し、悪竜王に接触することで、彼が張るバリアを無力化することに成功したのだった。


「よし…………上手くいった。こんな綱渡りは二度とごめんだ」

「あら、あの世界に行ってから無茶ばかりしてたのに、今更なの?」

「綱渡りに慣れたら、自分だけじゃなくて、周りの人たちまで生死の境目に巻き込んじゃうからね。慣れないくらいがちょうどいいんだよ。それより、これでようやく勝ち筋が見えてきた」


 そしてここで、満を持して智白と環が悪竜王の背中に降り立った。


「悪竜王ハイネ。お前には、人間の本当の「悪辣さ」とは何なのか、教えてやる」

『ほざけ、矮小な人間。ワシにはまだ切り札がいくつも残っている。これで終わりだと思うな』


 対するハイネも、まだまだ戦意は衰えていないようだった。

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