異世界最終決戦 5(VS悪竜王ハイネ)

 そのころ地上では――――


「ヒャッハー!! 今こそ革命の時だ!!」

「正義竜様に逆らう奴は消毒だーーーーーっっ!!」

「私たちこそが次世代の真の支配者なのよ! おーっほっほっほ!」


 首都東京のあちらこちらで、全身黒づくめの人々が暴れまわっていた。

 とはいえ、彼らにはこれと言って「計画性」があるわけではなく、ただひたすら「正義竜様」のために自主的に思いついたことをやっているだけだ。

 彼らは一様に何らかの超常的な力を得たようだが、かなりランダム性が強いようで、圧倒的な暴力で破壊活動を行う者もいれば、建物への放火を行ったり、焦点を略奪したり、気に食わないやつを《自主規制》したりとやりたい放題であった。

 今まで悪竜王ハイネは、かつての悪竜四天王たちのようにそれぞれの性質に見合った異能を授けていたのだが、さすがに満を超える人数になると選別が面倒になったのかもしれない。

 それでも、今のハイネにとっては彼らにいちいち命令するより、好き勝手にやらせた方が都合がいいのだろう。


 そんな中、地上にいる退魔士たちも黙って指を咥えているわけではなかった。


「そこのあなたたち! それ以上暴れるのをやめて、今すぐ投降しなさい!」

「あのさ唯祈、さっきから思ってたんだけど、こいつらにいちいちそんなこと言っても無駄じゃない?」

「私はどんな奴が相手でも、正々堂々勝負したいのよ」

「……まあ、不利にならない程度ならいいけど」


 ついさっきまで異世界に行っていた新人退魔士の唯祈と来朝は、市街地で暴れまわる「X」の集団を止めに入った。


「おいおい、悪の政府の性根の腐った駄犬どものご登場だ!」

「ガキめ! 澄ました顔しやがって! クール気取りか! ムカつくんだよ!」


 対する「X」軍団も、普段から社会への不満をしこたま溜め込んでいるだけあって、唯祈たちを見た瞬間、即座に自分たちがしている「仕事」をほっぽり出して、一斉に殴り掛かっていった。


「何度も言うけど、でも守るべき市民だから、なるべく殺さないように無力化するのよ」

「もちろん!」


 若いながらも異世界でそれなりの活躍をした二人にとって、ロクに統率されずに刃向かってくる黒づくめたちを倒すことは訳ないが、逆に彼女たちは強すぎて相手を殺してしまう可能性が高い。

 一般的な「正義の味方」と違い、彼女たちはあくまで警察や兵士と同じ公務員なのだから、暴れているとはいえ国民を殺してしまったら一大事だ。


 唯祈は手に刀を持たず、その機動力を生かしてあっという間に暴徒たちの背後に回ると、手刀で首筋を強打する。

 悪竜王の力で強化されている「X」たちだが、まだその力を使いこなせていないようで、たちまち無力化されていった。

 その一方で来朝は、暴徒の集団相手に催眠ガスを射出し、これまた瞬く間に相手を無力化していった。

 この間わずか2分ほど。ほれぼれするほどの迅速な鎮圧だったが、暴徒はまだまだあちらこちらで暴れている。


「この者たちは我らで回収します。お二人は次の場所へ向かってください」

「わかったわ」


 無力化された「X」たちは、軍の車両に回収される。

 これを繰り返しながら、各地の退魔士たちは暴徒鎮圧を急いだ。




『こちら131班、渋谷に展開中。鎮圧作戦を開始します』

『暴徒は神奈川、千葉、埼玉にも現れている模様』

『東京駅周辺の鎮圧を確認。けが人は――――』


「はぁ、随分とあちらこちらで沸いていること。短期間にこれほどの人々を洗脳するとは、あの竜はずいぶんと人の心をもてあそぶのが得意のようね」


 本部がほぼ壊滅した為、拠点を一時的に日比谷へ移した退魔士第4師団『玉兎』。

 代理で総指揮をとっている鹿島中将(姉)は、各部隊からの通信を受けつつ、各地に散らばっている退魔士たちの集結を急いでいた。

 すでに、大規模な訓練場がある御殿場や、かつて第1天兵団たちの基地だった習志野、それに横須賀や浦和、甲府や水戸といったあちらこちらの小規模基地から軍が到着しており、名古屋や仙台、新潟といった大規模な基地からの援軍もすぐに到着するだろう。


 だが、悪竜王が洗脳した集団の数は、現在報告されているだけでも10万人を超えているようだ。

 何しろこの世界の東京は人口2000万人以上という超過密都市であり、それに比例して悪竜王の影響を受けてしまった人間が大勢出てしまっている。

 それに加え、東京都だけでなくその周囲の県にも大勢出現しており、報告によれば大阪や名古屋でも被害が出始めているという。

 近年は退魔士や日本軍事態軍縮している影響で、人手が圧倒的に足りない。

 だが、それ以上に問題なのが…………


「中将……無力化した暴徒たちの処遇はいかがしましょう」

「とりあえず、悪竜王の影響のない基地に集めましょう。元に戻す手段はきっとあるはず」


 悪の戦闘員と化してしまった国民たちを、どのようにして正常に戻すかもまた目下の課題であった。

 おそらくは上空に浮かんでいる悪竜王を倒せば、彼らの洗脳も解けるかもしれないが、まだ確証がなかった。


 そんな時、上空で轟音が鳴り響くと同時に、地面が大きく揺れた。

 ハイネが再度、強力なブレスを放ってきたのだ。


「被害は?」

「ありません。一大将の結界で防ぐことができた模様」

「よかった」


 先ほど国会議事堂を丸ごと吹っ飛ばした攻撃を防ぐことができて、鹿島紫苑はほっと胸をなでおろした。


 現在、東京都の上空は強力な結界が覆っている。

 それも、空間を捻じ曲げるほどの非常に強力な結界だ。

 この結界を維持しているのがほかでもない…………本来、米津夫妻に代わって軍の指揮を執るはずの一大将だった。


「……………」


 かつて、東京で最も高かった建造物、帝国電波塔――通称東京タワー

 そのてっぺんにある足場にて、壮大な飾りのついた巫女服を着た一大将が、目をつむったまま座禅を組んでいる。

 彼女の長い黒髪は緑がかった白色に輝き、彼女の身体自身も濃いオーライに包まれている。


 一大将のオーバードライブ『天御中造化神事あめのみなかつくるかみごと

 本来の効能は「この世に存在しないものを無理やり作ることができる」というものだが、そもそも「この世にないもの」とはなんぞや、ということで微妙に扱いにくい奥義でもあった。

 彼女の家は先祖代々結界生成に長けており、一大将はそれを応用して普通なら到底作ることのできない原理の結界を作り上げた。


 その結果作られたのは、空間そのものを薄く断絶させることができる究極の結界…………すなわち「空間断絶結界」だった。

 ハイネが結界の外側にいる限り、結界の内側とは空間そのものが隔てられるため、理論上ほぼすべての攻撃をはじき返すことが可能となる。


 ただ、味方の移動まで阻害するので、基本的に外にいる味方……米津夫妻だけでなく、各地から送られてくる援軍も、東京タワーを中心とした数十キロメートルに入ることができなくなっている。

 おまけに、これだけ無茶な大きさと効果の結界を維持するのであれば、それ相応の激烈な消耗をしてしまう。


(……この結界を維持できる時間は、長くても1時間。そして私の命は…………)


 せめて自分の命が無駄にならないことを願いつつ、一千歳は結界の維持に集中し続けたのだった。

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