流儀

 船の上でのひと騒動が終わった後、米津夫妻とブレンダンはひとまずハンターの仕事を得るために集会所に向かうのだったが――――


「結局ついてきたのかこの嬢ちゃん…………」

「いいじゃない、あれだけ怖い目にあったのだから、独りにするのはかわいそうよ」

「…………」


 騒ぎの発端となった少女は、一人で行動するのが怖いのか、船を降りてからもずっと環の服の裾をつかんで離さなかった。

 見たところ彼女の歳は十代後半くらいだというのに、メンタルは完全に小学生のそれであった。


「面倒見るのは良いけどよ、足手纏いになっても知らねぇぞ」

「そうじゃな、この子もどうやらハンター志望のようじゃし、自分の武器も持っておる。いずれは独り立ちせねばならぬぞ?」

「……はい」

「とはいえ、新しいひ孫ができたようで新鮮な気分じゃのう!」

「爺さんたち……故郷にひ孫いんのか」

「つい半年前玄孫やしゃごも生まれたんじゃ。羨ましいじゃろ!」

「爺さんたち何歳なんだよ!?」


 話すごとにだんだん得体が知れなくなっていく老夫婦に。得も言われぬ不安を覚えるブレンダンだったが、気持ちを切り替えて先輩ハンターとしての役割を全うすることにした。


 彼らが集会所と呼ばれる場所に行くと、そこでは大勢のハンターたちが行き交っており、役所のような広いフロアには掲示物がびっしり張られた掲示板が数えきれないくらい置いてあった。

 玄公斎は心の中で「まるでハローワークのようじゃな」と思ったが、あながち間違いではないのかもしれない。


「ここではハンター免許があれば「依頼」が受けれらる。簡単なもんだと必要な素材をどっかから取ってこいだとか、食材を狩ってこいとかあるが、邪魔な敵対生物を倒してくれって依頼が圧倒的に多いな」

「なるほど、仕事を選ぶポイントなどはあるのか?」

「そうさな……正直なところ、割のいい仕事なんてのはそうそうねぇ。簡単な代わりに報酬も安い仕事か、報酬は高額だがほぼ無理ゲーなんてのもある。特にここ「アクエリアス」はほかに比べて断然環境がいい。楽して稼ごうって輩は多いし、依頼人自体にコネを持っている奴もそれなりにいる。あとは………」

「話の途中で済まないが、あれはなんじゃ?」

「ん?」


 玄公斎が何か気になるものを見つけたようで、ブレンダンもそちらを見て見ると、掲示板の一角で一人の中年の男と、ハンターらしき複数人の男女が何か言い合いをしていた。

 先ほどのような危険な争いの雰囲気ではなさそうだが…………


「どうか! どうかお願いしますっ! 明後日までに営業が再開できなければ、私は首を吊るしか……!」

「じゃあ死ねよ」

「えっ?」

「何度言ったら分かるのよオッサン。これじゃ報酬が安すぎるって言ってるの」

「命掛かってるんでしょ? だったらもっと誠意持って頼まなきゃだめっしょ」

「そんな…………もうこれ以上の金はっ」

「はいはい、とりあえず報酬をあと3割上げたら連絡くれよな」


 土下座してまで頼み込む中年をよそに、若いハンターたちは冷淡な態度でその場を去った。

 そして、それを見ていたブレンダンも反応は冷ややかだ」


「爺さん……さっきは奇跡的にうまくいったが、ハンターとして長くいきたきゃ厄介事には首を突っ込まない方がいい。そして、あれも首を突っ込まないほうがいいものの一つだ」

「しかしじゃな、人が困っているのを見過ごすのはハンターとしてどうかと思うのじゃが」

「あれはな、それとこれとは事情が違うんだよ! いいか、あれはな――」


 そう言ってブレンダンが説明しようとしていたところ、なんと一緒にいたフードの女の子が彼の目を盗んで、地面にはいつくばって男泣きしている中年に声をかけていた。


「おじさん……どうしたの? 何か困りごとですか?」

「き、君もハンターなのか? だ……だったら急いで解決してほしい頼みがある! これを見てくれ」


「あっ、あのガキ!?」


 ブレンダンは慌てて女の子を止めようとするも、時すでに遅し。

 女の子は環とともに、依頼用紙の一つを手に取ってじっくりと眺めた。


「え? ホテルの清掃、ですか?」

「なるほどねぇ、正確にはホテルの汚染の元凶を退治してほしいみたいね」

「なんだかそこまで難しくなさそうだよ、おばあちゃん。あたしにもできるかな!」

「この方も困っているみたいだし、お仕事受けちゃおうかしら」

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます! ありがとうございます! 明後日までにホテルの営業が再開できなければ、営業許可を取り消されるところだったんです!」

「なんじゃかあちゃん、早速仕事を受けることにしたのか」

「ええおじいさん。やっぱり困っている人は見過ごせませんし、この子もやる気みたいなの」


 こうして、米津夫妻はこの世界に来て初めての仕事を得た。

 報酬の額はさほど高くないが、書かれている仕事……「ホテル内の悪臭の原因を退治してほしい」という内容にしては悪くない対価のようだ。

 だが、ブレンダンは「やっちまったな」と呆れたように首を振った。

 依頼人が上機嫌で退出したのを見計らうと、彼はため息をつきながら説明を再開した。


「あーあ、言っておくが俺は止めたからな。言っておくがな、その依頼はほかのハンターたちが唾をつけてたモンだ。見ろ、あいつらの目を。人の仕事を横取りするハンターは嫌われるんだ」

「でもっ、あの人たちお仕事を断ってましたよ!」

「あのな嬢ちゃん、世の中そう単純な事ばかりじゃねぇんだ。この仕事はな、こんな内容だが報酬が安すぎんだよ。だからコーユー仕事はハンター同士で結託して、報酬を釣り上げるんだ。明日まで待ってりゃ、切羽詰まった依頼人が報酬を釣り上げてくれただろうにさ」

「ほう…………それは悪いことをしたのう。じゃが、もう受けてしまったものは仕方がない、わしらは仕事に向かうがおぬしは?」

「行かねぇよ。俺は嫌われたくねぇし、何よりその仕事だけはやりたくねぇ」


 果たして、ベテランハンターがいやがるほどの仕事とはいったいどんなものなのか。

 

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