異世界最終決戦 7(VS悪竜王ハイネ)
すぐに慢心するのはハイネの悪い癖であるが、そうだとしても攻撃はほとんど緩むことはなかった。
いくら智白たちが攻撃を叩きつけても、周囲に張り巡らせた悪意のバリアは全く弱まることはなく、ハイネからの不可視の攻撃は彼らの回避を困難にさせていた。
巨大なギロチンが落ちるような音とともに、まずはリヒテナウアーの右腕が切断された。
「ちぃっ! 避けたつもりだったんだがなぁ!」
ただでさえ近接攻撃しかできない彼女にとって、ハイネの不可視の攻撃は避けにくいことこの上ない。
幸いリヒテナウアーは
「あーもーどうすりゃいいんだよー! このままじゃジリ貧じゃないか!」
「ぶっつぶす、それしかない、たぶん!」
「あかぎ、お前……いつの間にか私より脳筋になってないか?」
目もくらむような業火を力の限り叩きつけるあかぎに対し、アンチマギアは自慢の包帯が完全に無効化されてしまっており、いまいち攻めあぐねていた。
もし悪意のバリアをアンチマギアの能力で剝がせるのなら戦況はだいぶ有利になるのだが、触れた瞬間に逆に包帯自体が消し炭になってしまうのでは話にならない。
結局、今のところ一番確実なのは、あかぎのように大火力をひたすらぶつけること。
あかぎが上空で剣を思い切り振り下ろすと、東京上空にすさまじい閃光が走り、とてつもない熱により一時的に日本の気温がぐんと上昇するほどの火柱が直撃した。
『なるほど……「原初の火種」とは、思い切ったものを持ち出したものじゃ。火竜が持てば、ワシとて危うかったかもしれぬが、この星自体が丸焦げだったじゃろうな。くくく、それはそれで面白い』
あかぎの攻撃でバリアがわずかに削れたが、すぐに修復されてしまう。
そのほか、シャインフリートも自らの光のブレスをバリアに吹きかけたり、要が重力操作によって空間を捻じ曲げてバリア自体をねじ切ろうとしても、一向に降下がなかった。
「だめだシャイン、僕たちの攻撃がほとんど効いてない!」
「これでもまだ、足りないっていうのか……! せめて、直接攻撃できる手段があれば…………」
「ん? 直接攻撃する手段?」
ここで、シャインフリートの上に乗っていたトランが、ふとあることをひらめいた。
「ねえシャイン、相談があるんだけど――――」
トランが何かをシャインフリートに伝えようとした、その時――――
急に二人の周りの風景が一変。先ほどまでビルが林立する大都市の上空にいたはずのシャインフリートとトランは、気が付けば桜の舞い散る神社の境内のような場所にいた。
「え、え!? な……なになになに!?」
「知らない場所に来ちゃったんだけど!? しかもこの感覚、あの幻光竜ポラリスが見せる幻覚世界に似てる…………もしかして、悪竜王の罠!?」
「安心して二人とも、ここは僕が展開している精神世界の中。君たちは今、精神だけが一時的に別次元に集められているだけだ」
「あっ、ヨネヅさん! それにほかのみんなも!」
一瞬、また幻覚世界に来てしまったかと身構えたシャインフリート。
結論から言えば似たようなものではあるが、ここは神となった智白が展開した精神世界であり、あちらこちらでバラバラになって戦っているメンバーたちの精神を、無理やり一つの精神空間に引っ張ってきたようだ。
「おいおいおいおい、今いいとこだったのに、しらけるような真似をするなよショタジジイ」
「ええっと……また修業しなきゃいけないのかな?」
「まあまあ、無理やり精神集めたのは悪かったよ、驚かせてゴメン。けど、こうでもしないとあのハイネへの効果的な反撃ができないからね」
智白が神になって得た権能の一つとして、力が続く間であれば即席の「精神世界」――――要するに「裏米津道場」を展開することができる。
こうして全員の精神意識だけを別次元に集めることで、戦闘中にもかかわらず作戦会議ができるという寸法だ。
ただ、便利な反面やはり神に変化したばかりの智白にとって、この力の行使はかなりの負担であり、まだ長い時間展開することはできないだろう。
