異世界最終決戦 8(VS悪竜王ハイネ)

(まだまだ……油断し始めているとはいえ、決定的な一撃を入れるタイミングはまだ来ていない。焦るんじゃない……好機は必ず来る)


 戦闘が始まって、すでに30分は経っただろうか。

 一大将が張っている結界の残り猶予も少なくなり、そろそろ勝ち筋を見出さないと厳しい状況だ。というか、今すぐ手を打たなければ、おそらく手遅れになるだろう。

 そのことは、智白も分かっているし、地上で悪竜の眷属相手に戦っている退魔士も同じことを考えている。


「上空で戦っている元帥たちはまだ決定打を与えられないのか!?」

「やはり元帥閣下が異世界での戦いのせいで弱体化してしまったというのは本当のようだ…………」

「あの人でも倒せないのなら、我々ではどうしようもないぞ!」


 軍の士気もじわじわ下がりつつある。

 異世界からやってきた異邦人が見せるとてつもない爆炎や、見たこともない空飛ぶ戦艦が未来技術による攻撃を叩きつけても、巨大な竜の周囲を覆う結界は一向に敗れる気配がない。

 その上、各地で沸いた悪竜王の眷属――通称「XX」(※裏切り者を意味する)たちは倒しても倒しても、新たな個体がどこからか出てきては、退魔士や兵士たちを悩ませている。


「いったいどれだけ戦えば…………もうこの国はおしまいなのか?」


 長曾根要とほぼ同期に当たる若い退魔士は、戦っても戦っても勝利が見えない状況に弱気になり、絶望しつつあった。

 初めての実戦経験が、まさか魔の物の眷属になり果てた一般市民であることが、さらに彼の心をすり減らす。

 そんな時…………彼の心に、どこからかささやく声が聞こえた。


『終わりじゃよ、この国は。世界はこの悪竜王ハイネが支配し、人間はすべてわが眷属となる。最後まで足搔くというなら、今の何百倍もの責め苦を与えるが……もし早々にわが軍門に下るのであれば、新たな世界での厚遇してやらんでもながな』

(悪竜王の……眷属に……)



「おい、新入り! 何ぼさっとしている! とっとと援護せんか馬鹿者!!」


 いつの間にか攻撃の手を止めていた新人退魔士を、上官であるベテラン退魔士が激しく叱咤する…………が、次の瞬間!


「ぐ、ぐわっ!? お前……何を!?」


 なんと新人退魔士が、ショットガンで上官で撃ち抜いたのだった。

 突然のフレンドリーファイアで、周囲の兵士たちは唖然としてしまう。


「お、お前! なにやってんだ!」

「…………悪竜王様の、ために」

「まずい! あの竜に洗脳されている!」

「そんな……退魔士ですら味方かわからないとなったら、誰を信じればいいんだ!?」


 頼みの綱であるはずの退魔士が敵の眷属になった――――この報は、瞬く間に日本軍全体に広がった。

 こうなってしまうと、いつ味方に背後から撃たれるかわからなくなり、お互いが疑心暗鬼に陥って連携が取れなくなり、彼らの士気低下と被害はさらに増すばかりだった。

 そんな日本軍の醜態を、悪竜王が見逃すはずがなかった。


(ククク…………人間どもがお互いに疑心暗鬼に陥り、悪意が増幅しておるわ! 裏切り者などすぐに殺せばいいものを、中途半端な慈悲の心なんぞもつから、いつまでたっても同じ種族でグダグダやっておるのじゃ。しかし、退屈してきたところじゃ、有効活用してやろうではないか)


 どうせバリアを張っているうちは智白たちが手も足も出ないので、ハイネは周囲をぶんぶん飛び回る人間たちの対応もそこそこに、意識を地上で阿鼻叫喚に陥っている愚かな人間たちに向けた。


『わが眷属たちよ、さらに立ち上がれ。人間ども、自らの愚かさに絶望せよ』


 ハイネの声が、混乱する人々の心に響く。


「クソ上官め、よくも今まで俺をバカにしてくれたな! 殺してやる!」

「何を言うか青二才が! 貴様は祖国を裏切った!」

「今こそ気に入らねぇあいつを殺せるときだ!」


 ある部隊では、部下を極端に扱いていた上官が襲われ、またあるところでは、逆に部隊を率いる上官が、生意気な新兵を日ごろの鬱憤を晴らすべく攻撃したり、それ以外の場所でも今まで心に抱えていた鬱憤を晴らそうとする者が出始めた。

 この流れがさらに加速すれば、東京は阿鼻叫喚地獄へと陥ってしまうだろう。


 加速する悪意の奔流を感じ、ハイネは悦に浸り始めた。

 人間は自分が思っていた以上に愚かであり、この世界を掌握するのにそう時間はかからないだろう。

 そう思っていた矢先に――――



「死ねぇっっっっ!!」

『グオッ!!??』


 ハイネの脳天に、突然想像を絶する大打撃がもたらされた。

 予想外の一撃により、ハイネの意識が若干もうろうとし、空中に浮かんでいた巨体がぐらついた。


「よおぉぉぉぉぉぉぉし!! クソッタレ共、降ってこおぉぉぉぉぉぉい!!」


「言われなくても分かってら!! 行くぜテメェら、だ!!」

『ヒャッハアアアアァァァァァァァァァ!!』


 いつの間にかハイネの脳天に巨大斧をぶち込んで足蹴にしていたリヒテナウアーが、野獣の咆哮のような雄たけびを上げると、数秒もしないうちに巨大な悪竜王の背中に第1天兵団たちが隕石の雨のように降り注いだ。

 位置エネルギーも加えた彼らの「零距離砲撃」は、一切の物理攻撃を通さない防御力の竜の鱗を貫通し、悪竜そのものに甚大なダメージを与えた。


 あまりにも不可解な奇襲…………ハイネはしばらくの間、自分の身に何が起こったのか理解できなかった。


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