強くなりたい
常夜幻想郷での激闘が終わり、黒抗兵団第1中隊(と言っても規模は既に連隊クラスだが)は戦後処理に東奔西走していた。
特に玄公斎は玄軍全体のリーダーとしてやるべきことが山積みで、自身も激しい戦いを終えたばかりだというのに休むこともなくあちらこちらとの交渉を行っていた。
傷ついた兵士たちの治療のために大瀑布周辺の空き館を調達したり、臨時で働ける召使たちを雇ったり…………これで環がいればもっと楽になったと思われるが、環はオーバードライブの反動で存在感が失われており、とてもではないが働ける状態ではない。
そんな中、一時的に食堂として貸し出されているマリアルイズ女男爵の館で、あかぎが、これでもかというほどの山盛りの料理を一心不乱にむさぼっていた。
いつもは仲間たちとともに、食べる量にドン引きされながらも一緒に楽しんで食べていたというのに、今日はなぜか誰も誘うことなく、ひたすら無言で暴飲暴食をしている。
「な、何かあったのかなあかぎちゃん?」
「さあ……疲れたからたくさん食べたくなった、とか?」
その異様な雰囲気に、ほかの仲間たちも声をかけるのをためらってしまう。
「あの子…………うちの食糧庫のみならず、周りの家の分まで食べ尽くす気かしら」
「本当に、あのちっこい体のどこにあれだけの食い物が入るんだか」
大人の女性人二人――――マリアルイズと智香も、あかぎの鬼気迫る爆食いを見て心配していた。
マリアルイズは自分の家の食糧庫が食い尽くされるという心配もあるが、それも些細な問題に思えるほど、あかぎの精神が不安定なのだ。
(やはり……あの精神世界の件が原因なのだろうか)
一方智香は、自身も危うく呑まれるところであったポラリスの精神世界で、あかぎ自身が内包する秘密の一端を知ってしまったゆえ、それがあかぎの精神に未だに影を落としていると考えていた。
(はぁ、私はやはりお人好しなのだろうか)
このまま見過ごせないと感じた智香は、自身も適当に食べ物をよそると、みずからあかぎの席の隣に腰かけた。
「あかぎ、隣いいか?」
「あ……
「前からやたら食うなとは思っていたが…………いくら疲れているとはいえ、食べすぎは体に毒だぞ」
「ほんはほほひはへへほほはははふひへ(解読不能)」
「食べながらしゃべるな、行儀が悪いぞ」
「モッシャモッシャモッシャ――――」
「……食べることに集中するのか。まったく……」
仲間とは言え、一応上司にあたる智香相手に話すより食べることに集中するあかぎにあきれて肩をすくめる智香。
大人相手にこのような態度をとれるのは、ある意味大物なのだろう。
「まあいい、いろいろ言いたいことはあるが…………今回の戦いはあかぎがいてくれてとても助かった」
「……?」
「あの強大な赤い竜…………正直なところ、私にはとても倒せる存在とは思えなかった。あの時私は、実力以前に気持でも負けていたんだ。ところがお前だけは、炎が平気だったとはいえ、果敢に食って掛かっていったな。その姿に勇気づけられたのは私だけではないぞ」
「…………」
あかぎが食べ物を口に運ぶ手がぴたりと止まり、無表情だった顔がみるみる赤くなっていく。
「そ、そんな……あたしはそんな褒められるようなことは」
「ふっ、そういう割には顔がにやけてきたぞ。そしてようやくその食いしん坊な手を止めたな。聞かせてもらおうか、何を悩んでるんだ」
「あっ! は、嵌められた!?」
「人聞きの悪いことを言うな」
あっさりと手玉に取られるあかぎ。
彼女はまだまだ子供。こういった手練手管で大人の女性に勝てるわけがない。
「悩んでるというか…………あたし、どうすればもっと強くなれるのかなって」
「どうすれば強くなれるか? おいおい、それはどちらかというと私が聞きたいくらいだ。お前のここ数日間の成長速度ははっきり言って異常だ。これ以上強くなってバケモノにでもなるつもりか」
「…………茶化すならもういいですよー。これを食べ終わるまで智香さんとは口をききませーん」
「お前……言うようになったな。反抗期か? まあ……茶化したわけではないが、その点は謝ろう。とりあえず、その心の内を話してみろ」
あかぎはどうやら、今よりももっともっと強くなりたいと望んでいるようだ。