「みんなも身をもってわかっている通り、あの悪竜王ハイネが展開する結界は、使い手が維持できる限りはほぼ無敵と言っていい。物質のエネルギーを意志の力ではじき返すなんて反則もいいところだ。けど…………ハイネもそれを分かっているからか、あいつはもうかったも同然の気分になっている」
「はー、なんともムカツクな。あんにゃろうにとって、私たちは虫けら同然ってわけか」
事実とは言え、改めて自分たちがハイネにとって歯牙にもかけない存在になっていることは、アンチマギアの癪に障った。
「せめて私があの竜に取りついてやれりゃあ、少なくとも結界は消せるんだが肝心の結界を破る手段がねぇ。私のミラクル☆アンチマギア包帯攻撃も、あの通り触れた瞬間に分解されちまう。詐欺だよ詐欺」
「あれはね……おそらく君が、いや、ここにいる全員が等しくハイネに対し敵意を持っているせいで、それそのものがあの結界の力を押し上げている。それこそ、あの結界を正面から打ち砕くには敵意など微塵もない、聖人君子でなければ無理だろうね」
智白の言葉に、その場にいるメンバーはそろって顔を見合わせた。
直情的なあかぎ、変態のアンチマギア、ハイネに恨みがあるシャインフリートとトランなどなど…………敵意という面では、智白だって抑えきれるものではないし、一番まともなのは環か、さもなくば雪都と言ったところだろう。
リヒテナウアーに至っては、存在そのものが悪意の塊だ。
「やはり……あの結界を突破するのは無理なのでしょうか、元帥」
「いいや、それは短絡的な考えだ。そもそも結界を破らずとも、ハイネに接近できる方法は既にいくつも存在する」
「「!!」」
結界を「破る手段」は今のところほぼない。
しかし「超える手段」であれば、智白は既にいくつか思いついている。
「トラン……君を連れてきて本当に良かった。いなかったら、今からやる作戦はとても困難だっただろう」
「えへへ……僕もお役に立てるんだね! 実は僕も、ちょうどあの結界を抜ける方法を思いついてて!」
「思いついてたからこそ、だ。おそらく君たちだけで、結界内に突入しようとしてたんだろうけど、それよりもっと効率のいい方法がある」
実は、智白が彼らをこうして精神世界に集めたのも、トランが自力で結界を超えるアイディアを思いついたことで、急遽もっと活かせる方法を伝えると同時に、ほかのメンバーにも共有しておきたかったからだ。
「まずリヒテナウアー。もしかしたら君はもうわかってたかもしれないけど、君は空間転移が使えるはずだから、タイミングが来たら結界内に転移してハイネの意識をそちらに向けてほしい」
「はっ、やっぱりそうか。それまでは馬鹿正直に真正面から突撃してりゃいいんだろ?」
さすがは生粋の戦闘狂だけあって、リヒテナウアーは既に結界を越えて直接攻撃ができると分かっていたうえで、あえて絶好のタイミングが来るまで待っていた。
「ああそうだ。ハイネにはもっと慢心してもらう。苦しいかもしれないけど、今はまだ耐える時だ。そして、リヒテナウアーが突っ込んだら、次は…………君たちの番だ。第1天兵団!」
「へっ、一番槍を持っていかれるのは癪だが、俺たちに重要な役目をくれるのであれば、大歓迎だ! あのクソ竜をメッタメタにしてやんよ!」
次に作戦のかなめになるのは、今までビバ・アンチマギア・ブラック・タイダリア号内で待機を強いられていた第1天兵団たちだ。
彼らを無駄死にさせないためにも、突入タイミングは細心の注意を払わなければならない。
「さて、精神世界では現実世界と時間の流れが違うと言えど、そろそろ現実でも1秒経ってしまう。これ以上、肉体に隙をさらすのは危険だ。みんな、苦しい戦いが続くけど、必ず勝利をつかむ。あと一息、諸君らの力を僕に貸してほしい!」
『応!』
こうして、勝つための策を伝えたところで、彼らの精神は再び肉体へと戻っていった。
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