人竜同舟 前編(VSミノア・ドラグエンパシス)

 緊急を知らせる救難信号を受けて救助部隊が出発してから数時間後、綾乃から『撤退作戦が完了した』と連絡があり、しばらくしてビバ・アンチマギア・ブラック・タイダリア号が帰還してきた。


『救難部隊、帰還しました。友軍は撤収完了しましたが、重傷者が多数いますので集中治療室の用意をお願いします』

「医療班は待機済みです。着陸後すぐに受け入れます」

「手の空いている者は搬送の用意だ! 動線を確保しろ!」

「血液製剤が足りないとのことだ、本国に追加の物資の発注を急げ!」


 空中戦艦がドックに着陸すると、すぐにあちらこちらのハッチが開き、血まみれの重傷者が一斉に運び込まれる。

 早速の大被害にヘキサゴン内は蜂の巣をつついたような大騒ぎで、阿房宮の方に滞在しているメンバーにも治療の手伝いの声がかかるほどだった。

 そして、その被害報告はすぐに玄公斎にもたらされることになったわけだが……


「で、被害状況は」

「偵察に出ていた先遣隊50名のうち、重傷者が20名、戦死者が15名です。幸い幾瀬少将は回復できる傷で済んだようですが。また、現地で合流した友軍がいるようで、そちらに死者は出ていないものの、やはり重傷者が何人もいるとのこと」

「ほう、友軍か。力を貸してくれたことに礼を言わねばな」


 どうやら、現地で敵対生物と交戦した際に力を貸してくれた者たちがいるようで、玄公斎は直々に礼を言うとともに、戦いについての話を聞こうとしたのだが…………船から降りてきた「友軍」たちの正体は予想外なものだった。


「くっ……元帥閣下、申し訳、ございません…………独断で出撃しておきながら、このような醜態を……」

「もう、そんなにしょぼくれちゃだめよ美延ちゃん! あなたがいなかったら、あたしたちも大変な目にあってたんだし! 謝るなら一緒に謝ろ、ね!」


「なんと……竜の角が生えておるぞ。それに鱗まで。色合いからして火の竜か?」

「う~ん、おじいちゃん、たぶん違うと思う。あたしはいつものように、こう、あまりぐっと来なくって」


 自慢のトレンチコートを血だらけにしながらも何とか自力で歩く幾瀬美延少将の肩を、髪から瞳、マントに衣装まで赤一色の見た目麗しい女性が支えながら歩いていた。

 ド派手ながらも、どことなく王族のような気品を感じさせる女性は、驚くことに紅色の髪の毛から竜の角をはやしており、二の腕や腰回りの一部などに細かい深紅の鱗が見える。

 一見すると竜そのもののように思えたが、どうもあかぎの感覚ではあまり竜の衝動が沸かないようで、竜そのものではないとみている。


「もしかしてあなたがおっかない軍人のお爺さん? 初めましてっ! あたし、ミノアっています。ミノア・ドラグエンパシスっていいます! あたしたちは全員、竜と人のハーフなの!」

「ほほう、異種族のハーフとは……この世界に来てからそれなりに立つが、実際に見たのは初めてかもしれんな」

「美延ちゃん達とはいろいろありましたけど、危ないところを助けてもらいましたから、どうか叱らないで上げてください!」

「いや……叱らない云々はもういいわよ……」

「叱る………というより、軍法に照らすかはまだ何も聞いておらぬゆえ、許すとも許さぬともいえぬ。今動ける余裕がある責任者は、ホテルに集まってくれ」


 こうして、客人のミノアを加えた各部隊の隊長たちは、玄公斎たちとともにホテルの方にあるいつもの大部屋に集められた。


 その場に集まったのは、まず「偵察」という名目でエリア4まで赴いた幾瀬美延少将と、同じく第4師団のエースの一人である旭屋正義あさひや まさよし大佐、そして彼らを言葉巧みに先導して利益を得ようとしていた金融悪魔フレデリカだった。


「フレデリカよ……まさかそなたがわが軍を焚きつけたとはのう」

「あ、あはは、私としても今回の件は想定外もいいところなのですワ。私はただ、何かと入用な鉱物資源を提供して、ちょーっと見返りリベートいただこうとしただけなんだわさ」


 そもそも今回の一連の騒動の発端は、抜け目のない銭ゲバ悪魔が、兵器や基地建設に使う資材が大量に必要になるだろうことを見越して、第4師団に自分がエリア4に持っている鉱山から採掘される資源を売り込もうとしたことだった。

 これ自体はむしろそこまで悪い話ではない。

 現地の資源が使えるのは軍隊にとっても非常に助かるし、何より退魔士として軍に所属していながら巨大財閥企業の一員である幾瀬少将には、異世界商売に参入できるチャンスであり、見逃せる話ではない。