正直なところ、少し前まで戦いも知らなかったか弱い少女が、いまや精鋭の黒抗兵団で最前線を担い、ほかのメンバーの旗印となるまでに強くなっている。
人間の成長速度としては明らかに異常であり、これ以上の速度で育ってしまったら将来はどのようなバケモノになるか想像もつかない。
しかし、あかぎにはあかぎなりの思いがある。
「あたしがもっと強かったら、死んじゃった仲間たちは助かったのかな? おじいちゃんももっと楽ができるし、それに……あの竜を倒すことだって」
「なるほど。その欲望は果てしないな。だがこれだけは言っておく、お前はまだまだ戦いの道に足を踏み入れたばかり。強さとは一朝一夕に手に入るものではなく、日々の積み重ねが肝要だ。お前のお爺さん……玄公斎殿も、ついさっきまで子供の姿だったが、それでもあそこまで強かったのはそれまで生きた年月の積み重ねがあったからこそだ」
「でもっ!! あたしは……!」
「強くなりたいなら、やることは単純だ。練習に練習を重ねろ。そして、きちんと身体を労われ。世界が生きるか死ぬか危ういといえども、だからといってすぐに強くなることはできないのだからな」
智香は辛らつだったが正論でもあり、あかぎはぐうの音も出なかった。
修行が嫌なわけではないのだが、今のままではまだまだ足りないと焦っている。
「ま、あの強大な敵を相手にしてそう思ってしまう気持ちもわかる。しかし、今は気持ちを落ち着かせるのだな」
「うん……」
おそらくあかぎは、新しく身に着けた力がいまだに己の中で定まっていないのだろうと智香は感じた。
努力に努力を重ね「黒の使い手」とまで言われるほどになった智香としては、あの幼馴染の男のように初めから才能がある(と少なくとも彼女が思っている)あかぎはむしろうらやましいくらいだが…………力の源を考えると、手放しに喜べないのもまた事実であった。
×××
その日の夜――――夕食を食べ終えたあかぎはキャンプに戻ることなく、町から少し離れた平野でただ一人、素振りを繰り返していた。
消灯時間はとっくに過ぎており、そろそろ寝ないと玄公斎に怒られるかもしれないが、玄公斎はまだたくさんの仕事を抱えており、あかぎにかまっている時間すらなかった。
それに、あれだけの激戦を終えたにもかかわらず、体力がまだまだ有り余っているように感じ、こうして訓練で体力を消費しようという意図もある。
(すぐに強くはなれない……日々の積み重ねが大切……そんなの、わかってる。わかってるんだけど、あたしはもっともっと……!)
そんなあかぎの脳裏には、何人もの人物の顔が浮かんでいる。
代表的なのが、前回ホテルで何度も顔を合わせていた日向夕陽という少年。
彼はあかぎとほぼ同年代のはずなのに、その身のこなしは非常に洗練されていて、胆力は大人顔負けだった。
はっきり言って、今あかぎが彼と一対一で戦っても勝てるビジョンが見えない。
(夕陽君とあたし、歳が近いのにあんなにも差がある。ならば、あたしもあれくらい強くなれるはずなのに!)
足りない。まだ足りない。
自分の中にある「熱」は、何かを求めて煮えたぎっている。
あれだけ大量に……それこそ、自分の体重の10倍以上の量の食事を平らげたにもかかわらず、体は全く膨らまず、何ならもっと喰らえると叫んでいるようだ。
足りない。まだ足りない。
一体何が? それも分からない。
「ならば、私が教えてやろうか?」
「!!」
突然、空間が膨らんだかのように、強大な存在があかぎの後ろに現れた。
一瞬で間合いと思われる範囲から後ずさりながら、相手を視認する。
満月の光を浴びながら、巨大な斧を肩で担いで狂気の笑みを浮かべる大柄の女性が立っていた。
金髪を後ろでまとめ、古代ローマを思わせる赤と銀の鎧は、彼女の殺気で今にもはじけ飛びそうだった。
あかぎは目の前に立つ圧倒的な力の塊を見て、思わずごくりとつばを飲み込んだ。
「ハん……いい目をしているな。飢えた狼の目だ……ヒヒヒ、お前のような奴をお目にかかるのは何世紀ぶりだァ?」
「な……なになにあなた? あたしと喧嘩する気!?」
「そうだな、殴り合うのも乙だが…………お前、私の部下になる気はないか?」
「え?」
そして、突然のスカウトの言葉にあかぎは思わず目を点にするのだった。
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