「私たちはフレデリカさんの案内の元、巨大な鉱山のある土地に向かったのですが…………」


 こうして関係者たちから次々と話を聞き、当時の状況について確認することとなった。



×××



 それはまだ玄公斎たちが道場内で激しい修行を行っていたころ……

 精鋭の退魔士たち50名を引き連れた、白いトレンチコートを着た女性――幾瀬美延は、フレデリカの案内の元、大地にぽっかりと開いたとてつもなく巨大な大穴にある鉱山へと足を進めていた。


「これは……まさに異世界ね。こんなに大きな穴、地球には存在しないわ」

「そうでしょうとも! しかもこのエリアでは、どこを掘っても質のいい鉱物資源が出るんですよ! 鉄は掃いて捨てるほど出てきますし、金鉱脈なんかもあっちこっちで見つかっていますワ! この先には一面塩でできた洞窟や、食べられるキノコがびっしり生えた場所、さらには放射性物質の洞窟も!」

「さすがにそれは近づきたくないわ。で、あなたが所有する鉱山はこっちであってるわけ?」

「ええ、ここをまっすぐ行ったところで…………おや?」


 フレデリカはエリア4の一部に、借金を返済できなかった債務者たちを奴隷のように働かせて利益をむさぼっている鉱山を所有している。

 いつもは現場監督を部下の悪魔たちに任せているのだが、なんだか様子がおかしい…………というよりも、鉱山にもかかわらず、つるはしの音も重機の音も聞こえてこない。


「…………」


 異様な雰囲気を感じ取ったのはフレデリカだけではなかった。

 軍団一の大男にして、退魔士の中でも上位の実力者である旭屋正義あさひや まさよし大佐が、洞窟の通路ギリギリの大きさを誇る巨大な盾を構えて前に出た。

 普段から無口な正義大佐だったが、戦いの気配には人一倍敏感であり、常に全軍を護る盾として、一番危険な最前列を進んでいく。


 果たして彼らが見たのは、ほとんど人がいない、仕事が放棄された巨大な鉱山施設と、縄でぐるぐる巻きにされたフレデリカの部下の悪魔たちだった。


「ちょっ! お前たち、なにがあったのヨ!」

「うぅ、社長……もーしわけにゃーでよ」

「竜人ちゅーもんらが、あてらの島をよーけ荒らしまわってん」

「……ねぇ、イントネーションが独特すぎて言ってることがよくわからないんだけど」

「この子達はまだ「悪魔弁」が抜け切れてないんだワ、勘弁してほしいんだわさ。それはともかく、このフレデリカ様のドル箱を勝手にこじ開けた挙句、大切な財産である奴隷たちをどこへ連れて行ったのか…………」

「あきれた。奴隷なんていう後進的文化がまだ残ってたのね。ま、私がとやかく言うことではないかもしれないけど」


 財閥の経営者の一人でもある美延は、フレデリカが鉱山で底辺債務者たちを奴隷として酷使させていたことにあきれつつも、これもまた異世界では常識なのだろうと無理やり納得した。

 彼女自身「女王様」と呼ばれるほどきつい性格なのは自覚しているが、彼女の下で働く者にはそれ相応の褒美は与えているのだから。


 そんなとき、鉱山の奥から複数人の人影が見えると、向こうから大声で話しかけてきた。


「あんたたちね! この鉱山で無理やる奴隷たちを働かせる悪い奴らは!」

「あぁん? さてはお前らか、このフレデリカ様のお金をかすめ取ろうとする極悪人どもワ」


 ここで現れたのはもちろん、ミノアたちドラグレイズ王国の戦士たちだった。

 武器や防具の素材になる物を集めるためにたまたまこの辺を訪れたところ、劣悪な奴隷労働させられているフレデリカの鉱山を見て、義憤にかられたようだ。

 彼女たちはフレデリカの部下たちをあっという間に叩きのめし、縄でぐるぐる巻きにした後、奴隷たちを解き放ったのだ。


「極悪人どもはあんたたちじゃない! あんな働かせかたかわいそうじゃない! あたしたちドラグレイズ王国軍が、奴隷を解放してあげたのよ!」

「ふざけんな!! 何が奴隷解放だ!! さては奴隷たちを奥に逃がして、そこから外まで穴を掘らせて逃げる気か、そうはさせないんだワ! それに、こっちには最強の「退魔士」の先生方がついてるんだワ! 負けるわけがない! 今ごめんなさいしたら、賠償金だけで勘弁してやるんだワ!」

「なんか私たち悪役っぽくないかしら……? まあ、そうはいっても人の土地を勝手に荒らすのは捨て置けないわね。軍隊はたとえ義賊だろうとお縄に掛けるものよ」


 こうしてフレデリカ&退魔士チームは、なし崩し的にミノア率いるドラグレイズ王国軍団500名と鉱山内で対峙することなったのだった。



【今回の対戦相手】ミノア・ドラグエンパシス

https://kakuyomu.jp/works/16817139557676351678/episodes/16817330650091942010

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